第弐訓 山と谷はバランスよく存在する@


銀さん誕生日おめでとう、と声をそろえられたはいいものの、本人は自分が誕生日であることをすっかり忘れていたようだ。案の定というべきか、やっぱりねと神楽と新八が笑った。
だが、新八が妙によそよそしいのには気づいていたようだった。いや、彼だけでなく、周りの人間が最近やたら冷たいと悩んでいたところだったらしい。その正体に気づき、彼はほっとしたような表情も浮かべていた。

「銀さん、今日は糖尿病なんか忘れてください!」
「好きなだけ食べてくださいね」

新八と妙が隣の部屋から持ってきたのは、隠しておいた巨大ケーキだった。体に絡みついた紙のテープをつまんでいた銀時の、その表情が一変する。

「うひょぉぉぉ!! けっ、け、ケーキだァァァ!」

彼はそれに飛びつく前に、しきりに「ドッキリじゃないよね?」と周りを入念に調べる。流石に一度痛い目にあっただけに疑い深いが、桂が大丈夫だというから大丈夫なのだろう。彼は色んな意味でクソ真面目だから、そういった騙しとかはうまくなさそうだからだ。何段ものホールケーキには、生クリームをベースに果物がふんだんに乗せられていて、その上からチョコソースまでトッピングされている。てっぺんには“銀さんおめでとう”とメッセージの添えられた板チョコが、金箔仕立てで乗っていた。誰がどう見ても柳生家がバックについていることが分かるくらい、豪華なケーキそのものだった。

「流石に二十何本もろうそくは面倒だから、大きいのを二本用意した。東城、火をつけてくれ」
「はい、若!」

見栄え的にもそれがいいと思ったのだろう、九兵衛が取り出した赤と青のろうそくを東城がケーキに突き刺して、チャッカマンを使い火をつけた。電灯の近くにいた長谷川がスイッチを切り、キャサリンが部屋のカーテンを閉める。すると、炎だけが闇の中に浮かぶように光り、幻想的な空間を生み出した。

「はいじゃあ皆さん、歌いますよ!」

新八の声に、嫌な予感がする者が数名。だが何も知らない者が歌いだしてしまうと、会場は一気に悲惨なことになった。
耳をつんざくような爆音。建物が震え、棚に置いてあったジャスタウェイ型の時計にぴしりとひびが入る。その歌声は、万事屋の薄い壁から江戸中へ響き渡らんばかりのものだった。歌が終わった途端全員がその場に伏しているほど、新八リサイタルは毎回酷い結果に終わる。

「あれ? 皆さんどうしたんですか。元気出してくださいよ」

全く気づいていない彼に無言でコミックスとDVDを渡し、銀時はふらふらと立ち上がる。そして力の限り息を吸い、大袈裟にろうそくの火を消した。部屋が真っ暗になってから、一気にカーテンが開け放たれる。次の瞬間には拍手喝采が巻き起こっていた。

「さあじゃあお待ちかね、みんな分け合って食べましょうねー!」

妙がそう言うと、再び東城によって大量の皿が並べられた。ケーキが登場してから涎を垂らして見つめていた神楽が飛び上がり、それを機にみながわらわらとケーキの周りに集まる。まずは銀時からと統制するが、もはやそれは意味をなさない。猿飛がいつの間にかウエディングドレスに着替えて、ケーキ入刀用の大きなナイフを手にしてきた。

「銀さんと私の共同作業よォォォォ!!」

騒ぎ立てる彼女を月詠が落ち着かせ、とりあえずはケーキを一人一人に配り終えることができた。だが通常サイズに切って皿に乗せても、巨大ケーキはまだ三分の二以上は残っている。神楽や銀時がこの後人目もはばからず食らいつくしてしまう結末は、誰にも見えていることだった。
早速全員でケーキを食らい、あとは自由に談笑する時間が続く。新八の特別プレゼントは、この調子だと随分あとでよさそうだ。

「……ん? なーんか足りねーような……」

クリームを口元につけた銀時が、ソファの上から周りをきょろきょろと見渡した。そう、今日の誕生日パーティはいつものように騒がしい。が、いつもより平和なのだ。

「そう言えばストーカーゴリラがいないアルな」
「あら珍しい。今日は雪が降るんじゃないかしら」

それに気づいたのは神楽で、その言葉には全員が納得する。特に妙の笑顔はいつもより明るく、すっきりしていた。いつもなら近藤がどこかしらに隠れていて、何事もなかったかのようにパーティに溶け込んでは妙に殴られている。加えて彼と桂の遭遇率が非常に高いため、真選組が乗り込んできて滅茶苦茶になるという最悪のシナリオも予想されていた。だが元凶がいない分、幾らか物足りない気はするが、たまにはこういう普通の宴会もいいだろうと新八は思った。大抵いいことをすると崩壊するというのは、自分たちの日ごろの行いのせいだろうか。俗にいう死亡フラグ――いやいや、死ぬにはまだ早い。

「忙しいんだよ、きっと。あの人も一応真選組の局長だし」
「そうね。今物騒でしょう、私いつもナタ持ち歩いてるの、護身用に」
「……姉上、下手すればパクられます」

酒の代わりのいちご牛乳を乾杯しながら、どんちゃん騒ぎの横で姉弟(きょうだい)はいつものように会話を交わす。そう言えば今、江戸で無差別の殺人事件が起きてるんだっけな……新八はそんなことを思って、何気なしにテレビをつけた。音声こそ喧騒にかき消されて聞こえなかったものの、ぱっと映ったワイドショーにはちょうど求めている情報が報道されているところだった。それもタイミングよく、今までの事件が時系列順にフリップにまとめられている画面が、小さなテレビでも確認できるくらい大きく表示されている。彼は眼鏡をずり上げて、その画面を間近で見つめた。

(うわぁ、こんなに起きてたんだ……外歩くときは木刀持った方がいいなぁ)

つい一昨日にも事件が起きたばかりで、江戸中が警戒を強めているというのに――自分で企画しておきながら、彼は後ろを呆れたような目で見つめた。

「新八ィー! ケーキもういらないアルかー!?」
「もう食べつくしちゃっていいかー!?」
「ああ駄目です! 僕もあと二切れは食べますからね!」

テレビを喋らせたまま、彼は狭い部屋の中をぐいぐい進みケーキの元までたどり着く。既にケーキは半分ほどが食らいつくされていて、周りの人はみなサンタのように、口元に真っ白なクリームをべったりとつけている。
もちろん彼も、いつまでも謙虚な青年を気取るわけではない。彼らと同じようにケーキに食らいつき、騒ぎ、羽目を外す。妙は少し離れたところで九兵衛と親しげに話しながら、その様子を温かな目で見つめていた。

「いちご牛乳じゃなくてオレンジジュースないー!?」
「俺お茶がほしいんだけど」

長谷川泰三と服部全蔵の声に、新八は我に返ってまたバタバタと動き始めた。彼には悪いが、やはり彼はこういう姿がお似合いなのかもしれない。彼は途中、飲み物の入ったコップの盆を持ったまま足を引っ掛けて派手に転んだが、雰囲気のせいか咎められることなく爆笑の渦に終わった。更に銀時の着物が少し湿ってしまい、ふきんをとりにいった新八が液体のせいで滑り転ぶという二段落ちが出来上がる。飛んだ眼鏡をかけなおしつつ、彼は振り返って困ったように笑った。

「大丈夫ですか新八様。そろそろプレゼントのお時間です」
「えっ、もうそんな?」

しゃがみこんで手を差し伸べてくれたたまに告げられ、彼は慌ただしく立ち上がった。近くにあったティッシュで簡単に床を拭き取ると、パンパンと手を叩き、一度その騒ぎを制止した。その乾いた音は妙に響き渡って、何事かと全員が彼を見つめると同時に、場はしんと静まり返る。少し戸惑いつつ、彼は「ではプレゼントの時間です!」と声を張り上げた。直後にはまた拍手喝采で、各々銀時のために用意していたプレゼントを手に取る。

「プレゼントまであんの? マジで?」

だが誰も彼に近寄ろうとはせず、ただ一人、神楽だけが動きを見せた。彼女は押し入れを開けると、枕の下に隠してあった便箋を引っ張り出す。彼女はテーブルを挟んで銀時の前に立ち、周りは空気を読んでか、その二人を囲うように輪を作り見守っていた。わざとらしく腕をいっぱいに伸ばして手紙を構えると、彼女はふんぞり返るような姿勢をしながら口をゆっくりと開いた。その瞬間、再び静寂が訪れる。

「銀ちゃんへ」

自分でも何を書いたか分からないくらいへたっぴな字を懸命に目で追いながら、彼女は銀時への手紙を読み上げる。

「銀ちゃんは怠け者で、ちゃらんぽらんで、まるで駄目な男だと思います。でもやるときはやる、かっこいい侍でもあると思ってます」
「え? ちょ……そういう?」

明らかな動揺を見せる彼だが、笑みを隠しきれぬ口元が、心の内を物語っている。
そんな出だしで始まった彼女の手紙は、およそ三分と短めではあったが、今までの感謝の気持ちを素直に表したものとなっていた。流石に涙は流すことはなかったが、銀時の胸を強く打ったのは確かだ。普段毒舌しか浴びない彼は、盛りだくさんの展開にやはり戸惑いを隠しきれぬようで、彼女の手紙にも照れてしまってか微妙な返答しかすることができなかった。

「銀ちゃん、いつもありがと」

照れくさそうに言う神楽の言葉のあと、大量のプレゼントが銀時の方に投げ込まれた。ほとんどとらえきれずに顔面で受け止めてばかりなうえ、そのほとんどにまともなプレゼントがない。

「お、おぉ……お前らこそありがとな……って、誰だんまい棒。ヅラか? おい、ポラギノールってなんだよ。てめェらろくなモンねーじゃねえか!」
「ヅラじゃない桂だ! それは寺門通とのコラボんまい棒で、味は……」
「やめろォォォ! パーティなんだからもォォォ!!」

予想通りの味が書かれているが、以前銀時も神楽も普通に食していたので悪くない味ではあるんだろう。が、字的には親衛隊の隊長である新八から見てもツラい。

「オイル!? 俺機械じゃねーんだけど! ん? この紙……」

腿の間に落ちていた、丸められた紙を広げる。そこには筆ペンでびっしりと、家賃滞納の額が書かれていた。そこでお登勢の痛い視線に気づくが、彼はげっそりした様子でその数字の羅列を眺めるばかり。早いうちにドロンしなければと、彼は密かに計画を頭の中で組み立てる。

「こいつに至ってはただのゴミじゃねェかァァァ!!」

下がりかけていた気分を取り戻すように、彼は足元に転がった段ボールの城を叩き割る。小学生が作りそうな、セロハンテープで切り貼りした手抜きのものである。長谷川が「何すんだよ銀さん」と、そのダンボールキャッスルの残骸を拾い集めだす。
こうなるともはや無法地帯と化し、銀時や新八でさえツッコミが追いつかないほどの量のボケが飛び交うこととなった。

昼時に始まったパーティも、気づけば夕暮れ時に差し掛かっていた。それでも興奮はまだ冷めやらず、とっくのとうに綺麗に食べ尽くされたケーキの大皿の横で、誰かの宴会芸が始まっていた。それを横目に見ながら、熱気のせいか何だかふわふわした感覚を元に戻すように、新八は一度廊下に出る。薄く開かれた扉からは、大勢の笑い声が洩れていた。

「新ちゃん、そろそろ作ったらどうかしら?」
「姉上。……そうですね、そろそろ。あ、僕一人でやりますから、心配しないでください! 僕からのプレゼントですから!」
「そう? 分かったわ」

ちょうど厠から出てきた妙と会話を交わし、すれ違うようにしてキッチンへ入る。テーブルの上には予め用意しておいた器具が並んでいて、あとは練習通りに菓子を作っていくだけだ。彼は鼻歌を歌いながら、上機嫌で冷蔵庫を開く。

「……あれ」

パックの卵を手に取った時、彼はあることに気がついた。「消費期限、切れてる」彼はその日付を見ながら、ぽつりと呟く。

しまった。もうちょっとよく確認しておくべきだった。
卵だけは家にあると、ちょうど買っていなかったのだ。最近グレードアップしてふりかけご飯が食卓に並ぶようになったから、あまり使わなくなったのもあるだろう。
しかし、卵がなければ作ることができない。期限切れのものを出して、腹を下されても困る。彼は壁にかかった時計を見て、それほど遅くはないことを確認した。

「銀さーん、ちょっと僕買い物行ってきます!」
「え? 何、どうしたの」
「必要なものを買い忘れていたので。すぐそこのスーパーに行くだけですから、すぐ戻ってきますね!」

財布の中身を確認し、草履を履こうとしたところで、背後から気怠そうな銀時の声が再びかかった。振り向いたときには木刀が飛んできていて、新八はそれを慌ててキャッチする。

「今危ねーだろ。これもってけ」
「あ……はい!」

いちご牛乳のいちご牛乳割りを片手に、彼は“洞爺湖”と書かれた愛用の木刀を腰に佩いた新八の姿を見送る。やはり外はうっそうとしていて、ここだけ世界が違うように思えた。彼は隙間風に身震いしながら、自分の世界にこもるように、その開きっぱなしの扉を閉める。かしましい部屋に戻ると、もはや消音状態のテレビにちらりと目を向けた。そこに彼の大好きな結野アナが映っていた日には、もう彼の気持ちは最高潮になる。

日が半分だけ、ひょっこりと顔を出しているときのことだ。


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