第伍訓 人間必ず誰かに頼る


空っぽの屯所内に、男たちの声はよく響き渡った。
刀と刀が火花さえ散らさんばかりの勢いでぶつかり合い、息をつく間もなく彼らはそれを振るう。わずかに、山崎のが優勢であった。はっきりとした護るもののために戦う彼の目は血走り、もはや普段の穏やかで地味な彼とは別人のようになっていた。だが新八は先程から、彼の攻撃を受け止め弾くだけ。彼のそんな素振りに、山崎も気づきはじめていた。

「新八君……君は一体どういうつもり? まさか情けでもかけてるっていうのかい?」

新八は彼の問いかけに答えない。ただ眼鏡越しに、真っ直ぐ見据えているだけだ。

「君と俺とじゃ、覚悟の仕方が違うんだよ」

彼は途端に、物凄いスピードで斬りかかった。頭の中には、ただ傷ついた仲間の映像しか流れない。自分たちはこんなにも傷ついているのに、どうして奴らは元気なんだ。どうして俺は――傷一つついていないんだ。
悔しさを紛らわすために、力いっぱい刀を振るった。新八は避けるのがやっとになってきたのか、飛び退いて瀬戸際で切っ先から逃げている。そのせいか、彼の服にも顔にも、多くの切れ込みができた。
後ろに壁が迫ってきて初めて、彼は攻撃を加えだす。互いに動きは鈍くなってきているが、それでも常日頃ミントンだろうがなんだろうが鍛え上げている山崎が新八の隙をとらえた。懐へ入り込むまではいかなかったが、彼は飛んだ勢いのまま新八へと刀を突き刺した。彼の右足を貫き、この世のものとは思えない悲鳴があがる。
だが彼もまだ負けてはいなかった。刀を抜かれるまで、山崎は隙だらけなのだ。咄嗟に右手に握っていた刀を振り上げると、彼の左肩から刃と一緒に血が飛び出す。幸い腕は飛ばなかったにしろ、もうこの戦闘では使い物にならないだろう。それは新八も同じことだった。

二人の荒々しい息がばらばらにこだました。新八は右膝を地面につき、山崎は右手だけで刀を持っている。それでもなお、切っ先は互いを見据えていた。
山崎が刀を振り下ろし、再び走り出す。新八も何とか立ち上がると、受け止めるつもりで刀を構えた。

――俺が初めから、局長たちを信じていれば。俺が迷ってなどいなければ。

「うぉァァァァッ!」

――俺が真選組の名を背負うには、少し平和に惑わされすぎていたんだ。
俺が侍の名を語るには、少し信ずる心が足りなかったんだ。

後悔の念ばかりが渦巻いて、無我夢中で刀を振り下ろした。だが、あまりにそれに気を取られすぎていたらしい。新八はそこにいなかった。空振りした刀だけが、手から飛んで地面に突き刺さる。
その瞬間、山崎の背中から血が噴き出る。静かに地に伏せる彼を背に、新八は、刀を落とした。


痕跡を辿っているうちに、気づけば江戸から外れて山の方まで来てしまっていた。だが先程から、このあたりで刀を携えた男どもがちらほらうかがえる。銀時と神楽は草むらに身を隠しながら、人気の多そうなところへと進んでいった。

「間違いねェ……あそこだ」

屯所までとはいかないが、塀に囲まれた屋敷があった。そこに行けばもう真選組の服を着た隊士たちがうようよいて、わずかにだが廊下を歩く土方の姿もうかがえた。

「どうするアルか」
「そういやなんも考えてねえわ……あれか? 乗り込んでって話し合ってくださいっていうのか? 中学校じゃあるめぇし」

小声でこそこそと会話を交わす二人。そう、彼らは後先も考えずこんなところまで赴いていたのだ。新八ならまだ地味ながら最善の方法を考えていたかもしれないが、なんせ気のままに行動を起こす神楽と銀時だ。どうあっても、斬り合いは免れないだろう。

「神楽、斬り合いになっても人殺すんじゃねーぞ」
「分かってるアル。無駄な殺生は美容の大敵ネ」

とりあえずは、正面から話しかけてみよう。銀時は慎重に立ち上がり、なるべくギリギリまで騒ぎにならぬよう静かに動き出した。――が、早速神楽はやってくれた。

「あのーすいません、話し合いに来たんですけど」
「神楽ちゃぁん!?」

固まりをつくっていた隊士たちの輪へ入り、彼女は堂々とそう言い放つ。そのあまりにも清々しい態度に一瞬隊士たちは戸惑うが、すぐに大声で叫んだ。「万事屋だー!」と。
隊士たちはすぐに集まり、刀を抜く。そこでやっと銀時が、苦笑いを浮かべながら陰から出てきた。

「あのぉすいませーん……話し合い……って、無理かこりゃあ」

直後、真選組は一斉に襲いかかってきた。銀時は木刀を抜き、神楽は傘を振り回す。できるだけ傷つけまいと、主戦力は神楽の傘による風圧を頼った。それでも無理ならば、仕方ないと木刀を振るう。死者を一人でも出してみれば、本当に彼らに罪がかぶさることになる。それだけは避けたかった。最も、新八の方は既に手遅れかもしれないが。

「万事屋がもう!? くっそ……やはり山崎一人じゃ……」
「そうでもねェみたいですぜ土方さん。あの眼鏡の野郎がいやせん」

確かに、戦っているのは派手な二人のみ。ジミー初号機の姿はどこにも見当たらなかった。
だがそれでも、化け物相手に真選組は圧倒されていた。誰一人血を流しているものが見当たらないことに気づきだしたのは、近藤ただ一人。だが士気に影響してはならないと、あえて事の成り行きを黙って見つめていた。山崎を犠牲にしておいて、今更こんなところで話し合いに応じるなどと言えないだろう。複雑な気持ちであったが、彼はてきぱきと指示を出す土方の背中をぼうっと見た。

もはや全面的な戦いは免れない状況にあった。そろそろ銀時たちも、血を流させないようにするという神経を使う戦い方に疲れを感じていた頃だった。
神楽と銀時は一度背中を合わせ、何度吹っ飛ばしてもゴキブリのように立ち上がる隊士たちに囲まれながら会話を交わした。

「どうすんだよコレもうどうなっても知らないよ銀さん」
「こういうのはいっぺん殴ると大人しくなるアル」
「あんたが殴ったらみんな死ぬの! 分かる!?」

一瞬誰もが動きを止め、次の瞬間には一斉に斬りかかっていた。動乱後の訓練中に沖田から教わった、圧倒的な力の差がある相手への戦い方。試しているうちに、自然と息は合っていたようだ。その勢いは、圧倒されて二人の足が一瞬すくんでしまうほどだった。
らちが明かない。銀時はついに、木刀を思い切り振るうことを決意した。

「待ちなんし!」

不意にどこかから声が響き、二人と隊士たちの間の地面に大量のクナイが突き刺さった。驚いた隊士たちはその場で止まり、硬直状態になる。直後に二人の近くへ降り立った女の名は、月詠。こんなところまで加勢に来たのかと尋ねようとした銀時の前に、彼女はばっと屋敷内へクナイの先を向けて叫んだ。

「今すぐテレビをつけい! 無いとは言わせぬぞ!」

屋敷の中にテレビはあった。一番近かった近藤が言われるがままに、そのスイッチを押す。ちょうどお昼の報道番組が始まったところで、トップニュースには結野アナの姿があった。

「衝撃の事実が発覚しました。相次ぐ真選組の襲撃を受け、“万事屋銀ちゃん”の三人組が指名手配されていましたが、新たに真犯人の存在を確認しました。今朝行ったばかりの取材のVTRを、カットなしでご覧ください」

そう言って切り替わった画面には、見慣れた竹林と大きな門が映っていた。土方と沖田も衝撃の報道を聞き、思わず画面を食い入るように見つめる。薄く開いた門からは、柳生四天王が一人、東城の姿が見えた。続けて九兵衛が出てきて、結野アナは早速二人へ質問をする。

「あなた方が襲撃真犯人説を唱える柳生家ですね? 真犯人とは一体どういうことなんでしょうか?」
「ああ。僕たちは犯人は天人ではないかと睨んでいる」
「天人? それはどういった天人なんでしょうか。また、どうしてそう思うのですか?」

すると九兵衛は、猿飛から東城を介して液体の入った瓶を受け取る。そして、カメラの前に堂々と掲げた。

「この特殊な液体を使い、奴らは姿かたちを自由に変えることができる。調べによれば、どうやら奴らは前々からこうして悪事を働いていたらしい」
「ああ、確かに最近、無実を訴える人たちが増えていますね。もしかしたら、それと関連して?」
「そうだ。更に言えば、奴らは声までは変えることができない。やけに甲高い、特徴のある声をしている」

銀時たちは犯人ではない。彼女はきっぱりと、こう言った。
そこでVTRは切れ、続いて神妙な面持ちをした結野アナが再び正面から映し出される。彼女はこれだけではないと言って、また別のVTRを流しだした。

紛れもない証拠映像だった。液体が盗まれているとはつゆ知らず、人型の天人たちが姿を変えるところをしっかりとカメラは収めている。作り物なんじゃないかと疑うくらいに綺麗だったが、それだけあの天人の知能が低かったのだろう。

スタジオに映像は切り替わった。「いかがだったでしょうか、皆さん。これが真実です」彼女は小さく口を動かし言う。
一部始終を見つめていた彼らは、ただただ呆然とするばかりだった。まだ半信半疑ではあったが、公共の場でこのような映像が大々的に流されたということは、真実に違いない。言葉を失って、次々切り替わるテロップの文字を機械的に目で追った。

「……あ、えー、突然ですがここで会見です。警察庁長官の松平氏が緊急会見とのことです。現場の花野アナ?」

そうして、目まぐるしく背景が変わる。最初から会見用に設備の整った部屋には、緊急ながらも大勢の報道陣が集まっていた。そうこうしているうちに、松平片栗虎が相変わらず派手な格好のまま登場し、たくさんのフラッシュを浴びながら席へ座った。シャッター音のみが鳴り響く中、彼は「江戸の皆さんにお知らせがありまーす」と特徴的な口調で口火を切った。

「えー真選組襲撃事件のことなんだけれども、真犯人の天人が容疑を認めたんでぇー……」
「何だって!?」

こんな短時間に、一体どれだけの人間が動いたというのだ。土方はテレビにしがみつかんばかりの勢いで、松平の言葉を遮って驚きの意を示す。

「え? え? 何? 何が起きてるの一体?」

テレビの音が聞こえないために、状況が理解できていない銀時たち。月詠はくわえていた煙管を手に取り、ふうと煙を吐いた。

「お前らの濡れ衣は晴れた」
「うそ? ほんと? マジで?」
「マジアルか! ほんとにアルか!?」

晴れやかな顔で手を組み、飛び上がって喜ぶ二人に、斬りかかろうとする者はもはや一人もいなかった。


新八は手を震わせていた。咄嗟に、体は動いてしまっていた。

「……まざきさん……山崎さん!!」

斬ってから気がついた。自分にセーブが効かなくなっていたことに。大切なものを一つ、壊していたということに。本来の目的も覚悟もみんな、忘れ去っていたことに。
山崎にはまだ息があった。まだ手当てをすれば助かる可能性が十分あると、新八は彼を背負おうとする。だが彼はそんな手を払いのけ、かすれた声を発する。

「…………早く、殺りなよ……とどめでも……何でも……」
「山崎さん!」
「……俺は、君を殺すつもりだった……同時に……死ぬつもりでも……あった。でももう……十分時間稼ぎはできただろう……? 今頃なら……きっとみんなが……」

彼は弱々しくも不敵な笑みを浮かべた。

「……さあ……殺せよ……俺は君に……刀では負けた。……だけど、護るものはきっと護れた……だから……俺の勝ちだ」

新八は涙を流し、何度も首を横に振る。黙って――いや、喉が熱くて言葉が出てこなかったのだ。
どうしてこんなことになってしまったんだろうと、彼を後悔の波が襲う。覚悟を決めたなんて、何馬鹿馬鹿しいことを豪語していたんだ? ――ただ、考えずに行動していただけじゃないか。

なぜ敵にならなければいけなかったんだ。

山崎の命が助かろうと落ちようと、これ以上の解決策は見えないことは薄々感じていた。例え有力な情報を得ていようと、それが真実であるという確かな証拠がなければ真選組側は動かない。きっと今頃、斬り合いは始まっているんだろう。もう万事屋は、どうしようもできない局面に立たされているんだろう。

だが彼が思っていたより、彼の周りの人間は悪い奴らばかりではないようだった。

「お二人さん、意地張るのもそこまでだ」

突然、近くに全蔵が降り立つ。彼は虫の息の山崎を抱き上げると、二人へこう告げた。

既に真選組と万事屋は和解していると。

なぜかと理由を聞いたが、もたもたしてはいられないと、彼はさっさと病院の方へ向かっていった。血だまりの中に残された新八は、一人呆然と彼の消えていったほうの空を見上げている。
少しして、けたたましいサイレンの音に彼は我に返った。屯所の前で急ブレーキがかかったのか、タイヤの擦れる甲高い音が響き渡る。

「新八!」

門を蹴破らんばかりに入ってきたのは、銀時と神楽だった。続けざまに浴衣姿の近藤と土方、そして二人に支えられて沖田が姿を見せる。そして誰もが、その惨状に言葉を失っていた。

「……ザキは」
「ジミー君は……」

近藤と銀時の声が揃う。

「や、山崎さんは、今……」

震える声で、全蔵によって病院に運ばれたことを彼は伝えた。そして彼自身、本当は右足が痛くてしょうがないことも、子供のように泣きじゃくりながら言う。
病院に連れて行ってやるよと、銀時は血まみれの新八を背負う。真選組側の好意によって、病院へはパトカーで向かうことができた。神楽も何も言わず、それについてパトカーへ乗り込む。
そこから病院までは言葉はなく、両サイドの銀時と神楽はそれぞれ窓の外を眺めていた。新八はずっと、真っ赤に腫らした目を伏せ俯くばかりだった。


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