第壱訓 誰もが転校当初は人気者@


あの騒ぎから二日、真選組屯所はいつもと変わらぬ雰囲気に包まれていた。道場からは激しい打ち合いの音が響いてくるのに対し、離れてみれば縁側で談笑する者もいる。だがそんな平穏な雰囲気とはかけ離れた、まるで負け戦から命からがら逃げのびてきたような傷だらけの男が、ある一室にいた。一つだけその状況と違う部分を上げるとするのならば、その男が平気そうに笑っているというところか。隣で彼の手当てをしている男は呆れながら、彼の話をため息交じりに聞いていた。

「ぶわっはははは! 全く、お妙さんの愛は強いな! わははははは!」
「近藤さん、強がらなくていい。涙出てるぞ、涙」

そうボロボロの恰好で馬鹿笑いする男の名は、近藤勲。これでも泣く子も黙る真選組の局長を務めている。その情に厚い人柄からか隊士たちはみな彼を慕っているが、同時に誰もが彼のある一面に呆れ返っていた。彼は局長という肩書きを持ちながら、愛する女性へストーカー行為を働いていることで有名である。最も、その女性は男顔負けの強さを持っていて、彼は毎回毎回彼女にボコボコにされ帰ってくるのだが。しかし、彼の中に諦めるという文字はない。早く書き込んでくれと、誰もが切実に願っている。
そしてそんな彼の手当てをしているのは、こちらも真選組でナンバー2、副長のポストにある土方十四郎だった。彼は人情派の近藤に対し、主に規律に関して厳しく執り行っている。彼は大体四十五条からなる局中法度を作り、一つでも犯したら即切腹というルールを定めた。鬼の副長とまで称されてはいるが、時折優しそうな一面を見せるときもある。
彼は近藤のために絆創膏を何枚も用意しながら、ふと別の話を切り出した。

「そういや近藤さん、例の話はどうなったんだ?」
「例の話?」
「あれだよ、新入りが来るっていう奴。四人だっけ?」

あれはつい先日、朝の訓練後の会議の時だった。前々から話は浮上していたのだが、その日正式に、近藤の口から四人の隊士が新たに入ってくることが告げられた。とは言っても、その正体はベールに包まれているという。何でも幕府から直々に送られてくる奴ららしく、警視庁長官の松平片栗虎からは適当にそのことだけをかいつまんで説明され、さっさと去ってしまったとのことだ。どうせまた仕事よりキャバクラを優先させていくのだろう、近藤さえも呆れるほどの男だった。

「ありゃ本当の話なのか? どうせとっつぁんのホラ話じゃねえのかよ」
「さあな。まあ隊士が増えたところで真選組が何か変わるわけでもない、気にすることはないだろう」

本人はきっと決めた台詞を吐いたつもりなのだろうが、彼の顔には大小様々な絆創膏が何枚も貼られているし、左手には包帯がグルグル巻きになって、更に言えば彼の右目の上に大きなコブができていて、とてもじゃないが恰好ついたことを言えるような姿ではなかった。

「ったく、程々にしてくれよ。死なれたら困るからな」

土方はそう言って、横に置いていた刀を手に取り立ち上がる。

「俺はそろそろ行くぜ。安静にしてなよ、近藤さ――」

振り向きざまの彼の言葉は、突然の轟音と地響きによってかき消された。彼の瞳孔開きっぱなしの目も鋭く光り、反射的に足が動く。遅れて近藤も彼のあとに続き、途中で騒ぎに気づいた隊士たちとも合流し、すぐさま現場へ駆けつける。足が止まったのは、屯所の門のところだった。既に幾人かの隊士が、少し距離を置いてその様子を見つめている。足元には門の破片が散らばっているから、恐らくこの門が爆破されたのだろう。

「総悟! こりゃ一体どういうことだ!?」
「土方さん、近藤さん」

土方は目の前にいた、見慣れた栗色の髪の青年に声をかけた。彼は沖田総悟。一番隊隊長という立場ながら、剣術は真選組で頭一つ抜けているほどの人物である。だが同時にとんでもないサディストであり、その苛めの矛先は上司だろうが部下だろうが無差別に向けられる。特に土方は彼の最大の被害者で、何度死にかけ、何度あの涼しい顔を見たことか。

「よく分かりやせん。煙のせいで、何が何だか」

もくもくと上がる煙は、門の向こうの景色を一切消していた。過激派の攘夷志士かもしれないと、土方はその場にいる隊士たちに刀を抜くよう声を張る。だがその煙が晴れるに従い、少しずつ相手の姿が見えてきた。
等間隔に並ぶ四つの陰。一つはまるで沖田のようにバズーカを肩に乗せているから、間違いなくそいつらの仕業だった。

「誰だてめェらはァァ!!」

土方が切っ先を向けながら、だんだんこちらに近づいてくるその陰へ向かって叫んだ。だがその四人はもったいぶるように、煙が晴れるまで口を開こうとはしない。だがだんだんとあらわになってきたその姿に、誰もが目を見開き驚くこととなった。

「初めまして、こんにちは」

見慣れた真選組の、なんと四人全員が隊長服をまとっている。どれもこれも江戸にはにつかわぬ派手な容姿をしていて、よく見ればひとり女が混じっていた。
その真ん中右側に立つ、薄い水色の髪を後ろに束ねた、高身長の男が一歩前に出る。

「今日から一緒に働かせていただきます、浅間巳之(あさまみのり)と申します」

丁寧に彼は頭を下げるが、彼らは登場シーンにテロリストと同じような行動をとっている。もちろん挨拶だけで済むわけもなく、土方が代表で怒鳴りにいった。

「ふっざけんな! なんで入隊初日で爆発なんかさせてんだ、今すぐ切腹させんぞ!!」
「あら、真選組の皆様は爆発がお好きなのではなかったのですか?」
「誰が好き好んで屯所爆破させっか!! んなもん一人ぐれェしかやんねェよ!!」

怒鳴るというよりはほぼツッコミに等しかったが、彼の息はそれだけで荒くなる。対してその浅間とかいう男は、優しく穏やかそうな柔らかい表情を一切変えずにいた。簡単に受け流されているようで、もちろん土方の納得はいかない。

「ったく、いいか? 今日は見逃してやるが、これからはそんな派手な真似はすんじゃねえぞ。局中法度もしっかり頭の中に叩き込んどけ」

苛立ちに眉はぴくぴく動くばかりだが、彼は最低限それを告げると四人に背を向け歩き出した。するとそれまで呆然としていた近藤が、とりあえず歓迎会を開こうと言う。他の隊士たちもあまり四人にいい印象を持たないまま、渋々中へ引っ込みだす。だが浅間は、そんな彼らを引きとめた。

「私たちは貴方たちの、そのアンバランスな真選組に入隊してきたのではありません」
「はあ?」

土方が素っ頓狂な声を出す。

「私たちは真選組を革命しに来ました。貴方たちのその不良のような考え方には甚だうんざりしていたところです。これを機に、世代交代などいかがでしょう?」
「てめェ何言ってんだゴルァ。いい加減に黙らねェと斬るぞ」

そう言われ胸倉を掴まれても、浅間は動じる様子はない。それどころか彼をまるで無視するように、話を進めていくのだ。

「局長候補はこの私。副長候補は彼女、杉原局(すぎはらつぼね)。そして真選組を引っ張る二人の隊士として、鬼束吾平(おにづかのごへい)と浦松雄大(うらまつゆうだい)。私たちが真選組に新風を巻き起こす」

にやりと女が、杉原が不敵な笑みを浮かべた。

「どうでしょう、一つ勝負をしませんか? 真選組をかけて」


その時の土方のシャウトは、まさに江戸中に響き渡らんほどの大きさだった。ふざけんな今すぐたたっきってやると、しまったはずの刀へまた手を伸ばす。だが近藤がそれをなだめ、一旦四人から遠くへ引きはがした。

「近藤さん、ありゃ頭がおかしい。今すぐたたっきるべきだ」
「いや、仮にも新入りだぞ。きっと粋がってるだけなんだ、転校当初ではしゃぎすぎて次の日から誰にも相手してもらえない悲しいパターンに陥る奴らなんだよあいつら」

いずれにせよ、四人の勝負とやらに乗る気は近藤もないらしい。無理もない、突然現れてそんな雲をつかむような話をされても、返答に困るだけだ。「え、何やってんのお前ら」みたいなことしか思えない。
と、こそこそ話し込む二人のもとへ、沖田が歩み寄った。その手には一枚の紙が握られている。

「近藤さん、こりゃあ応じねェと駄目みたいですぜ。幕府からの命令が出てらァ」
「幕府から!?」

近藤は沖田からその紙を受け取る。そこには確かに、四人の言うことに従えといった旨のことが書かれていた。この複雑な印も間違いなく幕府のもの。そういえば四人は幕府からの使いのような存在であったことを、すっかり忘れていた。

「その通りです。私たちは幕府からの命令でここにいるのです」
「そうそう、最近真選組はやりすぎなくせにあまりいい働きを見せないって、もうカンカン」

杉原が呆れたように腕を組み、彼らに向かって言う。

「……あらまさか、私たちと戦うのが怖いのかしら? あらあらそんなまさか、真選組から追放されるのが怖いのかしら?」
「上等だコラァ勝負でもなんでも受けてやる!!」

その挑発に、土方は勢いのまま乗っかった。近藤と沖田はすぐにでも彼を止めようとしたが、彼の言葉を聞いた浅間がそれより早くに口を開く。

「それはよかった。それでは、今から私たちの言うことには全て従ってくださいね」

真選組側の返事はない。

「……まあいいでしょう。先に言っておきますが、私たちは負ければ素直にここを去ります。だがしかし、あなたたちが負ければ……お分かりですよね?」


局長と副長、そして二名の隊士には抜けてもらいます。


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