恋路を進め!@


既にグラウンドには人影が一つも見当たらず、サッカー部がしまい忘れたボールが、コートの真ん中に寂しそうに佇んでいるばかりだ。死んだようにしんと静まり返る校舎には、わずかに居残りをする生徒のみが時折廊下を行きかっている。この辺りでは有数のマンモス校である銀魂高校。だだっ広くてすっからかんのその敷地だけが、そのイメージを何とか保たせていた。

夕暮れ時。半分ほど太陽がその体を隠し、地球をじっとのぞいている頃。人気のない広々とした昇降口に、二つの長い影が伸びていた。
一人は細身でスタイルが良く、また大きくぱっちりとした目と緑色の髪が特徴的な可愛らしい顔の女。対するもう一人は、ぱっと見ればどこにでもいそうな、垂れ目で地味な男であった。
男は日の光に照らされる自分の今の姿をよく頭の中に浮かべながら、ためらうように口を開いては閉じている。軽く俯き、視線をあちらこちらへ動かす。もう何分もこんな無言の状態が続いているのにも関わらず、女は微動だにせず、ただ男が言葉を発するのをじっと待っていた。
やがて、意を決したように男が口をぎゅっと結ぶ。ばっと顔を上げると、頭が真っ白になるのを確かに感じながら、裏返りそうな声で彼ははっきりとこう言った。

「た、たまさん! す、好きです、つっ、つ、付き合ってくださいっ!!」


「……と、言われたのですが。どうしたらいいでしょうか」
「……え?」

いつものように騒がしく賑やかな朝の高校。職員室の端、ジャンプが山積みになったデスクの横に、夕べの少女――たまが表情もなしに立っていた。真正面からは見えづらいが、その椅子には確かに銀髪の、それもだらしない天然パーマの男が座っている。

「ですから、私はどのように対処したらよいのでしょうか」
「……いや、ですからって言われても」

困り果てたように眼鏡をずり上げる彼、坂田銀八。彼女のいる3年Z組の担任であり、また銀魂高校一の問題教師としても名をはせている。授業中は常にレロレロキャンディーとジャンプを携帯、彼の現国の時間は半分以上が小学校の「こくご」である。まあ彼以上の問題児ばかりの集まる彼のクラスには、それくらいでちょうどいいのかもしれない。ただそのクラスに学校の規律を取り締まる風紀委員のトップスリーが集っていることから、もうこの高校は終わりだということが見て取れる。

――へ、返事は今じゃなくてもいいから! 明日でも、明後日でもいいから!

「そう言われましたので、私には明後日以降の返答は認められていません。あと三十九時間四十二分三十五秒後までに結論を出す必要があります」
「いや、それは好きにしていいと思うよ? お前があいつのことを好きだって言うならオッケーすればいいだろうし、そうじゃないならフればいいし」
「私は彼のことを敵ではないと認識しています」
「いやいや、敵とかそういうことじゃなくてね?」

割と彼は真剣に相談に乗っているが、どうも話がかみ合わない。そもそも、なぜそんな問題教師に彼女がためらいもなく相談しに来ているのか――率直に、彼女が機械(からくり)だからである。
彼女は感情を持った機械として生き、周りもその存在を認知している。だが、“好きにする”だとか、そういった曖昧な命令で動くことができない。付き合うとはどういうことなのか、またYESかNOかどちらの選択をするのが正しいのか。彼女はそれを教えてもらうべく、この場にやってきたのだった。

「……そもそも、さ」

少しの間ジャンプに目を落とし、再び彼は彼女の方へ視線を移しながら言う。

「お前、穴あんの?」
「穴? 穴とは何ですか?」
「ほら、アレだよアレ。男のアレをアレしてアレする」

途端に猥談にもつれ込み、職員室は騒然と――は、ならない。なぜならそれが当たり前のことであり、もはやそんなもので顔を赤くする者など誰もいないからだ。至って涼しい顔で銀八はセクハラとも思しき発言をするが、たまはその斜め上をいった。

「つまり、男の××を××して××りするアレのことですね?」
「……いや、うん、御免。そこまで素直だと思ってなかった」

ためらいなく尋ね返す彼女を見て、後悔の念に渦巻く彼。そんな彼をよそに、彼女は更に会話の内容をエスカレートさせていく。

「存在しています。ただ、私の体は基本金属からできていますので、恐らく痛みを伴う危険性があります」
「もういい、もういいよ。ごめん、俺教師失格かもしんない」
「そんなことはありません。先生は立派な駄目教師であると私の中に記憶されています」
「それって教師っていうの?」

読みかけのジャンプを閉じ、わずかに開いたスペースに投げるように置く。その際山積みの雑誌がぐらりと揺れたが、幸いうまくバランスを保ってくれたようで、崩れることはしなかった。それに安堵の息をつきながら、その山の向こう側に置いてあるティーカップに手を伸ばす。
銀八は少し温めのコーヒーを飲むと、再び話を変えるべく「っていうかさ」と軽い口調で切り出した。

「何で俺のところに相談しにくるの? やっぱ普通、女に頼むもんじゃない?」
「了解しました。ガールズトーク、コイバナという奴ですね」
「まあ、そんな感じだろ。神楽でも妙でもいいから。あ、キャサリンはやめとけ」

彼の助言と共に、ホームルーム五分前のチャイムが鳴り響く。穏やかな時間が流れていた職員室が途端に慌ただしくなり、彼女は追い出されるようにしてそこを出た。無論彼女も、時間に間に合うよう小走りで教室へ向かう。今時“廊下は走るな!”なんて校則はないから、彼女もそんな動きをすることができた。


二時間の授業が終わり、他より少し長めの放課の時間が訪れた。大抵の男は狭苦しい教室から飛び出ていくので、室内にはちらほら宿題に追われる人や読書に明け暮れる人、そして特にすることもない女たちがいるだけだ。
教室の片隅、暖かな日差しが眠気を誘いそうな窓際の席に、彼女はいた。周りには銀八のほぼ助言通りの面子が揃っている。志村妙、神楽、そして猿飛あやめ。三人とも人の恋路には黙っていないような者達だ。

「それで、相談事ってなあに?」
「はい、夕べのことになりますが、よろしいでしょうか」

妙に尋ねられたのをきっかけに、彼女はことの経緯(いきさつ)を、銀八に話したのと一字一句違うことなく話す。もちろん、相手の男の実名も大々的に公開せざるをえない。“プライバシーの保護”という観点で、彼女は“誰にも言わないで”とは命令されなかった。少々厄介だが、それを考えていなかった男の責任でもあるだろう。
話を聞き終えた三人は、声を揃えて「へぇ〜」と何とも興味深そうに目を輝かせる。いや、神楽は見えているのかもわからない渦巻き模様の眼鏡をしているから、本当にそうかは分からないが。

「あの子、たまちゃんのこと好きだったんだぁ。全然知らなかったわ」
「知らないっつーか、存在すら知らなかったかも」

相談については即答することなく、彼女らはまずその“コイバナ”に花を咲かせる。相手の男も3Zの生徒ではあるが、何分地味なため存在感も薄い。猿飛がそういうのも仕方がない話だ。だが妙と神楽はその存在を知っていたので、意外というような顔をしていた。

「えーっ、私絶対お妙ちゃんのこと好きだと思ってたぁ〜、アル」
「やだわ神楽ちゃん。私の予想は神楽ちゃんだったわ、あの子、新ちゃんがいないときいつもツッコミしてたじゃない」

女特有の傷のなめ合いが始まる。それは疎外感を覚えた猿飛がぶち壊したのだが、なかなか本題に入ってこない。「あの」とたまが声をかけたところで、やっと話が元に戻ったところだ。

「そうそう、それで返事をどうするかだったわよね」
「そんなの自分で決めりゃいーじゃないの! 告白されたからって何よ、言いふらしたいならチラ裏にでも書けばいいじゃない!」

猿飛がふじ色の長い髪の毛を掻き毟る。彼女の恋がなかなか実らないから、劣等感もあったのかもしれない。

「そうアル。私たちがどうこう言えることじゃないネ。あいつがいい奴だと思ったらイエス、ヤな奴だと思ったらノー、それでいいアルよ」
「しかし神楽様、あの方のデータは皆様に比べて幾らか少ないように思えます。いい人なのか悪い人なのか、まだよく分かりません」

無表情ながら、少ししゅんと肩をすぼめるたま。横でやたらとぎゃあぎゃあ騒ぎ愛を語る猿飛の言葉は、右から左へ突き抜けていく。

「分からないなら、友達から始めてみてもいいんじゃないかしら。あ、それとも……」

いいことを思いついたようで、妙が人差し指をぴんと立て、たまに向かってぱちんとウインクをした。彼女の発案は、“男の仲間に、彼がどんな人物かを尋ねる”ということだった。男の仲間――つまり、風紀委員。彼女の頭の中に、それくらいのデータは存在した。

「そうね。それならいいんじゃない?」
「そもそも女って言っても、まともな恋愛したことない奴らばっかりアル。身近な奴らに聞くのが一番ネ」

神楽の言葉に、妙と猿飛の表情が曇る。妙は同じクラスにいる、風紀委員長近藤勲にストーカー被害を受けている。とはいえ彼女の方が精神的にも身体的にも強いため、毎回彼女が鉄拳制裁で撃退してことは終わっている。が、近藤の思いはいつまでたっても途切れることはない。
一方の猿飛は、なんと担任である銀八の“ストーカー”である。こちらは妙とは逆で、毎度毎度軽くあしらわれては終わっている。またその熱も、同じように冷めやらない。
とまあ、美人と称される彼女らの恋愛経験というのは神楽の言う通りまともではなく、そもそも相談相手として間違っていた。次に暇ができるのは、昼食時か、それとも放課後か。いずれにせよ、本人のいない時がいい。

「確か今日、下っ端さんたちは放課後に買い出しか何かじゃなかった?」
「ああ、もうすぐあるお偉いさんたちの会議のためでしょ」

彼女らの言葉により、多目的室に待機しているであろう三人に、放課後に会うことに決まる。


時間は巡り、あっという間に放課後がやってきた。妙たちの情報通り、帰りのホームルームが終わるや否や、風紀委員たちは一斉にばたばたと動き始めていた。大勢の学ラン姿の男たちが階段を駆け下りるのを見届けてから、たまは多目的室へ向かう。
そっと覗き込むと、中では案の定探し求めていた三人が広々とした教室で談笑しているのが見えた。二回ほど小さくノックをしてから、視線を浴びるのを感じつつもドアを開く。

「ん? 何の用だ?」
「お仕事中申し訳ありません。少し相談事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ。ここに座るか?」
「それでは、失礼して」

妙のストーカー、つまり委員長の近藤の声がかかる。普段はまともな男なのだ、ただギャップが激しすぎるだけで。
一つの小さな机を、四人で囲う形になった。近藤、そして副委員長の土方十四郎、委員の中でもトップである沖田総悟の顔がそれぞれ見える。たまは近藤のありきたりな尋ねかけに一つ頷き、銀八、そして妙たちに伝えたことを少し簡略化して話す。どうしてここへ来たのかもまた、簡潔に説明した。
話し終えると同時に、近藤と沖田のにやけた表情が彼女の目に映った。土方はこういう話は苦手なのか、若干頬を赤らめながらやたらと咳払いをしている。

「へぇ〜、あいつがねェ」
「いやあ、知らなかったぞ。あいつがたまさんに好意を寄せているなんてな」

沖田は明らかにイジる気満々らしい。早速携帯で彼女の写真を何枚か撮り、見せつけるのか送りつけるのか、はたまた売りつけるのか。そうして遊んでいると、向かいに座る土方が彼の脛をつま先で蹴った。思わず「痛っ」と小さく声を上げ、その割には盛大に椅子から転げ落ちそうになって頭を打つ。

「あいつの印象? ……つっても、地味しかねーんだよな」
「地味・ミントン・カバディ・あんパンは既に私のデータの中にあります。その他のことを教えていただけたらと思っているのですが」

もはや男の九十九パーセントはデータに入っているようなものだと、三人は揃って考える。

「いやあ、あいつは真面目でいい奴なんじゃないか? なんていうか……よく言えば働き者だよな」
「悪くいやあパシリでさァ。あとやたらとウゼェツッコミ、多分あれじゃあダメガネ目指してもダメのままでしょうねィ」
「分かりました。一対九で負の要素が大きいため、嫌な奴ととらえればよろしいのですね?」

人を嫌うことに何の抵抗も持たない彼女の発言に、土方が待てを連呼する。そもそも既存のデータが負の時点で、もうその場でフったほうがよかったのではないか。そんなことを思いつつも、流石に働き者の部下に悪いイメージを植え付けてはいけないと、彼はフォローをしていく。

「今のは総悟の言い方が悪いだけで、あいつは基本的にいい奴だ。マヨネーズを毎日昼飯時に買ってきてくれるし、ついでに焼きそばパンも……あれ、パシリだ」
「そうさなぁ、回収した提出物を職員室に運んだりとか、先生や俺たちの代わりに配布されるプリントをとりにいったり……あれ、パシリだ」
「あと、俺の分の掃除や宿題もやってくれますねィ……あれ、パシリだ」

苦労人。彼女の中で、その男のイメージの結論が出る。だがそれだけでは“いい奴”なのか“嫌な奴”なのか、はっきりとしていない。そこで彼女は、こんな質問をしてみることにした。

「皆様がもし私でしたら、どうしていますか?」
「……どうっていってもなァ……まあ、悪い奴じゃねェし、意中の奴がいねェんならいいんじゃねえのかな」

土方の言葉に、近藤も頷く。もちろん恋愛観点としてではなく、男がいい奴かどうかで判断している。
が、ここに空気の読めない男が一人。

「俺はもちろんフりまさァ。そんで半泣きの顔見て笑ってやるんです」
「お前マジどういう精神してんの? サド越えてるよ?」
「他人の不幸は蜜の味でさァ」

沖田の言葉にたまは少し混乱気味だが、彼の考えは聞かなくていいという近藤の言葉から切り捨てることにした。そうすると、少しすっきりとした気分になる。

「で、もう気持ちは決まってんのか?」
「いえ。熟慮して明日には結論を出す予定です」

土方に尋ねられ、彼女は小さく首を横に振る。近藤が男を明日昇降口前に呼んでおくと言ってくれたので、彼女はその言葉に甘えた。機械とはいえ、彼女は感情を持っている。気まずいというのは、理解していた。

「ありがとうございました。お仕事頑張ってください」

当たり障りのない挨拶をし、彼女は多目的室を出た。まだ活動を続けている部活が多いため、この時間は高校も活気にあふれている。それも日が暮れるころになると、徐々に減って寂しさだけが残ることになるのだ。

彼女は一度頭の中の情報を整理するために、家に帰ることにした。ちょうど門のところで神楽に会ったので、一緒に家路を歩きながら。


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