第参訓 病院内ではお静かに@


最近はただでさえ急患やら怪我人が多く運び込まれているというのに、日々インタビューを求めるマスコミの群れに対応するのもてんてこまいの状況。大江戸病院はここ一か月、いつもより多めに看護師を動員して対応にあたっていた。

とある医者は、先程酷い傷を負った青年の手術を終え、ある一室でコーヒーを飲んで休憩をしていた。あるとき、部屋のドアが二回ほどノックされる。開いた扉の向こうに立っていたのは、困り果てた様子の看護婦の姿だった。

「先生、入り口に大きな白い犬を連れた集団がいまして……何でも、“新八に会いたい”と騒がしくて」
「新八……ああ、先程手術した彼だね。しかし、家族は先程来ていなかったか?」
「銀髪の人ですか?」
「すいやせん、あの集団を呼んだのはウチでさァ。大人しくさせておくんで、通してやってくだせェ」

不意に抑揚のない声がかかり、医師たちはその主へ視線を移した。その見覚えのある黒い隊服に、彼は「誰だ」と尋ねようとした口を閉ざす。


「銀ちゃあんっ!!」

その可愛らしく甲高い声と、軽々とした足音が、静かな廊下に響き渡る。神楽は許可を得るなり、誰より先に病室まで向かっていた。時折、黒い服に帯刀した男たちとぶつかりそうなところですれ違いながら。

「銀ちゃん!」

開いたドアの向こうに、見慣れた銀髪頭があった。彼女は何度か彼の名前を呼ぶが、彼はベッドの上に横たわる青年をじっと見つめたまま答えない。
彼女もまたベッドの傍へ行き、その姿を確認した。顔を覆う透き通った緑色の酸素マスクに、あちこちに貼られた絆創膏や巻かれた包帯。レンズにヒビの入った彼の眼鏡は、小さなテーブルの上にぽつんと置かれていた。
小さく、そして弱々しく、胸のあたりを覆った薄い毛布が上下する。布団から飛び出した左腕からは細い管が伸び、そこにも無数のかすり傷があった。

「……新八……なんで……」
「新ちゃん! 銀さん!」

開きっぱなしの扉から、少し遅れて妙が現れた。彼女はベッドに駆け寄るなり、新八の腕に手を載せ泣き崩れる。それが不安からなのか、安心からなのかは分からない。彼女自身、その微妙な気持ちはよくわかっていなかった。

「あんまり病院内で騒がんでくだせェ。お気持ちは分かりやすが、また狙われる可能性があるんで」

その声に、真っ先に神楽が振り返った。憎たらしい栗色の髪の――沖田。その後ろには、彼女らと共にここへ訪れた数人が立っていた。

「狙われるってどういうことアルか!? 詳しく教えろよクソガキが!」
「今はちゃんとしたおまわりさんやってんでィ。頼み方がおかしいだろクソガキ」

犬猿の仲である二人は、またいつもの如く顔を合わせるなり喧嘩を始める。だが今日はどうも沖田の方が乗り気じゃないようで、それ以上の反論はしてはこなかった。よく見れば彼の目は腫れぼったく、ずっと動き回って疲れていたのか、しきりに足をぐるぐると動かしている。

「とにかく、落ち着いたら事情聴取を始めやす。俺は今から離れるんで、事件については山崎の方から聞いてくだせェ」

本当に疲れ切っているらしい。彼はそう言い切ると、大あくびをかきながらふらふらと病室から去っていった。
入れ替わりに、五分ほど経ってから山崎が病室を訪れる。彼はたまに見たときと変わらない爽やかな雰囲気をしていたが、この重くどんよりとした空気の中でそれは異常なまでに浮いていた。

「ジミー! 新八、何でこんなことになったアルか! ねえなんで!」

神楽が涙目でそう迫り、山崎は少々困りながらも、今からゆっくり話すからとそんな彼女のことをなだめる。気づけば睨むような視線が彼に集中していて、彼は一歩退きたくなるのを何とか堪えた。

「……えっと。初めに言っておきますが、新八君は無差別殺人事件に巻き込まれた可能性が非常に高いです。ですが、このまま安静にしていれば問題なく回復するそうなので安心してください」
「無差別って……! どうして、何で新ちゃんがそんなっ!」
「ど、どうしてと言われましても……無差別ですから……」

今度は妙にそう責め立てられ、彼は沖田への不満を心の隅に置きつつも、何とかフォローを試みた。

「と、とにかく。真選組は全力で犯人逮捕に貢献します。犯人はクナイと刀らしきもので新八君を斬りました。そのような怪しい輩を見つけたら、すぐに連絡を――」

ゴツン、と鈍い音が響き渡る。気がつけば目の前に、怒りに満ちた表情の銀時の顔が浮かんでいた。同時に後頭部にじわじわと鈍痛が走る。足の先が少し宙に浮いているのを知って、彼は途端に恐怖に支配される。
彼は直前まで気がつかなかったのだが、彼が話している辺りから銀時が立ち上がって近づいてきていたようだった。周りも何人か気づいてはいたらしいが、あまりにも突然すぎて手すら伸びなかったらしい。そして今、山崎が胸倉を掴まれて壁に押し付けられているという状況を見ても、唖然としていて言葉が出なかった。

「あ? 犯人逮捕に貢献だァ? ふざけてんじゃねーぞてめェ。何件も殺人事件起きてんだろ? それで犯人の足取りが一つでも掴めたのか? できてねーんだろ? んな無能な奴らをどう信じろってんだよ。てめェらのせいで江戸は物騒になってよ、新八がこんなことになったも同然じゃねえか!!」

防音であるはずの室内から廊下へ漏れてしまうほど、その怒号は激しかった。そのあまりの迫力に、瞬きすらままならない。その真っ直ぐに光る眼から、どうしても視線を離すことができずにいた。

「銀さん落ち着けよ。こっちに完全に非がねえってわけじゃねえんだ、手ぇひいてやんな」

長谷川が意を決してそうなだめると、銀時は顔をしかめたまま投げるように引き離す。山崎は終始呆然としていて、解放されても焦点の定まらない目でどこかを見つめているだけであった。

「悪いな、アンタ」
「いえ。……こういうのは、慣れっこですから」

声をかけられて我に返り、よれた隊服を直しながら苦笑する。ついでに軽くほこりも払うと、彼は一言、

「すいません」

と小さく謝った。涙目の神楽と妙も、怯えたような困ったような周りの人も、彼を複雑な思いで見つめる。がっくりと肩を落として向けたその背中は、やけに小さく見えた。彼も不憫な男だ。恐らく、沖田が対応するよりかは何倍か落ち着いてはいたのだろうが。

「…………」

何か尋ねようとしていたらしいが、彼はそれっきり口を開くことはなかった。見張りでも任されたのだろう、気まずそうに俯きながら、ただじっと壁にもたれかかっていた。


「おい総悟。起きろ」
「……なんでィ、土方さん。こちとら働きづめなんでィ、ちったぁ寝かせてくだせェ」

病院の仮眠室に、土方と近藤は訪れていた。隊士から沖田がそこにいると言われ、病室の前に立ち寄った次第だ。憎たらしいアイマスクをかけ、だらしなく涎を垂らし、ソファの上に投げ出すように寝転がっていた。
割と早く目覚めた彼に、土方はまず新八たちの様子を尋ねる。

「眼鏡の方はどうなってやがんだ?」
「まだ眠ってまさァ。旦那たちがもう病室にいますぜ。落ち着いたら事情聴取ってことで、今は山崎に見張りと説明を任せてやす」
「ほう。さっき聞いたところによれば、万事屋がブチ切れて山崎に掴みかかったらしいが?」
「マジですかィ。それは予想外でさァ」

また面倒なことを押し付けたのではないかと疑う土方に、彼は目を丸くして驚いた様子を見せる。

「そういやあ、神田は来てねえのか?」
「来てやすぜ。今ジュース買いに行かせてまさァ」

近藤がふと廊下へ顔を出すと、遠くの方で確かに自販機と睨めっこしている男の姿が見えた。どうやら沖田は、“俺の好みを選んで来い”と無理難題を押し付けたのだろう。そうでなければ、こんなに時間がかかることはないのだから。

「そうか。うーん、ザキと交代してくるか? 今の状態じゃ気まずいだろうし、クスも相談がしたいと言ってたしな」
「うえっ、マジかよ近藤さん。そんなのそこら辺の隊士にでもやらしときゃあ……」
「いやあ、俺自身見舞いがしたいんでな」

あからさまに顔をしかめる土方に、近藤は花束とフルーツバスケットを見せる。先程ここへ来る前、彼の希望で買ってきたものだ。しかしその色とりどりの華やかさは、浮いてはしまわないだろうか。なんだか“世界一嬉しくないプレゼント”のような気がしてならないのだ。その理由を、彼は知っている。

「……ったく。ひでェ話だ。万事屋の誕生日だったなんてな。そりゃああいつもキレるわけだ」
「そうだったんですかィ? 俺ァそんな話聞いてやせんけど」
「そりゃそうだろうな。早退した奴らに事情を聴きに行った隊士から、ちょっとばかし前に入ってきた情報だ」

言いながら煙草をふかす土方に、沖田は“煙草は喫煙室でやれよ”とでも言いたげな眼差しを向けながらその話を詳しく聞いた。

最悪の誕生日――。

彼の脳裏に、そんな言葉がふと浮かぶ。


三十分後、病室。今度は山崎と入れ替わりに、近藤と土方がお見舞い品を手に中へ入ってきた。神楽は一瞬喜びそうになって、やめる。

「いらないヨ……」

彼女の弱々しい呟きは、二人の耳にもはっきり届いた。それでも近藤は花束とフルーツバスケットを近くの大きめのテーブルに置いて、挨拶も程々に部屋の隅へ行き黙り込む。フォローの男土方でさえかける言葉が見つからず、眉間にしわを寄せている。

「……万事屋。今回は本当にすまない」

不意に、近藤がそう声をかける。銀時がちらりと彼を見るのと同時に、彼は深々と頭を下げた。土方も慌ててそれに合わせて、少しタイミングをずらしてお辞儀をする。

「確かに俺らの力不足だった。これは、本当に申し訳なく思っている。……お前らやここにいない仲間たちは俺たちが必ず守る。だから――」
「木刀は」

彼の言葉を遮ったのは、固く口を閉ざしていた銀時だった。その突然の質問に戸惑いつつも、彼は素直にそれに答える。

「犯人の手がかりが見つからなかったから、今は屯所で保管してある。……持ってくるか?」
「そうしてくれ。今すぐ犯人ブチ殺さねえと、気がすまねェ」

その付け加えられた一言に、近藤は思わず息をのんだ。他のものを圧倒してしまうような迫力。強い眼差し。怒りに満ち、震える手。本当に彼なら、やりかねないと感じた。それでも今の彼を抑えるには、彼のしたい通りにさせるしかない。木刀を振り回すことで少しでも気を落ち着けてくれるのなら、それでもいいと思った。
近藤はすぐ、廊下に待機していた隊士に木刀を持ってくるよう頼んだ。土方は何か言いたげだったが、一つため息をついて呆れた素振りを見せただけで、特に口を開くことはなかった。

(……そう暴力的に走んのも、どうかと思うけどよ。……俺が言えたことじゃねえが)


一方、病院内の使われていない空き部屋には、山崎と神田の姿があった。少しだけ吉村が顔を出していたが、あとはまた補佐として病室に向かう。

「山崎さん……そんな気を落とさないで下さいよ。仕方ありませんって。切り替えて、犯人探し頑張りましょう」
「……ああ」

後輩に、しかも敵視している奴に慰められるとはいかがなものだろう。山崎はもやもやした気持ちを晴らすことができぬまま、“仕事として”神田と向き合っていた。それぞれ持ち合わせた情報を交換し、今からはどうしていくかの作戦を練る。

「私服で囮になるってのはどうだろう。ほら、はっきり言って君も俺も地味じゃん。完全に一般人じゃん。モブキャラじゃん?」
「どんだけ自分傷つけたいんですか」
「そう、新八君が狙われたのだって一般人っぽくてなおかつ一人でいたからだ。つまり俺らがそれを実行すれば犯人が捕まえられるって寸法だよ!」
「うーん……まあ、妥当でしょうね」

段々と得意げになっていく山崎の顔。だが神田の微妙な反応に、再びその顔から光が消えた。どうやら彼は既にその方法を思いついていたらしい。というよりは、誰もがいの一番に考えそうなことなので、褒めようにも言葉が思いつかなかった。そう言うところに素直な性格らしく、また慌てて見繕った言葉も下手である。

「とっ、とにかく。作戦はそれで行きましょう。ですが、時期はどうしますか? 新八さんの目覚めを待ちますか、それとも尚早に……?」
「そんなの、目覚めるの待ってたらまた次の犠牲者が出るに決まってるだろ。俺としては明日か明後日、少なくとも今週中には動きたい」

隊士づてに医師の話を聞いたが、新八が目覚めるまでに少なくとも一週間はかかるらしい。ここ最近、人通りが少ない割に事件の頻度は多くなってきている。一週間もあれば犠牲者の一人や二人が出てもおかしくはないだろう。神田は最初慎重に行きたいと考えていたようだが、山崎の考えに納得したようだ。早速、細かいことについて話を進めていく。

「そういえば、君は事件をまとめていたよね? 犯行の時間帯とかって決まってる?」
「ええ。今まではどれも夕方から夜中にかけて行われています。場所は江戸のかぶき町が中心。ほぼ絞られたといってもいいでしょう」
「そうか……よし。君は明日空いてる? 俺は補佐をしなきゃならないから、明後日から行動してみるよ」
「分かりました、俺は早速明日動いてみます。吉村さんにも伝えておきますね」

神田の一言で対談は大方の合意を得て終了した。こうして監察による囮作戦は開始されることとなったのだが、それは単に犯人をおびき寄せるだけではないだろう。と、神田は考えていた。
万事屋との関係が一時的に悪化し、極力関わりたくないという本音。もしくは、手柄をあげることでの関係の修復を狙っているものと思える。この作戦を山崎が持ちかけたのには、そういった真意があったのかもしれない。



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