第壱訓 キャラ被りにはご用心A


夕方、真選組の屯所にはほとんどの隊士が集まっていた。これからの夜間警備の割り当て及び報告のためだ。開始時刻の五分前には既に、広間にずらりと隊士たちが正座し微動だにせず待っていた。局長である近藤、それから副長の土方は開始時刻きっかりに入ってくるのがいつもの様式で、隊士たちは毎度その待ち時間の緊張感を味わっている。誰も口を開いてはならないという、無言の重苦しい雰囲気。時折携帯の電源が切られているか確認をする音以外は、咳払いくらいしかない。まだ入隊したばかりの数名は、唇を噛んで目玉だけを動かして時間を潰していた。
やがてすり足気味の二つの足音が近づいてきて、障子に影が揺らめいた。手をかけたのは近藤の方で、いつになく真剣な面持ちで入室してくる。土方はいつもと変わらず真一文字に結んだ口を開くことなく、後ろ手に襖を閉めてから座った。

「それでは会議を始める。まず初めに、今回の事件についてだ。クス、頼む」
「はい」

伏せられていた土方の目が少し動く。愛称は既に広まりつつあるらしい。一番隊と並んで最前列に座る監察の三人衆に目を向けながら、彼はそんなどうでもいいことをふと考えていた。
神田はその場に立ち上がり、朝手にしていたのと同じ黒いバインダーに目を落とした。そして事件の概要と、被害者について報告する。あれから少し分かった事実も加えて、現時点での最新の情報が全員に行き届く。彼は続けて、これまでの事件と照らし合わせた簡単な意見も述べた。彼はこの事件についてまとめる役割を任されているため、そういったことが可能だった。

「……以上です」
「うん、ご苦労。次に今週の夜間警備の割り当てを発表する。トシ」

土方は頷き、ポケットにしまっていた、折りたたまれた一枚の紙を取り出して立ち上がる。
割り当てを言う前に、彼は一つ朗報を持ってきた。別の組織も同時に動いてくれるらしく、今までのような過密なスケジュールにはならなくて済むということだ。更に今までの事件から考えて、事件はかぶき町周辺で起こっていることが多いことも分かっている。テロや凶悪事件のエキスパートである真選組が最も危険な区域を請け負う代わりに、休息も十分にとられるよう交代制をとることになった。
それを踏まえ、時間帯とルート、そして場所の発表が詳しく行われた。隊士たちはそれを聞き逃すことなく、必死に頭に叩き込む。特にそれぞれの隊の隊長たちには注意等もたくさんあるので、彼らには一応マニュアルが配布された。
監察の三人には、別に仕事があった。彼らにはまた会議が終わったあとに、その内容が伝えられる。

「くれぐれも気をつけてくれ。万が一の場合、剣を抜くことも構わん」

近藤の一言のあと、夜間前半の警備を任されている奇数隊が速やかに移動を始めた。偶数隊は先に食事等を済ますため、各々自由に離散する。近藤と土方のもとには、まだ何も告げられていない三人が集まった。

「お前らの任務は、俺たちの補佐と調査だ。他の組織が動いているとはいえ、独自のルートで調べる必要がある。やることは前とほとんど変わらないが、空き時間は増やしておいたつもりだ。補佐一人、調査二人で頼む」

彼らにはそれぞれ、補佐をする日にちが書かれた紙が渡された。明日は山崎、明後日は神田、明々後日は吉村……のように、順々に回るようになっている。今日神田が補佐をしたのは臨時だったため、順番は新しく組みなおされていた。

「何かあったらすぐに連絡しろ。分かったな?」

はい、と三つの声が揃う。あれほどぎっしり詰まっていた部屋も、五人となった今は寂しく、やけにその声が響いたのがよくわかった。
それから山崎と神田は部屋の方へ、残りの三人は食堂へそれぞれ向かった。山崎達も廊下に出れば左右に分かれ、一言も会話を交わすことなく歩いていく。いつもは温厚そうな山崎の顔が冷たい無表情になっていて、神田に限っては目つきの悪さから何かを睨んでいるような体だった。
誰が見ても、仲がよさそうには決して見えぬ関係だ。


(何アイツマジムカつくんだけど)

眉間にしわを寄せながら、山崎はやけに大きな足音を立てながら廊下を歩いていた。夕焼けに染まった景色が血に染まったように見えるくらい、彼の心は荒んでいる。別に仕事が厳しすぎて、疲れているわけではない。ただどうしても好きになれない――嫌いで仕方のない相手がいるというだけだ。
今まで真選組の地味キャラと言えば、山崎退の前に出る者はなかった。主に土方たちの補佐でその存在や才能を認められているのにもかかわらず、「あれ、お前いたんだ」とナチュラルに言われるほど、彼は地味道を究めている。いつの間にかひょっこりいて、気づいたときにはいなくなっている。ツッコミとして地味ながら輝く新八とは決定的に違うことは、もはや真選組の常識である。
が、だ。そこに更に地味な男が、同じポジションにつくことになった。ここまではいい。気に食わないのは、奴のせいで彼の存在が日に日に薄くなっていくところにあった。

補佐・報告は山崎の務めであるのは、今までは当たり前のことだった。きっかけは彼が別の張り込みに出ているとき、一連の事件が起きたことにある。その時たまたま手の空いていた神田が補佐に入った。それからというもの、山崎がいないときには彼が代わりに入ることになり、更にその秀でた才能のおかげか功績を認められ始めたのだ。更に運の悪いことに、最近の事件は全て彼がいないときに起こった。そのために、彼が直接挽回するチャンスも、“あんな奴より俺のが優秀なんだよ”と見せつけるチャンスも訪れてくれない。

最終的に、神田はこの重大事件のレポート係に任命された。面倒だから押し付けてくれてありがたいと思う反面、どこか腹が立つ部分もある。

もちろんこれは、ただの嫉妬に違いなかった。もとはと言えば近藤が“監察の仕事を軽くする”という名目で任命したのだから、どれだけ仕事ができようとできまいと、素直に受け入れる必要がある。

(んなこた分かってんだよ、畜生)

だが気に食わない。どうしても、気に食わない。
キャラが被っているという事実。

聞けば神田は身体能力も非常に高く、頭もキレる男らしい。それでいてあの地味な顔立ち、髪形。前に“目つきを悪くした山崎”“すっきりした山崎”などと称されているのを耳にしたことがある。確かに彼の髪は長めでもっさりしているが、たかが前髪が切りそろえられて、後ろ髪がはねていないだけだろうが。あんな奴と比較すんじゃねえと、彼は地面に唾を吐き捨てる。

同じ味の料理があったら、見栄えのいい方と見栄えの悪い方、どちらを取るか。
もちろん見栄えのいい方に決まっている。

それと同じだ。近藤の目も土方の目も、今は神田にしか留まっていない。そのうちお払い箱になるのも、目に見えている。
部屋に戻ると、畳の上に寝転がり、一度冷静になって天井を見つめてみた。なんて幼稚なんだと自分にがっかりしつつも、苛立ちはやはり拭いきられない。大きく一つため息をつき、勢いをつけて上半身を起こした。腰に差していた刀を壁に立てかけて、彼は遅れて食堂へ向かうことにした。
廊下に出て、遠くに見えるターミナルの明かりがつくのをぼうっと見送った。誰ともすれ違うことなく、一人寂しく廊下を突き進む。知らぬ間に眠気を覚えていたようで、彼は目に涙をためながら大口を開けて欠伸をかいた。少し俯き加減で、歩く速さを落とす。

「あれっ、山崎さん」

不意に背後から聞こえた声に、思わずびくっと身を震わせた。目を見開いたまま後ろをばっと振り返ると、そこにはきょとんとした顔の神田が立っていた。

「な、何か用?」

作り笑いを浮かべながらそう尋ねると、彼は相変わらず少し心配そうな顔で、食堂の方向を指差した。廊下から行くと少し遠回りになっているため、山崎より左にずれた位置を人差し指が向いている。

「局長たちが捜してましたよ。一緒に食事をしたいそうで」
「そっか、どうも。君は行かないの?」
「少し仕事をしてから行きますので。お構いなく」

そう言って、彼は踵を返して去っていった。すぐ近くの角を曲がれば、もうその姿は見えなくなる。彼もまた体勢を戻し、再び食堂に向かって歩き出した。

(……いつの間に……)

ふとそんな言葉を心の中で呟いた。
彼の足音はおろか、気配さえ全く気づくことができなかった。考え事をしていて注意力が鈍っていたせいもあるかもしれないが、あれほど背筋に寒気を感じたのは初めてだ。一瞬“殺される”とさえ思ってしまったほどだ。

まあいっか。そう考えを捨ててみたが、やはり心のどこかにはずっと残っているようだった。


翌々日まで何も事件がなかったのにも関わらず、ニュースのトップは相変わらず無差別殺人に関連することばかりだった。真選組やら見廻組やら警察が忙しく動く映像がテレビに流れて、一見事件は解決に向かっているようにも見えた。
だが大江戸ニュースでは花野咲アナウンサーが、犯人の手掛かりが掴めていないことを恐ろしげな表情で語っている。やたら桂桂言っているが、どうやら恨みがあるらしい。だがこんな大それたことを桂小太郎がするはずもないのは、銀時たちには分かっていた。
歯を磨きながらソファに座り、いつになく気怠そうにテレビの画面を眺める銀時。そんな彼の肩を、新八が二回ほど叩いた。

「銀さん、今日僕仕事貰ってきたんです。男手が二つ欲しいそうです、柳生家から」
「あ? 男手? 神楽一人で充分だろんなもん。俺二日酔いで頭痛ェんだよォ〜」

一瞬言葉を詰まらせる新八だが、すぐに神楽が得意の毒舌で彼のフォローに回った。

「女に任せるなんて最低最悪ネ。普通の社会人だったら辛くても仕事に行かなければならないアル」
「そうですよ、神楽ちゃんの言う通り。動かないと悪化しますって!」
「うぇえぇ〜? やだぁー」

子供のように駄々をこねる銀時を無理矢理動かし、彼も渋々身なりを整える。準備ができたところで、早速彼ら二人は家を出た。「いってらっしゃいヨ〜」酢昆布片手に手を振る神楽に笑みを見せると、新八はどことなく上機嫌そうに扉を閉める。

「で、仕事って何」
「屋根の修理をするそうです。門下生も事件に怯えて休みを取ることが多くなったそうで、人手が足りないと」
「へぇー、あの天下の柳生流がねェ」

もちろん半分は作り話だ。口実をつくるために莫大な人数を動かすことができるのは、彼の知り合いで柳生家のほかにいない。次期当主である九兵衛やその家来である東城歩は今回招待してあるので、銀時には稽古と嘘をついて不在とされている。またすれ違うことのないよう、わざわざ別ルートで来るよう頼んでもあった。
ここまでは完璧だと、新八は気合を入れなおす。こぼれそうになる笑みを抑え、あくまでも“仕事に意欲的な男”を演じた。そう、全ては午後のため。


銀時たちが出て、最初に部屋に姿を現したのは猿飛あやめだった。彼女は玄関から来ることなく、最初から潜んでいた屋根裏から軽い身のこなしで降りてくる。いつもは彼女の存在に銀時は気づくのだが、今日は二日酔いのせいで気づかなかったのだろう。というより、猿飛は忍者なのだから、本来気づかれないのが普通なのだが。

「で? 何、私は私をラッピングすればいいの?」
「そんな最悪のプレゼントきいたことないネ。まずは飾り付けするアル!」

押し入れの奥底に隠しておいた箱を取り出し、折り紙で作られた輪の飾りや、達筆な字で書かれた横断幕など一つ一つを机の上に並べていく。猿飛にも見覚えのあるものはいくつかあった。

「この飾りはあそこがいいわね。それから私の秘蔵銀さんポスターはあそこに……」
「ポスターはいらねーヨ!」

さりげなく彼女らしく仕立て上げようとしたところを、神楽が慌てて引き留めた。だが色彩のセンスは無難なので、大まかなものはそれにしたがって、あとは好きなように壁に貼り付けていく。その途中で、インターホンもなく扉がガラガラと開かれた。
お登勢とキャサリン、そしてたまの三人組が訪れた。万事屋の一階にあるスナックを経営していて、彼女らにはよく家賃の取り立てで玄関を滅茶苦茶にされた苦い思い出がある。ちなみに現在進行形なので、これからもそれは増えていくだろう。

「神楽、クラッカー持ってきたよ。これでいいかい」
「うおぉババアナイスネ! いっぱい鳴らしたいアル!」

お登勢が持ってきた大量の、大小さまざまなクラッカーが風呂敷の上に広げられた。まだ引っ張っちゃだめだと制止する彼女の言う通り、神楽は素直に手をひっこめる。たまによれば五つほど余るそうなので、配ったあとで好きなだけ鳴らせばいいようだ。

「何デスカアノ横断幕ハ。地味ナ字デスネ」
「そりゃあ新八が書いたからしょうがないアル」

猿飛によって“糖分”と書かれた習字がいったん外されて、代わりに新八が心を込めて書いた横断幕が取り付けられる。なかなか見栄えの良いものだったが、やはり彼が書いたせいか、平凡な字に見えてしまう。

その後も飾り付けは着々と進められていった。その間にもどんどん人は増え、部屋は豪勢になっていく。妙と九兵衛、そして東城の三人が持ってきた巨大なホールケーキを別室に隠せば、もう完璧だ。当初は妙と新八で出し合ってケーキを買う予定だったのだが、セレブである九兵衛の出費によりここまでサイズが大きくなってしまった。これは新八がスイーツを作る間もなく腹いっぱいになってしまうかもしれない――と思ったが、案外そうでもなさそうだ。この大人数で大食いが何人もいる中、ケーキくらいあっという間に食べつくされてしまうだろう。
いつぞやのサンタの回のように、外で寂しい思いはさせぬようちゃんと桂とエリザベスも招き入れる。案の定家の裏で膝を抱えて座っていたので、神楽が見かねて呼んだ次第だ。

昼頃には全ての準備が終わり、あとは二人の帰りを待つばかりになった。クラッカーが一人ひとつ手渡され、たまの計算通り五つが机の上に無造作に置かれている。
やがて、話し声と足音が近づいてきた。玄関先から部屋までは少し離れているから、気づかれぬようみなはじっと息を潜める。がらがらと扉が開く音がして、新八の明るい声がはっきりと聞こえた。クラッカーの紐に手をかけて、誰もがにんまりと笑みを抑えきれなくなっている。

「なんだよ、俺今から二度寝……」
「いいですから、ほら!」

新八に押されたのか、やけに不満げな銀時が閉め切られた扉を開く。その瞬間、あちこちから爆ぜるような音が彼に向けて飛び交った。

「ハッピーバースデイ、銀さん!」

予想だにしなかった出来事に、当の本人は目を丸くしたまま一歩も動けないでいた。


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