第参訓 上には上が、下には下がいる@


一番隊隊長沖田総悟が、お前らに勝負の最大の楽しみ方を教えてやらァ。

まずはわざと苦しそうにしてやるんだ。思う存分相手を踊らせろ。
すると大抵の相手は、俺の肩書もあってか調子に乗ってくる。そん時は自分が崖っぷちに立ってると思え。

さあ、奴は勝利を確信する。そんな気の高ぶった状態で崖から蹴落としたら……どんな反応をするんだろうなァ?

Sは打たれ弱いだって? そりゃあんた勘違いだ。
なぜなら俺は最初から――。

(沖田総悟)


夜、近藤は治療を終えた山崎の看病にあたっていた。あれから彼は気が抜けたように意識を失い、それから目は覚めていない。土方の言う通り、左手首と肋骨の骨折に、右手は踏まれたせいでヒビが入っていた。内臓にもダメージがあるらしい。酷い怪我だった。

「近藤さん、まだ起きてたのか。明日も九時からなんだ、早く寝た方がいい」

突然土方と沖田が部屋に入ってきた。近藤は大丈夫だと言うが、反対に重い瞼は徐々に下がりつつある。
二人は山崎を挟むようにして、近藤の正面に腰を下ろした。虫の鳴く声だけが風に乗って聞こえてくる中で、沖田がやがて口を開く。

「俺達には後がねェ。何としてでも勝たねェといけやせんぜ」
「ああ。山崎が戦った奴が四人の中で最強なら、俺達に勝ち目はあるだろう」

そう二人が相談するのを聞いていた近藤が、ふと、「無理をするな」と口を挟んだ。

「こんな勝負のためにお前らに死なれたら困る。真選組の肩書とお前らの命を秤にかけることはできんよ」

彼の切実な願いだった。山崎がこんな目に遭った以上、土方と沖田にも同じ道を歩んではほしくなかった。高みの見物をしているだけに、その思いはいつにもまして強くある。沖田も山崎に死ぬなと声をかけていたから、それだけは分かっているだろうと思っていた。だがそんな彼の予想に反し、二人はふっと笑みを漏らした。

「悪いがそうはいかねェ。俺達は真選組に命かけてんだ、妥協なんてしねーよ」
「そうでさァ。それに、ザキは本当に死にそうだったから死ぬなって言ったんでィ。……近藤さん、俺があんな奴らに負けて死ぬとでも思ってるんですかィ?」
「俺“ら”がな……」

近藤は、二人の言葉にはっとなった。

――そうだ、部下のことも信じてやれないで何ができる。ザキが負けていた時に出てきたあの笑い、あの気持ちを思い出せ。

「……いいや?」

そう言った彼の顔がほころんでいたのを見て、土方と沖田は安心する。

「……さて。俺ァもう寝まさァ」
「おう、しっかり寝とけよ」

土方と近藤を残し、沖田は一人部屋へ戻る。


屯所からそう距離を置かない洋風のホテルに、四人は寝泊りをしていた。杉原のみ別室になっているが、基本的には彼女も浅間たちの部屋で時間を潰している。今日は浦松の怪我の手当てに追われていた。
彼の怪我も、彼が痛がる素振りを見せないだけで結構なものだった。打撲、擦り傷、捻挫……いずれにせよ、彼が与えた傷よりはずいぶんと浅かったが。

「あのジミー君、意外と強かったわね。雄大にここまで反撃するなんて、びっくりしちゃった」
「うるさいっすよ局さん。勝ったからいいじゃないですか」
「それもそうね。まあ次は吾平だし……私の出る幕はなさそうかしら」

杉原はそう言って、部屋の隅で骨付き肉を豪快に食らう鬼束に目を向ける。

「分かりませんよ。沖田さんは真選組随一の剣の使い手のようですからね」
「えー嫌よ。私戦うと手が荒れちゃうの」

彼女は皮がむけてボロボロになってしまった自分の手を眺めた。毎日ハンドクリームを塗っているのだが、やはり武器の都合上すぐに手は荒れてしまう。手袋をすると調子がよくないため仕方なく素手でいるのだが、細く綺麗な指をしているのになんだかもったいない。

「吾平、殺さない程度に頼みますよ。今日の相手方は酷かったですからね……」

鬼束は浅間の忠告など聞かず、ただひたすら肉にかじりついていた。その姿はさながら、腹を空かした肉食動物のようだ。


翌朝九時少し前、今日も多くの隊士たちが見守る中で、対峙しているのは沖田と鬼束のみだった。縁側には近藤と、浅間をはじめとする革命組が座っている。土方は山崎の様子を見に行ったあと、少し遅れて登場した。

「それでは、そろそろ時間ですね。始めましょう」

浅間が声をかけた途端、まずはゆっくりとタイミングをうかがおうとしていた沖田に鬼束がばっと襲い掛かった。笑うとのぞく八重歯に瞳孔の開いた眼は、まさに獣を思わせた。だが沖田はそんな程度で怯むわけもなく、いつものように表情一つ変えず木刀でその攻撃を防いだ。だがその攻撃を受け止めて初めて、彼はぴくりと眉を動かす。

強い。何て力だ。

一旦距離を取ってみても、鬼束は休みなく飛び掛かってきた。その刀の振るい方は、筋の一本もない滅茶苦茶なものだった。だがだからこそ、沖田はそれを読み切ることができず、守りに徹しるのが精一杯な状況に置かれる。

「総悟がおされてる……一体なんだありゃあ……」

近藤がぼそりと呟くと、浅間がくすくすと小さく笑った。

「吾平はね、獣なんです。有り余る体力と本能のままに動くために、あんな剣術とは呼べない代物ですが、なんてったって強いんですよ」

そう言われて改めて鬼束を見てみると、確かに獣というにはピッタリな男だった。桃色のゴムでその茶色い前髪を上げて、まるでライオンのように刺々しい髪。鋭く見開いた眼に八重歯。尖ってぎらぎら光る爪を突き立てれば、どんな動物も一発で仕留められそうな勢いだ。彼が木刀を持っていること以外にはもはや、人間と呼べる証拠はない。

彼はぐるぐると喉を鳴らし、沖田を威嚇した。

「なんでィ……化け物じゃねえか」

驚いた口調を聞くが、その表情は涼しいままだ。すぐに一つ反撃の手を加えてみると、あろうことか鬼束はその木刀を左手でがっしり掴んでしまった。投げ飛ばされかけた沖田は彼の体を蹴り、力が緩んだところで飛び退く。

「……ところで昨日の彼……ジミー君の姿が見当たりませんね」

戦いを見つめていた浅間がふとそう近藤に尋ねた。彼は最近の様子を見ていないから、土方に顔を向ける。

「あいつはまだ意識が戻ってねェ」
「そうですか。うちの雄大がすみませんね」

言われた浦松はと言うと、リ○レウス狩りに夢中になっている。

「今回もそのようなことにならなければいいのですが……」
「そちらが、ね」

浅間の心配するような皮肉の声に、近藤はまたふっと笑ってそう言った。彼が沖田に置く信頼は絶大なもので、幼い頃から幾度となく戦を越えてきた彼ならば、獣にだって勝てると信じていたからだ。それにあの顔――防戦であると見せかけて、彼は決定的な隙を狙っている。内心では驚きつつも、余裕の笑みさえ浮かべているだろう。

――どう料理してやろうか。

現に沖田はその笑いを堪えきられず、わずかに口元をほころばせていた。

「いひひひ、ひひ、ひひひっ」

だが鬼束はひるむ様子もなく、狂ったような笑い声を洩らした。これにはさすがの沖田も怪訝な顔をせざるを得ない。

「ライオンはジャングルにでも帰りな」
「きひひひ、うるさい」
「喋れんのかよ」

よく今まで生きてこられたものだと感心しつつ、迫ってきた鬼束の攻撃を木刀で受け止める。手にじんとした痛みが伝わってきたが、気にせずすぐに打ち合いに入った。沖田の攻撃は何度か鬼束の動きをとらえたものの、深刻なダメージには至っていないらしい。
打ち合いの最中、鬼束がぐっと力を込めたのが分かった。滅茶苦茶な打ち方とは言っても、大方どこへ攻撃してくるかは一瞬ながらもとらえることができる。沖田はそれを予測し、わずかなタイミングでその攻撃をかわした――つもりだった。

フェイク。気づいたときには、側頭部に強い衝撃が走っていた。
なすすべもなくそのまま地面を滑り、ボーリングのように木に激突する。危うく意識を持ってかれるところだったが、幸いそうはならずにすんだ。だが、めまいと吐き気がひどい。それを堪えて立ち上がるのに、どれだけの体力と気力が必要だったことか。

「総悟! 大丈夫か!?」
「えぇ、大丈夫ですぜ近藤さん。さっさと俺の自慢してくだせェ、全部喜んで聞いてあげまさァ」

声をかけてきた近藤にそういうと、彼はすっかり自慢など忘れていた様子だった。浅間もどうやら鬼束の自慢どころがうまく掴めていないらしく、今日は消極的である。

「そうですね……吾平は……まあ……肉が大好きですね。あとあごの力が凄くて、初めて会ったときは肩に噛みつかれてひどい怪我を負わされたものです」

ほとんど被害報告になる彼の自慢に対し、近藤は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「うちの総悟は真選組で一番強いんだ。あいつとは真選組結成前からの付き合いがあってね。そりゃあドSでずるがしこいところはあるが、なんやかんやで俺やトシを慕ってくれるいい奴だ。それと、もう亡くなったが……お姉さんのことも大事にしていたよ」

沖田の自慢なら、腐るほどある。明日の朝まで長々と話したって、終わらないくらいに。


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