第肆訓 時には覚悟を決めるべし@


「それでよォ、手紙出したはいいんだけど、いつ会いにいくんだ?」

昼頃、桂がエリザベスと共に食料の買い出しに行ってから、銀時が不意にそう尋ねた。新八はうっと、言葉を詰まらせる。時期を考えていなかった。それに、こちらの居場所を書いたわけでもない。自分の意のままに書いたのは失敗だったと、最近失態続きの新八は頭を抱え込む。

「ぱっつぁんどうした。最近調子よくないアル」

神楽にも気づかれているようで、彼は更に何も言えなくなってしまった。そう、そもそもの事の発端は彼が証拠として提示するものを間違えたことから始まっている。もっと言えば近藤を撃ったのも彼の偽物なわけで、その報道を見てから彼の口数はぐんと減っていた。連日新しい情報が飛び込んでくるが、向こうに関する詳しいものはない。ただ退院したということは言っていたから、恐らく屯所にいるんだろう。中継カメラにも、町を歩き回る真選組の隊士が何人も映っていた。

「桂さんが帰ってきたら考えましょう。桂さんなら、なんかそういうの得意そうですし」

そう言って新八は、窓の外を見た。と、噂をすれば、桂とエリザベスの姿が遠くに見えた。だが、何か様子がおかしい。――走っている?

「銀時! 銀時、今すぐ逃げろ!」

やがて近づいてきた彼は、開口一番そう叫んだ。エリザベスの手には、『真選組だ!』と濃く書かれたプラカードが握られている。寝ぼけていた銀時は目をさまし、ぼうっとしていた神楽の目つきも少しだけ鋭くなった。


数十分ほど前、桂は最寄りのコンビニへ食料を買いに出かけていた。店員は彼の連れているエリザベスの方に怪しむような目を向けているが、何度か足を運んだので覚えてもらっているのだろう。いらっしゃいませと言えば「いらっしゃいませじゃない桂だ」と答えるのが日課になった。だがその裏で、バイトたちの間ではとんでもない電波男がいると陰口を叩かれているのを彼は知らない。
だが今日は、そのコンビニに入りかけて足が止まった。すぐに建物の陰に身を隠し、目を凝らす。

(真選組……なぜこんなところに!)

紛れもなく、真選組の隊士たちが中にいた。駐車場には三台ほどのパトカーが止まっている。このような場所へこんな大勢で来るなど不可解だ。恐らく、奴ら気づいている。

「く……エリザベス、行くぞ!」

彼らは無我夢中で走り出した。やはり定春やエリザベスなどという目立ちすぎる天人を連れたうえ、派手な中華服に銀髪頭に長髪という、いかにもクラスで浮いてそうな容姿を晒していたのは間違いだった。恐らく目撃者がどこかしらにいて、情報提供をしたのだろう。情報提供者には金が与えられるとでも報道し、釣ったに違いない。
彼らが走り出してから十分ほど、ちょうど彼が隠れ家へ戻った頃、三台のパトカーは真っ直ぐそちらへ走り出した。


「真選組が……もう!?」
「ここにいては捕まる! もう時間がない、貴様らはさっさと屯所へ行け!」
「でも、桂さんは……」

いい機会じゃねえかと銀時は言った。これ以上逃げ回っても無駄だということは分かっている。意思は示したのだから、遠回りをしてでも屯所へ向かうしかない。そして、信じてもらうしか道はない。
桂は振り向き、にやりと笑った。

「俺も指名手配犯だということを忘れちゃいまい」
「桂さん、まさか……!」

大丈夫だという彼の背中に、頼もしさを感じた。その後ろ姿は、戦地へ赴く銀時の姿と重なる。不思議と安心した。

「逃げの小太郎、こんなところで捕まる男ではない!」

遠くから、サイレンの音が近づく。銀時は既に定春に乗り、準備万端といった様子だ。新八は桂の背中を十分見つめたあと、くるりと振り向き――かけたところで、不意に何かが飛んできた。ずしりとした重みを感じ、突然のことによろけそうになる。

「刀……?」
「万が一斬り合いになったら使え! そうならぬことを祈っているがな!」

『がんばれ』と、エリザベス。全く、いいところで二人には世話になってしまう。
新八はありがとうございますと叫びながら、定春に飛び乗った。それと同時に、真選組が来る方とは逆方向へ逃げ出す。ぐるりと遠回りをして、屯所へ行くつもりだった。たとえ何日かかろうと、必ずそこへたどり着くことを決意して。


「山崎……正気か!?」
「ええ、もちろん」

長い前髪に伏せた目は隠れているが、山崎は確かにそう言った。彼のとんでもない案に、近藤をはじめ隊士たちは戸惑いを隠せない。だが隊士の心の奥底には、安心の色が見られる。そう、誰だって化け物と斬り合って死んでいきたくはないからだ。

「ザキ、そんなことをする必要はない! 俺が直々に会って……」
「そんな体で会って、斬り合いになったらどうするつもりなんですか。それに」

彼は太ももに置いた拳を、ぎゅっと握りしめる。

「これは俺なりの覚悟です」

遺言と思って、聞いてください。彼はそう言って、しんと静まり返る屯所の中でぽつりぽつりと思いをぶちまけだした。

「俺は、新八君を……万事屋を信じていました。だから、副長に無理を言ってぎりぎりまで一緒に調べさせてもらいました。けれど悪戯に時間が過ぎるばかりで、結果的に沖田さんも土方さんも、傷を負ってしまった。……俺のせいです。俺が大切にしたいものが見えていなかったせいなんです。俺が最初から、万事屋を疑っていれば、局長たちのことを考えていれば、こんなことにはならなかったはずなんです」

何か言いかけた近藤も、土方も、その雰囲気に圧倒されて息をのむばかり。他の隊士たちは目を伏せ、辛そうな表情で話を聞いていた。ここで一つの空間ができているように、障子が風に揺れる音も、カラスの鳴き声も届かない。
山崎は続けた。

「散々迷惑をかけたと思います。でも俺は、そこで自らの迷いを断ち切りたい。例え命を落とすことになろうと、大切なものを護りたい」

腰に携えた刀に触れ、彼は唇を噛む。
誰も、反論する者はいなかった。

彼も黙り込んでしまい、重苦しい沈黙が訪れる。そんな沈黙を破ったのは、たった今連絡を受けたのであろう隊士が、携帯片手に大声を張り上げて走ってきたときだった。

「副長! 潜伏していたと思われる場所から、既に万事屋は逃走していたとのことです! 代わりに、桂が変な物体を連れ暴れながら逃げ回っていると……」
「桂が!?」
「……始末屋に桂……あっちの味方も一筋縄ではいかねェってことか」

沖田が呟き、続けた。

「近藤さん、土方さん。モタモタしてらんねェですぜ。あっちは会いに来るって予告してんだ、そう遠くないうちに来るでしょう。さっさと作戦立てるか、山崎の案で行くしかありやせん」

彼の言葉を受け、土方は少しの間考え込んだ。そして、もう作戦を立てている暇などないということを悟ったのだろう。彼は今まで以上に大声を張り上げ、隊士たちに命を下した。

「てめェらァァ! さっさと支度しやがれェェ!!」

それは山崎の案を肯定した瞬間だった。隊士たちはもう惑うことなく、威勢のいい返事と共に動き出す。バタバタと慌てだす隊士たちの波をかき分け、山崎自身は、ゆっくりと廊下を歩いていた。
長船MK-2。決して沖田たちより高価ではないが、それでも上等の刀だ。
彼は覚悟するように、その柄をぎゅっと握りしめた。


だいぶ逃げ回り、江戸のターミナルがよく見える山で彼らは休んでいた。既に日は沈み始め、真っ赤な空に灰色の雲がかかっていて不気味な雰囲気を醸し出している。腹は減っていたが、神楽がわけてくれた酢昆布くらいしか食料はない。おちおちしていられない状況にあった。

「……お前ら、仮眠とっとけ。夜中になったら行くぞ」
「本当に奇襲するみたいアル……ドキドキするネ」

眠れないかもしれないと言っていた神楽だが、数分後には定春を枕にぐっすり眠っている。新八も言葉に甘え、桂から借りた刀を大事そうに抱え込みながら目を閉じる。だがどうにも、眠れそうになかった。横目で銀時の様子を見ていたが、彼は日が沈んで煌びやかに光る江戸の町をずっと見据えていた。夜になったばかりの頃は隅々まで明かりがついていたが、やがてぽつぽつとその光が消え始める。ターミナルも最低限の光を灯すのみで、町は死んだように暗くなった。指名手配犯の逃走中を受け、店も早めに畳んでいるんだろう。桃色の光もうっすらと見えるばかりだ。

「……銀さん、行きますか」
「ああ。おい神楽起きろ、行くぞ」

銀時に揺り起こされ神楽は目を覚ます。激しい戦いが繰り広げられる可能性もあるため、三人は定春に乗り込んで向かうことにした。定春は争いに巻き込めないから、万事屋の前に置いて、そこからは自らの足で走る。そう決めた。
暗がりの町を、それは颯爽と駆け抜けた。静まり返る町の中で、軽やかな足取りの音だけが聞こえる。それも一歩一歩が大きいから、気づけば万事屋の前に辿り着いていた。スナックお登勢は明かりがついているが、その上の階を見てみれば、まるで殺人現場のように黄色いテープが巻かれている。滅茶苦茶に破壊されたドアを見て、三人は目を細めた。

「定春、ありがとな。帰ったらいっぱい飯食わせてやるからな」
「定春ぅ、待っててネ〜!」

銀時の言葉は、どこか死亡フラグをにおわせる。だがそんなお約束で死んでたまるかと、死にはしないと、新八は自信を持っていた。
しばしの別れも程々に、彼らはまた駆け出した。その姿が闇に消えてから、定春の目の前の扉が開く。

「お前、今までどこいってたんだい」

お登勢やキャサリン、そしてたまが店から顔を出す。定春はきゅうんと、悲しそうに鳴いた。


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