第弐訓 地味も過ぎると目立つ@


空気。何となくそこにいて、いつの間にか消えている。いた方がいい時もあるが、別にいなくても困らない存在。それが俺達地味キャラと呼ばれる人種である。
平凡で、運動も勉強もそう悪くはないんだろうけど、それより煌びやかな人達には埋もれてしまう。かといって何かを行動を起こすわけでもなく、だからいじめっ子の目も留まらない。

――まあ、それは学校だったらの話で。実際俺は、たくさんのいじめっ子に囲まれているわけである。

(山崎退)


朝の八時半には、浅間たち四人は屯所に訪れていた。昨晩のうちに幾人かの隊士たちで急いで作り上げた仮止めの門をくぐり、彼らは視線を集めながら庭へと向かう。もちろんまだ誰一人としてそこにはいなかったので、四人は縁側に座ってくつろいでいた。浦松は早速P○Pを取り出して、勝負前にもかかわらずモンキーハンターをプレイし始める。
そんな全く緊張感のない彼らとは裏腹に、山崎は胃がキリキリ痛むほど緊張していた。昨日はぶつくさ文句を垂れていたが、いざ時間が迫ってくると気が高ぶってきてしまう。

(うわァ、もう来てるよあいつら……)

陰でこっそり彼らの様子をうかがったあと、彼は大きなため息をつく。
そりゃあそうだ、あいつらには失うものは何もない。もともと理不尽な勝負だったんだ。

「あれ、どうしたんでィザキ」
「沖田さん……いえ、別に」
「なんでィ、緊張してんのか?」
「ええ……まあ」

彼は正直にそう言った。

「なァに心配するこたァねェ。お前の後ろにゃ俺と土方さんがいるんでィ」

気楽にやれよと、沖田はすれ違いざまに山崎の肩にぽんと手を置いた。その顔は珍しくほころんでいて、彼の緊張も幾らかほぐれる。バックに彼らがついてくれているのは確かに心強いが、だからと言って負ける気ではいられない。頑張ろうと一人でガッツポーズを決めてから、廊下を歩きだした。

「オォイてめェらよく覚えときな! 言っとくがウチのザキはハンパなく強ェからな! てめェらなんか一瞬で木端微塵にしてやるからな、覚悟しとけよ!」
「沖田さァァァァァァァん!?」

急ブレーキで急発進、摩擦のせいで廊下が物凄い音をたてた。あそこで終わっていればいい話だったものを、沖田はお約束の如くぶち壊す。彼はまるで弱い不良集団の下っ端的な言葉を放ち、これからの戦いのハードルをぐんと上げてしまった。山崎は暴走を続ける彼を羽交い絞めにし、廊下の死角まで引きずっていく。
残された四人は呆然とその様子を見ていたが、冗談がきかない奴らなのか、馬鹿にするような笑いすら聞こえてこなかった。

「ちょっと沖田さん何してくれてるんですか! ハードル滅茶苦茶上がっちゃったじゃないですかァァ!!」
「えぇ、だって脅しって重要じゃん?」
「重要じゃん? じゃないんですよォ! どうしてくれるんですか、あっち冷めた目でこっち見てますよ! あぁーもう知らねー俺知らねーっ! さっさと就職先探してやめてやるこんなところォ……」

誰かさんよりは投げやりなツッコミをしたあとに、彼は先程より深いため息をついた。厠行ってきますと、彼は項垂れながらその場を去る。
その頃朝ながらも攘夷志士が出たみたいで、隊士たちが忙しそうに門から出ていくのが見えた。こりゃあ見物人も少なそうだ、いやいなくていいんだけれど。


九時ちょうどを時計の針がさした。屯所の広々とした庭には、近藤を筆頭とする真選組四人と、浅間を筆頭とする革命組四人が対峙している。周りでは多くの隊士たちが、その様子を見守っていた。

「場所は屯所内ならどこでも可にしましょうか。ああ、修理費は幕府から出ていますのでね。どれだけ荒らしても構いません」
「いや、そんなに荒らされても困る。程々にしてくれ」

浅間の言葉に、土方は煙草に火をつけながら答える。

「それじゃあ、どちらか一方が戦闘不能になったら終了とします。ああ、くれぐれも殺してはいけません、あくまで戦闘不能です。いいですね? それでは、勝負開――」

言い終える前に、何かが物凄い勢いで野次馬の横をかすめて飛んで行った。庭に生えていた木にそれがぶつかり、砂埃が舞い上がった。
近藤はすぐ右へ目をやった。そこにいたのは、嫌そうに項垂れていた山崎ではなく……ふわふわとわたあめのような髪を揺らした浦松だった。彼は前に伸ばしていた足をひっこめながら地面へ降り立ち、表情一つ変えずに言い放つ。

「あれ……一瞬で木端微塵にされちゃいましたね」
「ザキィィィィ!?」

近藤の驚きの悲鳴が上がる。木の下で項垂れているのは、間違いなく山崎だ。あまりの衝撃に木が少し曲がっていて、まだ緑の葉が何枚もひらひら舞っていた。その一瞬の出来事に、隊士たちはざわめきどころか言葉すら失っている。

「全く……雄大は乱暴だからいけません。さあ、みなさんも危ないからどいてください」

浅間は至って平気そうにそう言うと、対峙していた五人を縁側の方へ誘導した。近藤も土方も、沖田に引っ張られなければ山崎を助けに行くところだった。だがそれは許さないと杉原がいうものだから、大人しく見物するほかなかった。

「う……ゲホッ」

近藤たちが心配そうに見つめる中、山崎は吐血しながらも何とか立ち上がった。普段土方に相当ボコボコにされているおかげだろう、打たれ強さなら真選組一番かもしれない。哀れなトップである。

(つ、強すぎるでしょ……なんなんだよアイツ……!)
「あれ、まだ倒れてなかったんだ。地味に強いね。ジミー君って呼べばいいかな?」
「なんでそのあだ名知ってんだよ……やっぱお前旦那だろ……」

まさかのジミー呼ばわりに、かすれた声でツッコんだ。最近土方がボケキャラに回りつつあるから、彼は少しずつツッコミキャラとしての地位も確立しはじめている。自然と思ったことは口に出た。
彼が木の傍で呼吸を整えていると、突然浦松がまた飛び掛かってきた。間一髪でそれをかわし、山崎はすぐに彼に蹴りの反撃を加えると、再び距離を置いた。

(あの跳躍力……まるで夜兎じゃないか!)

その後も浦松はとんでもないスピードで山崎に襲い掛かる。それを何とかかわし続ける彼だったが、やはりそれにも限界はあった。
迫ってくる足。避けきれないと、彼は咄嗟に腕で身を守った。だがそれでも、物凄い勢いで体は吹っ飛ばされる。今度は背中から地面に落ちて、それから少し滑ったせいで服がもうボロボロになっていた。

「くそっ……!」

地面に唾を吐き捨て、興味のなさそうな顔で立っている浦松へ向かって駆け出した。


「何だあいつ……山崎が手も足も出せてねえ……」
「ふふ、それでは近藤さん、部下自慢勝負と行きましょう」

土方が絶句しているその横で、浅間は近藤に勝負をけしかけた。だが彼はその戦いを唖然と見つめるばかりで、もはや部下自慢どころではない。そんな彼の反応など求めないまま、浅間は浦松のことを嬉しそうに語りだした。

「彼は浦松雄大と言いましてね、四人の中じゃずば抜けて戦闘能力が高いんです。よく夜兎族と間違えられますが、彼は立派な人間です。生まれながらにして培った能力を、徹底的に磨き上げられたらしくてね。おかげで感情は表に出さなくなってしまいましたが。……そちらの方は?」

話を振られ、はっと我に返る近藤。浅間の言葉通り浦松はとんでもない力で山崎を圧倒し、下手したらこのまま命も落としかねない状況にある。こんな時に部下自慢なんてしていられるのか――迷った。土方も困ったような目で彼を見つめる。ただ沖田は、目を少し細めながらその戦いに見入っていた。
少し間を置いて、近藤は突然笑い出した。それには誰もが驚き、一瞬彼の方へ視線を向ける。

「ザキはねェ、確かに戦闘能力じゃあんたらには勝てんよ。だが、あいつは地味なりに、地味に粘り強く生きてるんでね。その地味魂は、どうかな……?」
「ほう……彼はどんなお仕事を?」
「真選組の誇る、優秀な監察さ」

浅間は明らかに動揺を見せていた。ここまで仲間がやられているのに、頭でも打ったか?

「……さてさて、その地味魂とやらが、どこまで燃えますかね。楽しみです」

見つめる先では、依然激しい戦いが繰り広げられていた。


山崎はもう、何も考えずにひたすら攻撃をかわしていた。若干の反撃のチャンスすらもとらえられないほど、彼の体は疲れ切っている。
ふと足がもつれ、彼は無言でその場に尻餅をついた。すぐに足を動かそうとしても、全くいうことをきいてくれない。そんな大胆な隙を浦松が見逃すはずもなく、彼は飛びあがって山崎の首に掴みかかった。そのまま張り倒し、力を込める。

「……っく……あぁ……!」
「あー、折れちゃうかなー。大丈夫だといいなー」

冷めた目で見下ろす彼の顔が、一瞬だけちらりと見えた。見た瞬間、とても腹が立った。このままこいつにボコボコにされて終わりでいいのか? 噛ませ犬のジミー君で、見せ所なしでそれで――。

嫌だね。

ぴくりと彼の足が動く。浦松はまだ、気づいていない。

こんな奴に一方的にやられるなんて、地味な終わり方。これじゃあまるでモブキャラ並の扱いじゃないか。
俺はこれでも真選組の準レギュラーはってる男だぞ。

にやりと彼の口元に、笑みが浮かぶ。

山崎退、
こんなところで退るわけにゃ、

いかねェのさァ!!


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