ああ愛しの


ああ、嗚呼。貴女はどうしてそんなにも美しいのです。
爽やかな秋晴れのようなその麗しい笑顔、天女の如く優しく暖かなその凛とした声。毎日毎日貴女のお姿を見るだけで、インデペンデンス・デイだろうとなんだろうと、私の心は晴れやかになります。
貴女のその笑顔がいつか私だけに向かぬものかと、日々願っている所存です。ですが貴女は全ての人から愛される存在。それを崩したくはないというのも、また私の思いであります。

ああ、嗚呼! 私はこんなにも貴女を愛しているというのに、なぜでしょう!

「なんでテレビが壊れとんだァァァ!!」

運命は私たちを引き裂こうというのですか! ならば私はその運命さえ捨てましょう! そう、貴女のためなら! 結野アナ!!

「はいはい。結野アナへの愛は全部聞こえてますから。とにかくテレビを何とかしましょう」
「俺は今日仕事があるんだ〜! 結野アナの天気予報見ねェと捗らないんだよォ〜!」
「うるせーぞダメ人間。それくらいで仕事できねーなら社会人やめちまえ」

壊れてうんともすんとも言わなくなったテレビを前にして嘆く銀時に、新八と神楽は容赦のない言葉を投げつけた。特に神楽はぐっすり眠っていたところを叩き起こされて、非常にご機嫌斜めである。銀時はうるさいし神楽は明らかに苛立っているしで、間に挟まれた新八は困りながらもテレビの対処にあたっていた。

そもそもなんで僕が、と彼は心の中で不満を洩らす。
彼がいつものように万事屋へやってくると、いつもはテレビを食い入るようにして見ている銀時の姿がなかった。珍しいなと思いつつ挨拶をした途端、別の部屋から大量の工具を手にした彼が飛びついてきたのだ。彼はテレビがつかない、結野アナの天気予報が見られないと部屋をいつまでもウロウロウロウロ。新八もぴくぴくと眉を動かしていたが、これ以上この場の雰囲気を悪くはできないと、その感情を抑え込む。
神楽は新八が来る前に起こされたらしい。だがろくに対処法も知らない彼女が直せるはずもなく、テレビを思いっきり叩いて更に悪化させてしまったとのことだ。幸い無残な姿には変形していなかったが。

「もう無理ですね……新しいのに買い替えるしかありませんよ」
「そんな金ねーよ!」
「そうですよね、銀さんが全部パチンコにつぎ込んじゃうんですもんね」

さりげなく毒づいてみたが、銀時は全く反省していない様子だ。むしろ早く直せと催促ばかりで、自分は結野アナへの思いをポエム口調で語りだしている。駄目人間通り越してもはや人間ですらない。どうしてこの男についてきてしまったんだろうと、ふと疑問に思うことは多々ある。

「テレビなんかそのへんの電気屋で見てくればいいアル。始まるまで時間あるネ、いってきたらどうアルか」

欠伸をしながら気怠そうに言った神楽のアドバイスに、銀時はピンと来たらしい。すぐさま立てかけてあった木刀をひっつかんで、慌ただしく玄関へ向かっていく。だが靴に足をいれたところでふと、彼は後ろを振り返った。

「そうだ。そういや最近、お前らと一緒に出かけたことなかったよな?」


どういう風の吹き回しだろう。新八は未だに疑いをぬぐい切れていなかった。
たかが電気屋へテレビ番組を見に行くだけだというのに、彼や神楽、定春までもが銀時の横に並んでいる。仕事は午後からだからと、たまにはぶらぶら散歩でもしないか。銀時の提案に不機嫌そうだった神楽も喜んでいるようで、定春に乗りながら傘をくるくると回していた。

「どうしたんですかいきなり。死亡フラグでもたっちゃいそうじゃないですか」
「気が向いたんだよ。いいだろー? 銀さんが気が向くなんて珍しいことだし」
「それ自分で言っちゃっていいんですか」

確かに万事屋総出でかぶき町をぶらり、なんて新鮮味のあることだが、珍しすぎて逆に何か裏があるのではないかと疑ってしまう。新八が現在そこにいた。
電気屋にはすぐについた。ちょうど時間もよく、たくさんの薄型テレビに結野アナの顔が映っているところだった。銀時は人目などお構いなしにショーウインドウにかじりつくように張り付いて、そのもはや聞き飽きてさえいる声を、その顔を拝んでいる。
もちろんその間は他人のフリだ。神楽も新八も、定春でさえ遠くの方から冷たい視線を彼に送りつけている。あそこまでして結野アナに執着するのは、彼と、結野アナの兄くらいだろう。
第一結野アナとはプライベートでも知り合った仲だし、そこまでしてテレビの画面で見る必要なんてないんじゃないか。一度新八がそう言ったが、訳の分からない演説だか説教だかを長々と語られた苦い思い出がある。神楽はもはや気にも留めていないというか、極力そのときは関わらないようにしているためか話をしたことはないらしい。

「よーし! 銀さん今日もはりきっちゃうよー!」
「銀ちゃんこんなところで近寄らないで。関係者だと思われたら嫌アル」
「お願いです、せめて向こうの角で合流してください」

いつにもまして冷たい二人だが、しばらく歩くとその空気も徐々になくなってきた。だがそう話すこともなくて、ただ黙って道行く人の視線を浴びながら歩くだけになってしまう。何が面白いのか、そんなことも思ってしまうが、不思議と新八は嫌ではなかった。

本当にあてもなくかぶき町を彷徨っていると、だんだん人気が少なくなっていることに気づく。心なしか空気も澄んできたようで、嬉しくなったのか定春が急に走り出した。慌てて銀時たちは後を追って、やっと立ち止まった頃には二人はヘトヘトになっていた。膝に手を当てて肩で大きく息をし、新八はばっと顔を上げる。目の前にいたはずの定春も神楽もいつのまにかいなくなっていて、彼はきょろきょろと周りを見渡した。

「静かですね」

自然と口から言葉がこぼれていた。一体どこまで外れたのやら、彼らは川原にやってきたようだった。踝くらいまでしかない浅い川が穏やかに流れ、日の光に反射してきらきら光る。

「江戸にもまだまだ綺麗なところはあるんだな」

傘を振り回しながら川の中で戯れる神楽たちを見て、銀時がぽつりと呟く。急速な発展のせいで決して綺麗とは言えない江戸に、こんな場所があったとは。まるでここだけが別の世界のように、涼しげな風が彼らを包む。新八は思わず、深呼吸をしていた。ここでラジオ体操でもできたら健康になれそうだなあとか、思い切り歌ったら気分爽快だろうなあとか、くだらない思いがよぎる。
実践してみたくなった。彼はもう一度大きく息を吸って、思いのままに大好きな寺門通の歌を歌う。最高に気分がよかった。
ただ、周りの反応は良くなかった。川で遊んでいた神楽たちは呆然としているし、銀時は耳を塞いで軽蔑するような目で新八を見つめている。だが同時にふっと笑いが洩れて、神楽までもがそのへたくそな歌に付き合い始める。
銀時も自然と口ずさんでいた。新八の歌にはかき消されてしまっているものの、定春は尻尾を振って三人の合唱を聞いている。水しぶきがはねる音が、ちょうどよく歌を盛り立てた。
一曲まるまる終わったとき、三人は一斉に笑い出した。

「新八の歌ヘタクソすぎネ! 笑い堪えるの大変だったアルよ!」
「しかも歌ってやったはいいけど歌詞知らねーしな。途中から鼻歌になってたの気づいてた? 新八」
「え、っていうか歌ってたんですか? 僕全く気づきませんでした……」

自分の世界に入り込みすぎたらしい。珍しく好意的な二人の言動が見たかったと、彼は残念そうに肩を落とした。

「やっぱりあれネ、CMソングとかどうアルか?」
「いいですねー! それなら銀さんも知ってるでしょうし!」
「えー? まだ歌うの?」

神楽は川辺まで歩いてきた銀時たちを、川の中へと歌いながら引きずり込む。浅い川だったが倒れ込んでしまったため、二人の服は中途半端にびしょ濡れになる。CMソングどころじゃない、たった今戦争の火ぶたが切って落とされたのだから。

「神楽テメェー! こんのっ、やろ!」
「あーあー落ち着いてください銀さぶへえっ。……何するんじゃコノヤロー!!」

銀時と神楽の喧嘩を止めに入った新八は、とばっちりを受けた末、水かけ戦争へと参戦する。そこに定春も混じれば、まさに混沌状態だ。五分もしないうちに全員の体は全身がびしょ濡れになったが、新八の眼鏡は奇跡的に無傷で済んでいた。

「おほほほほ! このかぶき町の女王神楽に勝とうなんて百年早いネ!」

そう高らかに笑う神楽だが、濡れた髪がべったりと頬に張り付いてみっともないことになっている。対峙した銀時も髪はぺったんこ、着物は肌にはりついていて不格好だ。天然パーマは濡れてもなぜか残っている。相当強いクセなんだろうと新八は冷静に考えた。

「うわはははは! お前を糖人形にしてやる!」
「なんで閣下やってんですか」

眼鏡の水滴を拭き取りながら、新八がツッコむ。再び銀時と神楽の第二次水かけ戦争が勃発し、ついに収拾はつかなくなった。
だが、つかなくていいと思った。万事屋でこんなに馬鹿笑いしたのはいつぶりだろう。もとは銀時のくだらない提案から始まったのに、今となってはどうでもよくなっている。例えお天気お姉さんを食い入るように見つめていた恥が事実であるなら、今この状況も事実。筋の通らない滅茶苦茶な半日だったとしても、終わりよければすべてよしだ。今が楽しければそれでいい。

しかし、永遠というのは存在しない。散々騒いだから、空腹を覚えてきたのだ。

「そろそろ帰るか」

銀時の言葉に少し寂しそうにしながらも、神楽は小さく頷く。新八と定春も川から出て、落とせる水はそこで全て絞り出していった。
温かい日差しを浴び、ぐんと背伸びをしたところで、定春がわんと一つ鳴く。三人の視線を集めながらくるりと振り向いたとき、彼はもう一度、“乗っていいよ”とでも言うように明るい声で鳴いた。

「乗っていいって」

神楽が言うと、定春は頷く。銀時と新八は顔を見合わせたあと、「お言葉に甘えて」と定春の上に乗り込んだ。三人じゃ少し重たいんじゃないかと心配したが、それほどでもないらしい。銀時、新八、そして神楽の順で前にしがみつく。

「ようし、万事屋に向けて! いけっ定春!」

銀時がそう言うと、定春は一気に走り出した。スクーターに乗っているときとはまた違う、新鮮な風が彼らの横を通り過ぎていく。水気を含んだ足跡がついていく中で、定春は颯爽と江戸を駆け抜けていった。通行人が驚いて道をよけていくから、余計にそのスピードは増していく。途中で通報を受けたのか、真選組のパトカーが彼らを追跡してきた。だが、もちろん彼らはそんなのお構いなし。むしろ楽しささえ感じていた。

二人の嬉しそうな笑い声を背中に受けながら、銀時はぼそっと呟く。

ああ、愛しの万事屋。




[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -