第壱訓 キャラ被りにはご用心@


「世の中ってのァ物騒になりやしたねィ」

黒い隊服に身を包み、目の前の惨状を物怖じもせず冷静に見つめながら沖田総悟はそう言った。この手の仕事をしている限り、こういった現場に遭遇するのは避けられない。もう何度もただの肉片と化したそれを目の当たりにしてきたが、やはり気持ちのいいものではなかった。というのは周りの隊士たちの心の内で、彼や、その隣でのんきに煙草をふかしている土方十四郎なんかは、特に何とも思ってはいない。ただ、危惧しているのは明らかだ。

「今月に入って十三件……ほぼ毎日こんな状況か」
「ちょうどいいじゃねェですかィ。名前にかけて十四件目は……」
「何もよくねーよ」

江戸っ子口調で感情もなく、冗談には聞こえない沖田の言葉に、彼は呆れたようにツッコミを入れた。

江戸で巻き起こる一連の無差別殺人事件は、今回でちょうど二十件になる。犯行の手口はどれも、人気の少ない道を歩く者を滅多切りにするという荒々しいものばかり。同一犯による犯行とはふんでいるのだが、未だ犯人を発見するには至っていない。不思議なことに現場には手がかりがなく、また被害者同士の接点も見られないことから、事件は難航していた。
すっかり怯えてしまったのか、今は昼間でも、外を出歩く人はほとんどいない。寺子屋は集団下校を徹底、通勤には車を使う者が圧倒的に増えた。

「ったく……」

不機嫌そうに土方は煙を口からふいた。まだ事件は解決しないのかという失望から真選組の評判は落ち、また待ってましたとでも言うようにマスコミは彼らを追い回す。連日罵倒やら質問やらを浴び、彼らは精神的にも疲れ、荒んでいた。
二人はいったんその場を離れ、近くに停めてあるパトカーまで戻った。幾ら慣れているからと言って、血の色ばかりに囲まれていては頭がおかしくなりそうだ。
土方は携帯電話を取り出し、報告のために局長である近藤勲に連絡をする。彼はワンコールですぐに出た。

『おう、トシか。現場はどうなっている?』
「ひでェ有り様だ。今回の被害者は二、三十くらいの男。詳しいことは今調べてる最中だ」
『そうか……。第一発見者の事情聴取はこっちに任せておけ。一通り調べ終わったらまた連絡を頼む。トシも総悟も、無理はするなよ』
「ああ、分かってる」

短い会話で電話を切ると、彼は再び深いため息をつく。「近藤さん、何て?」沖田がそう尋ねたのには、「無理すんなってよ」と簡潔な言葉で答えた。

「しかし今回の事件、辻斬りにしては変ですねィ。ちょっと執拗すぎでさァ」

沖田はパトカーに寄りかかり、持ち合わせていた缶コーヒーを一口飲む。
本来辻斬りは、武士が刀や自分の力試しのために無差別に人を斬ることをさす。江戸でも何度か発生したことがあるが、やはり一太刀で事は済んでしまうもの。だが今回に限っては、致命傷を負わせたにも関わらず、執拗なまでに体を切り裂いている。確実に息の根を止めようとしたのか、それとも狂った者が楽しんでいるだけなのか。そのせいで、ひどいものは四肢が吹き飛んでいた。判別に時間がかかるほど顔を斬りつけられたものもいて、そればかりは土方も苦々しく顔をしかめるばかりだ。

「ああ。痕跡がないっつーのもおかしな話だ」
「とんでもねェ野郎ですねィ。夜間警備のせいで、隊士たちはクタクタだってのに」
「そこを狙ってんだろ、犯人は。俺たちがダウンしたらどうしようもねェ」

自分でそう言い聞かせてはみるが、気を抜いたら丸一日は眠られそうなくらい瞼は重く、体は疲れ切っていた。犯人マジ何してんだよ、とさえ思ってしまう。むしろ四六時中苛立っている。

パトカーに寄りかかって口数の少ない会話をしていると、突然「副長」と声がかかった。半分上の空だった二人の意識が戻り、声のした方へ自然と顔が向く。そこに立っていたのは、黒いバインダーを片手に、土方たちより幾らか簡素なデザインの隊服を着た一人の青年だった。男にしては少し長めの黒髪のせいか、あまりぱっとしない地味な印象を受ける。

「やまざ……じゃねェや。えーっと」
「神田です。いい加減覚えてくださいよ、副長」

神田楠(かんだくすのき)、肩書は“真選組監察及び密偵”。彼は二か月ほど前に入隊してきたばかりの新入りなのにも関わらず、その地味な容姿と並外れた身体能力からそのポストに抜擢された。初仕事では見事攘夷浪士を御用にし、色んな意味で今最も恐れられている人物である。だがその地味さゆえ、土方にはまだ名前を憶えられていない……というよりは、何度か間違えられている。同じ肩書きであり、同じ“地味”という特徴の男がもう一人。それが先程、彼が口走った山崎退であった。
現在山崎はこの事件を追うため、彼らとは別に行動をしている。神田は彼の代わりに、彼がいつもこなしていた“土方への連絡”をここ最近行っていた。今回もそのためである。

「で、何だ?」
「はい。持っていた免許証から、被害者の身元が割れました。藻部藻武男、二十七歳。恐らく攘夷志士だと思われます」
「今度は攘夷志士か……他の被害者との関係は」
「それはまだ。しかし、今までと同じようにない可能性が高いです」

緊張しているのか、まだいくらか上ずった声で報告をする神田。もう何度か繰り返してはいるのだが、やはり鬼の副長を前にすると緊張の糸が張りつめるようだ。すらすらと報告をしていた山崎の地味な凄さというものを、沖田は傍観しながら気づく。

「そうか、ご苦労だったな。落ち着いたら屯所でまとめて報告してくれ」
「分かりました」

そう言って再び現場に戻っていく彼が、小さく肩を落としたのが見えた。緊張の糸がほぐれたのか、思った以上の激務に疲れを見せているのか。その少し曲がった背中は、何を語っているのかは分からなかった。
彼が去ると、二人はまたぼうっと空を眺めるようになった。澄み渡った水色の空を、薄い雲が風に乗って流れていく。土方が煙草を口元から離すと、小さな雲が流れを遮るようにのぼり、ほどなくして消えた。
そんなことを繰り返しているうちに、煙草はあっという間に短くなる。ぽとりとその場にそれを落とし、ぐりぐりと革のブーツで踏みつけた。

「しかしよ、何でアイツはあんなに似てんだ?」
「アイツ……って、クスのことですかい?」

既に沖田は愛称をつけていたらしい。土方は一瞬言葉を詰まらせながらも、ああと頷いた。

「よく見りゃザキとクスは似てませんがねェ、ぱっと見じゃ俺も分かりやせん。地味な男の性(さが)って奴でさァ」
「……俺だったらそんな性は御免だな」

土方のようにマヨネーズと煙草をこよなく愛する男は早々いないが、彼らのような“地味”を売りにする者ならそこらじゅうに存在する。そこで発生するのが、“キャラ被り”の問題だ。山崎と神田の例も然り、見間違いや存在感の薄れなどが懸念される。もちろんキャラの濃い彼らにとってはどうでもよいことなのだが、地味キャラにとっては死活問題。下手すればそのうちクレジットから名前が消え、“隊士A”とされるかもしれない恐怖から、彼ら二人は日々格闘している――かもしれない。

「土方さん、コーヒーきれたんで買ってきてもらえますか」
「なんで俺なんだよ。ジャンケンな。ジャンケンで負けた方が二人分な」

殺人現場の横で、不謹慎にも二人の声はよく響き渡った。


「世の中物騒になったアルな」
「神楽ちゃん、新聞逆」

神楽は半開きの目と無造作にはねた髪の毛、パジャマという完全に起きたばかりのスタイルで、逆さになった新聞をぼけーっと眺めていた。それでも会話が成立しているのは、同時についているテレビから流れる音声のおかげであろう。
万事屋ではいつものように遅い朝を迎え、坂田銀時と神楽は寝間着姿で志村新八の用意してくれた朝食を口に入れていた。毎朝必ず天気予報をチェックする銀時のためにつけられたテレビからは、最近は毎日のように無差別殺人事件のニュースが流れている。字幕にも新聞にも、“また”という文字が使われない日はない。

「辻斬りねー……厄介なこともあるもんだ」

みそ汁をすすり、一つ息をつく銀時。辻斬りというと、彼らにあまりいい思い出はない。今のところそれに関した依頼は入ってきていないから、なるべく関わらないほうが得策だと彼は構えているところだ。
いや――その依頼どころじゃない。

「そんなのんきに考えてる場合じゃありませんよ! 辻斬りが出始めてから依頼はゼロ、みんな外を歩かなくなっちゃったんですから!」

新八の言う通り、最近は依頼がなく堕落しきった生活が続いていた。外へいこうにも神楽の友達はみな最低限外出を控えているし、銀時も買い物以外は面倒だからと出歩かない。おかげで空腹は幾らかマシになって助かっているが、こんな生活をいつまでも続けるわけにはいかない。
かといって、辻斬り事件に関わるわけにもいかない。今までいろんなことに首を突っ込んで、そのたびに命を落としかけてきた。そろそろ本当に逝ってしまいそうなので、時の流れに身を任せるしかない。

「全く、今日は月曜日なんですよ! 世間はとっくのとうに仕事を始めてます! 依頼はなくても生活リズムはしっかりしないと」
「え、今日月曜日? やべージャンプ買ってこねーと」

途端に半分残っていた白米をかっこみ、銀時は慌ただしく食事を終える。そこまで急ぐ必要はないのだが、展開が気になる漫画があるから早く読みたいのだ。自室に一度引っ込んで、前日無造作に脱ぎ捨てたのであろうしわくちゃの服を身にまとってまた戻る。それでもしっかり天気予報は見て、雨が降らぬことと天使の笑顔をしっかり拝んでおく。腰には忘れないうちに木刀を差して、机の上に放ってあった財布とバイクのキーをひっつかむ。

「銀さん、片付けてくださいよ。銀さん!」
「悪ィな新八、生活リズム整えてくるわ!」
「何も理屈になってません!」

母親のように叱りつける新八の声を背中で受け止めながら、彼は家を飛び出していく。ぴしゃりと扉がしまったあと、少ししてエンジンの音が通り過ぎていくのが聞こえた。

「……よし、いったな。神楽ちゃん、どうする?」
「え? 何が?」
「何がじゃないよ。ほら、明後日の!」

新八の言葉に、神楽は“あること”を思い出す。その拍子にぱっと目が覚めたようで、だらだら食べていたご飯を一気に平らげるまでは三秒もいらなかった。新八は苦笑しながらその様子を見つめ、落ち着いたところでもう一度話を振る。

「神楽ちゃんはもう用意したの? プレゼント」
「当たり前アル! やっぱり手紙が一番ネ、朗読して感動させるアル!」

彼女は押し入れの枕の下から、桃色の便箋を二枚取り出してきた。覚えたばかりでぐちゃぐちゃでも、懸命に書いたのがうかがえるその手紙。こんなの読まれたら泣いちゃうだろうな、などと新八は考えて、喉が熱くなったのを感じた。
一方の彼はというと、ケーキは姉の妙と一緒に買うとして、それとは別に手作りのスイーツを振る舞う予定だった。この日のためにレシピを読み漁り、何度も失敗しながら、銀時が喜んでくれるであろう甘いお菓子だ。明後日くらいは糖尿病予備軍などお構いなしに食べさせてあげたらいい。たまにはハメを外すのも、悪くはないだろう。

「誰呼ぶアルか?」
「姉上に、九兵衛さんに、長谷川さんに……月詠さんやさっちゃんさんも。桂さんはどうなんだろう? とにかく、プランはもう考えてあるんだ」

意気揚々とその完璧な計画を語り、神楽が半分くらい理解したところでよしとした。大雑把に言うと、仕事の名目で彼が銀時を連れ出し、その間に準備を進めるというものだ。彼がいないというのは少々不安もあるが、九兵衛や月詠がいるから大丈夫だろう。暴れられても困るので、今回は酒は禁止と伝えてあるのも大きい。
妙のいるところ近藤ありというもので、真選組も勝手に乗り込んでくる可能性が高い。別に甘いものを振る舞うのは悪くないことだが、マヨネーズまみれにされぬよう注意が必要だ。

「星海坊主さんは来られるの?」
「パピーは無理言ってたネ。だからメッセージだけでも送ってほしいって」
「そっか、忙しいもんね」

食器を片づけながら、着々と計画を練っていく二人。といっても、ほとんど新八の提案に神楽が頷くばかりになっている。どうせ構成してもそのうち崩れるだろうから、あまり進行等は考えていない。ただ適当なタイミングで、プレゼントを渡すくらいか。
考えるうちに興奮してきたようだ。神楽はケーキの大きさを両手いっぱい広げて所望し、クラッカーを鳴らす真似事をする。新八は密かに用意していた横断幕や飾り付けの品を確認しに行き、彼女に隠し場所を伝えておいた。彼だけでなく、彼女や、先程名前が挙がった者たちでコツコツ作ったものだ。中には歪な折り紙もあったが、十分綺麗な飾りだ。

「楽しみだなあ……銀さん忘れちゃってるんじゃないかな?」
「きっとバレンタインデーくらいしか興味ないヨ」

壁に掛けられたカレンダーの“10”のところには、普段と変わらず食事当番が記されているだけだった。


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