第壱訓 誰もが転校当初は人気者A


一瞬静まり返ったかと思うと、隊士たちは一斉に驚きの声を上げた。そして口々に、「近藤さんを辞めさせるだって!? ふざけるな!」とか、「近藤さんがいなけりゃ真選組は終わりだ!」などと不満を洩らしている。流石に幕府からの命令でも、これまでたくさんの恩を受けた近藤を手放したくはないようだ。

「……あれ、俺は?」
「死ねー副長ー」
「オイ誰だ死ねっつったの! 総悟か! 総悟だろ!」

みんな声に出さないだけで、きっと俺のことも心配しているだろう――土方は自分で自分を慰めると、その四人へ向きなおる。

「嫌なら私たちに勝てばいいだけの話。もちろん今からやり合おうなんてこれっぽっちも思っちゃいません。その怪我にこの大惨事ですからね。今から私たちが、ルールを説明します。よく聞いていてください」

浅間が少し声の音量を上げると、あれほど怒鳴り散らしていた隊士たちの声がぴたりと止んだ。仏のようなすべてを包み込むような温かさを持ち合わせていながら、あれほど気性の激しい敵を大人しくさせる……奴は何者だ? 近藤も土方も、そして沖田も、その緊張感に生唾を飲む。

「まずは人数について。こちらはこの四人、そちらからは局長と副長を含めた選抜を四人出していただきます。勝負は明日からの三日間、それぞれ一日ずつ一対一の本気の対決です」
「……ん? 一日足りねえんじゃねえのか? 一日ずつ一対一なら、四日は必要だろう」

土方がそう指摘すると、浅間は「心配ありません」と依然涼しい顔で言う。

「局長同士は三日間、特別ルールでの対決を行いますから」
「特別ルールだって!? そりゃ一体……」
「ええ……部下自慢対決です」

はい? ――その場の空気が凍りつく。だが浅間は頬を赤らめるわけでも、その場の空気を変に思うこともない。むしろ開き直るかのように両手を広げ、満面の笑みを浮かべて言うのだ。

「私は平和主義ですから」

と。

「はァァ!? じゃあなんで勝負とか言い出してんだよ! 大体平和主義者に真選組が務まるかよ!」

土方のツッコミが火を噴く。近藤も浅間の言動に戸惑いを隠せないようで、引きつった笑みを浮かべていた。

「まあまあ落ち着いてください。質問は後で受け付けますから、先に説明だけしますよ」

このグダグダした寸劇に飽きてきたのか、浅間の後ろで待機する三人は各々座り込まない程度にくつろぎだしていた。杉原はポケットから携帯を取り出し、鬼束はまるで獣のように掌を舐め、浦松は風船ガムを膨らませている。その気怠そうな目は沖田を思わせた。

「まず一日目、隊士その一の対決です。この日は刀を使わず、己の拳のみを武器とします。そして二日目は隊士その二、こちらは木刀同士ですね。三日目は副長対決で、武器は真剣以外なんでもあり。この三本で二本を取った方の勝ちです」

そう言いながら彼は、指を三つ立てたり一つ折ったり、分かりやすく示す。分かりましたかと問いかけてくる彼の言葉を遮って、土方は力いっぱいシャウトした。

「分かりましたかじゃねーんだよ!! 局長関係ねェだろうがァァァ!!」
「ですが局長が傍でその勝負を見物し声をかけることで、隊士の士気も上がると思いませんか? まあ、ぶっちゃけ戦いたくないんですよ私は」
「おーい本音でてるよ本音。もう隠そうともしてないよー」

隊士たちの最前線で激しくツッコミを入れる土方の後ろから、「しかし……」と近藤が前に出てくる。

「決闘をしているのに高みの見物というのは、どういうものだろうか……俺達も戦うべきではないか?」
「ではお聞きしますが近藤さん、貴方その怪我で十分に戦えると?」

近藤は言葉を詰まらせた。改めて自分の体を見てみると、確かにひどい有り様だった。こんな手では刀は握ることはできないし、右目のコブのせいで視界も遮られている。例えこれで挑んだとして、負けるのは目に見えているだろう。彼はそれ以上何も言うことはできなかった。

「……では今から、戦う四人を決めてください。こちらは既に相談済みなので、対決する日も決めていただいて構いませんよ」
「……ったく。で、えーっと? 局長は近藤さんで副長は俺って決まってるから……おい総悟、お前も出ろ」

土方は迷わず沖田を指名した。彼もそれを分かっていたのか、素直に返事をし一歩前に出る。四人と言われた時点で、例え肩書きの指定はなくともこの三人が選ばれることは決まっていたようなものだ。今まで大事な局面で真選組を引っ張ってきたのは彼らだし、剣の腕も隊士たちとは比べ物にならぬほどずば抜けている。
問題は残りの一人だった。それに関しては近藤と沖田を集め、土方は三人で相談することにする。

「一日目は剣術が使えねェから、総悟は自動的に二日目だ。どうする、あと一人」
「適当に隊長でもなんでも出せばいいんじゃないですかィ。俺と土方さんで勝てば結果的に勝利でさァ」
「だが、万が一を考えたときに適当だと心配だな……やはりここは総悟の言う通り、永倉か斉藤か……」

真剣に輪になって相談する彼らを、隊士たちは緊張の面持ちで見つめる。誰が選ばれるかわからない、もしかしたら自分かもしれない。特に隊長格の人間は、今にも名前を呼ばれるのではないかと感じていた。
が、その緊張感が不意に緩む、とある事件が起きる。

「あの、すいません。ちょっと通れないんで、そこどいてもらえますか?」

門のところで一列に並ぶ四人に、何かが大量に入った袋を持った一人の隊士がそう話しかける。

「副長〜、マヨネーズ買ってきま……」

堂々と袋からマヨネーズを取り出し、それを高々と掲げながら隊士は歩いてくる。だがその異様な雰囲気に今更気づいたのか、その姿勢のままぴたりと動きを止めた。

「え、なにこれ、どういう状況……?」
「山崎!!」

山崎退。彼は真選組の監察という役割を担っており、その地味さゆえ潜入捜査などで活躍し、どうやら成績は優秀らしい。だがそれと兼ねて土方の専属パシリでもあり、よく泣きながらマヨネーズを買いに行かされる姿を隊士に目撃されている。またいついかなる時もミントンのラケットを振るという嗜みがあり、土方に見つかってはボコボコに殴られるというのはもはや隊士たちの間では常識になっていた。
今日も彼はマヨネーズを買いに行っていたため、一人だけ状況を把握せずにいたのだ。それも既に爆発時の煙は消えていたので、傍から見れば隊士が道を塞いでいるようにしか見えなかった。最悪の状況が重なり、彼は一人ぽつんと目立つ位置にいた。

「え? え? なにこれ?」

視線が集まるのに慣れていないのか、彼は大量のマヨネーズを抱え込んだままその場に立ち尽くしていた。

「山崎馬鹿お前! どこいってやがった!」
「どこも何も、副長がマヨネーズ買って来いって言ったんじゃないですか! 俺今日せっかく非番だったのに……」

愚痴をこぼす彼の後ろへ視線を向けてみると、浅間がぽかんとした顔でその光景を見つめている。

「ザキ、とりあえずこっち来い。今説明してやるから」
「あ、はい……っ!?」

歩き出そうとした彼の足が止まった。首筋に何か冷たいものが触れている。恐る恐る視線だけを動かすと、刀が自分の首にあてられていることを知る。それもご丁寧に、よく切れる刃の部分をこちらに向けて。少しでも動かしたら間違いなくあの世行きだ。唾液を飲み込むことさえも恐ろしく感じられる。

「雄大」

浅間がその名を呼んだ。雄大――浦松の右手は刀に、左手は山崎の髪をがっしりと掴んでいる。その若々しいながらも死んだ魚のような目と、くせ毛でふわふわしたその白髪は、まるで坂田銀時と沖田を足して二で割ったような男だった。白髪というよりは、ほんの少しだけ緑がかった、薄いエメラルドグリーンをしている。

「俺この子がいい。ねえ、浅間さん」
「えェェェェェ!?」

まさかの逆指名に、土方は驚きの声をあげるしかない。こりゃあ明日喉が潰れて声が出ないんじゃないか。

「あのォすいません、俺そういう趣味はないんですけど……」

何を勘違いしているのか、引きつった笑みで山崎は答える。

「では、一日目はパシリの彼と雄大でよろしいですね?」
「よくねーんだよ! つーかなんでパシリ!?」

土方はそうツッコんだあと、人質のようになっている山崎を背にし、近藤たちと再び相談を始めた。だが先程から様々な名前を出しているが、一向に四人目は決まっていない。もう山崎でいいんじゃないかというムードが彼らの中に流れていた。

「ザキでも構わねェでしょう。前にもこの四人で旦那方と対決しやしたし」
「ああ、そうだな。肉弾戦ならザキはまあまあ強い。逆指名もされているし、奴でいいだろう」
「……適当だな」

土方はそう呟くと、またくるりと振り返る。

「そういうことだァー、山崎お前、明日そいつと殴り合いだからなー」
「えェェェェ!? ちょっと待ってください、そんないきなり無茶な……」
「了解しました。それでは明日の朝九時、試合開始とさせていただきます。場所は屯所の庭で」

それではと浅間が別れを告げ、後ろへ振り返って歩き出す。傍にいた二人もそれに続き、少し遅れて浦松も山崎を放し、四人は揃って屯所から去っていった。


「真選組をかけた勝負ゥゥゥゥ!?」

夜、四人は近藤の部屋に集まり食事をしていた。その時に初めて事情が山崎に伝えられ、今しがた大胆に驚いたところだ。土方は突然のことに文句をこぼしながら、マヨネーズを出された食事全てに大量に添えていく。マヨネーズを絞り出す不快な音が部屋に響き渡った。

「それっ、俺なんかが出ていいんですか? そもそも明日って……」
「決まったモンはしょうがねえだろ。幕府からの命令も出てんだ、やるしかねェ」

土方は“土方スペシャル”をかっ込みながらそう言った。

「そうだザキ、あのキャラ被り野郎をボコボコにしろィ」
「き、キャラ被り?」

山崎はあまり浦松の顔をよく見ていないから、どこがどう被っているのかを知らない。聞けば、沖田と銀時を……以下略らしい。風船ガムというポイントも、無表情なところも、そして死んだ魚の目と髪の色も。

「……それで、もし負けたらどうなるんです?」

彼はそれをまだ聞いていなかった。三人が時系列を追わずに要点だけかいつまんで説明するものだから、その大事な部分をすっかり忘れていたらしい。

「クビになる。ここにいる俺達四人」

沖田が一足先に食べ終えて、箸を置きながら答える。山崎は昼間の土方のように、シャウトを繰り返していた。夜の物静かな屯所内に、それはよく響き渡る。

「クビになるだって!? よくそんなとんでもないことに巻き込んでくれましたね!」
「まあ、お前があそこで現れなかったら、俺達も忘れていたかもしれないが……」
「……いいんだか悪いんだか……」

近藤も続けざまに箸を置き、湯呑にわずかに残っていたお茶を飲み干した。とにかく、やるしかない。彼は湯呑を割らんばかりの勢いで台に叩きつけ、強くそう言う。おかげで湯呑に少しヒビが入ってしまった。

「大丈夫、あんな転校早々調子乗ってるような奴はクラスのヤンキーにシメられるのがオチだ。頑張れよヤンキー!」
「近藤さん、あんたまだそのネタ引きずってたのか……そもそもヤンキーじゃねえし」

口の周りについたマヨネーズを拭き取る土方。最後に慌てて食事を終えた山崎が、四人の分の食器を片づけ始める。

「はあ……とにかく明日の九時からですね。分かりました」

そう言って彼は食器を抱え込み、部屋から出ていく。

あんな奴らにあっさり負けてクビになってたまるか。彼は沸々と闘志を燃やしながら、廊下を歩いた。


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