第肆訓 時には覚悟を決めるべしA


東の空が少しずつ明るみを帯びてきた頃に、三人は屯所の前に辿り着いた。眠っているのか、やけにしんと静まり返っている。おかしなことに門番すらいなかった。不審に思いつつも、銀時が「すいませーん」と声をかける。返事はない。

「あのー、万事屋ですけどー、会いに来てやったんですが誰かいませんかコノヤロー」

恨みも皮肉もたっぷりのその台詞の少しあと、閉じたままの門がゆっくりと開かれた。三人は辺りを警戒しながら、門に近づいていく。銀時が覗き込んで、それからその隙間から中へ入っていった。新八と神楽も続く。
だがその二人は、途中で足を止めた銀時にぶつかり、玉突き事故のようになってしまう。なんなんですかと不満を洩らしつつ、二人は間をすり抜け彼の横に並ぶ。

「……あれ、あんたは……」

三人は目を見開いた。目の前にただ一人の隊士が、ぽつんと佇んでいる。その背景に消えてしまいそうなくらい地味な容姿に、よくよく見覚えがあった。

「ジミー……?」

そう、ジミーもとい山崎だ。彼は軽く足を開き、真っ直ぐにこちらを見据えている。その左手は、腰に差した刀の鞘を握っていた。
緊張が張りつめる中、彼は不意に口を開く。

「残念だけど、もうここには誰もいない。とっくのとうに避難しているよ」
「じゃあ、何でお前だけここにいるアルか」

神楽の問いかけに、彼は包み隠さず答える。

傷ついて動けない近藤たちのすぐ傍で、斬り合って悪戯に仲間を失うのは御免だった。かといって、逃げてしまえばすぐ追いつかれてしまうのは明白。話し合いに応じるにも危険があった。そんな時に考え付いたのは、彼一人が残ること。最も、彼は話し合う気などさらさらない。できるだけ仲間を遠くへ逃がし、作戦を立てる時間を確保するのが彼の役目であると。

「俺は君たちを信じていた。だけどそのせいで、副長たちまで傷を負ってしまった」

彼は右手を、刀の柄に伸ばす。姿勢を低くし、三人を鋭く睨んだ。

「俺にとって、君たちは確かに大切なものだ。だが、俺にはもっと大切な――護りたい人たちがいる。友達なんかじゃない、家族同然の“仲間”たちを」

するりと刀が引き抜かれ、切っ先が三人に向いた。そして、今まで淡々と話してきた彼が、強く声を張り上げる。

「それを、お前らなんかに壊されたくはない!」
「く……」

銀時が腰に差した木刀へ手を伸ばした。だがそんな彼を押しのけて、前に出る一人の青年がいる。彼はためらいもなく持っていた刀を抜くと、鞘を地面に捨てた。

「銀さん、行ってください。ここで足止めされていたら、本当に何もできなくなります」
「新八……いいアルか? そんなことして、いいと思ってるアルか?」
「……いいんだ。僕は今まで、たくさん失敗して、結果的にこんな事態を巻き起こしてしまった。それを償う一つの方法だと思ってください」

銀時は何も言わず、神楽の首根っこをひっつかむ。地面にはわずかに真新しいタイヤ痕が残されていて、恐らくこれを辿っていけば真選組に追いつくだろう。神楽の叫びが霧にかき消されて聞こえなくなって、新八もまた姿勢を低くし刀を構える。

「これが、僕の覚悟だ」

二人はほぼ同時に、雄叫びを上げながら刀を振り上げ走り出した。


猿飛は、もうほぼ敵の尻尾を掴んだと言ってもいいような状況下にあった。それらしき天人を発見し、その動向を探っていた。そしてついに、彼女は決定的瞬間を見た。
人型の天人が、とある液体を飲み干す。するとその体はみるみるうちに、彼女の愛する銀時へと変貌を遂げたのだ。あとは自前の服を着こなせば、どこからどうみても彼になる。
奴らはこのような江戸の混乱を喜び、調子に乗って真似事をしていたのだ。だが一つ、絶対的に真似ができない部分も発見する。声だ。甲高いねずみが鳴いているような声だけは、変えずにいるらしい。恐らく襲撃時、一言も声を発していなかったのであろう。どんなことをしても、銀時はあんな声を出すことはできない。
更に別の液体を飲んだとき、その天人は姿を元に戻した。その液体の色を、彼女は徹底的に頭に叩き込む。奴は黒い液体を飲んだ時に変貌し、青白く光る液体を飲んだ時に元に戻った。だとすれば、あれを奪ってしまえばいい。
奴らが表に出たのを見計らい、彼女は一般人に紛れて道を歩いた。向こうから近づいてくる天人に、彼女はわざと肩をぶつけた。

「あっ、すみません。前見てなくて」
「痛ェな、気をつけろよクソアマが」

嬉しくない罵倒。だが、クソ天はそっちだ。歩き去る彼らを見届け、彼女は奪い取った液体の小瓶を取り出し、ほくそ笑んだ。


「どうだ東城、何か掴めたか」
「ええ、天人が姿を変えるところを偶然にも見ましてね。天人の仕業に間違いはありません」

広い屋敷の一室で、柳生九兵衛と東城歩はそんな会話を交わしていた。
彼女たちもまた、この事件の真相を追っていた。きっかけは、屯所で保護され現在は柳生家で一時的に面倒を見ている妙の頼みだった。

「新ちゃんがあんなことするわけないと思うの。お願い九ちゃん、新ちゃんの濡れ衣を晴らして」

だが情報が一向に掴めず、悩んでいた時に、三人は指名手配されてしまう。しかしそこから事態は一転、驚くほどに情報が入ってきたのだ。あまり関わりはなかったものの、全蔵がちょくちょく独り言と称して情報を置いていく。そして少し前に訪ねてきた桂を拾ったことで、銀時たちが真選組に直談判をしにいったことも知った。だが真選組は三人のことを信用していないだろうという妙の言葉から、情報収集は急ピッチで進められている。そして最近、柳生家に万事屋の濡れ衣を晴らそうとする人が集まるようになってきた。お登勢たちをはじめとする、いずれも彼らに世話になった者達だ。

「あいにく金で友を売るくらいなら、無職のがマシなんでね」

長谷川泰三は、まるでダメな奴らを救うオッサン略してマダオを名乗りここに来て、それらしき天人の特徴を教えた。
更に何を思ったか、触覚を千切られまくっているハタ皇子たちもいる。どうやらその天人に興味を示しているようだ。桂とは知り合いなのか、何やら親しげに話しこんでいる姿も見られた。

そして、そこに藤色の長髪をなびかせる忍者が降り立つ。

「超パフュームを組んだ仲よ、これくらいお手の物ね」

そう言って、掏った液体を見せびらかした。証拠品はこれでバッチリだと、一同が喜ぶ。あとは実際に姿を変えた場面を収めたテープなんかがあればいいのだが、あいにく東城も猿飛もそれを考えていなかった様子。

「しかし、これだけで十分なんじゃないか?」

九兵衛が言う。

「そうですね。あとはこれをどうやって真選組の皆様に伝えるかですが……」

東城が言いかけて、門のチャイムが鳴り響いた。九兵衛と彼が返事をしながら門へ向かい、固く閉じられたそれを薄く開き用件を尋ねる。

「何でしょう?」
「あのー、大江戸テレビの結野と申します。取材、よろしいでしょうか?」


結野クリステルが動いたのは、朝のお天気に顔を出し、局内で休憩をとっているときだった。たまたま彼女の兄である結野清明が、最近忙しそうにしている妹を心配してその場に来ていた。軽く会話を交わしたあと、二人の話題は万事屋へと移る。

「クリステルはどのように考えている?」

テレビに映る立場として、兄にでも個人の一方的な考え方はあまり言っていいものではない。彼女は返答に困っていたが、内心は万事屋を信じていた。まるで悪者のように作られた原稿を読んでいるのも、嫌で仕方がなかった。
彼女は大江戸テレビの看板アナウンサー。彼女が動き、報道すれば、それは瞬く間に江戸中に広がることだろう。もしかしたら万事屋も救えるかもしれない。だが、そんなことしていいのだろうか。

「これは独り言なんだけどさ」

不意に知らぬ男の声がして、とっさに清明は妹をかばうようにして立ち上がった。いつの間に座っていたのか、後ろには忍者らしき男がジャンプを読んでいた。だが、どうにも目はくれていないらしい。

「あんた一人が動いて救える命があるなら、やったほうがいい。柳生家でこのことを詳しく調べている。まあ俺は春雨と関わりのある天人なんかとは敵対したくないんでね」
「……! 柳生家……?」

男はポラギノールを片手に、ジャンプをその場に置いて立ち上がる。トイレへと吸い込まれるように消えていき、それっきり彼の姿は見られなかった。

「……よし」

クリステルは立ち上がった。清明は何も言わず、そんな彼女を見送る。

「今の顔が、一番生き生きしていたでござんす」
「外道丸! いつの間に……」




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