第参訓 逃走は計画的にA


「副長! 万事屋の三人が逃走を図りました!」
「そうか。徹底的に追え。絶対に逃がすんじゃねえぞ」

報告に来た隊士に告げ、土方は痛みで使えない右腕ではなく、左手でご飯にマヨネーズをぶっかけた。左手でスプーンを持ち、ゆっくりながらもその土方スペシャルを口に運ぶ。横の布団では沖田が冷めた目でそれを見つめ、更にその隣で近藤はぼうっと天井を見つめていた。

「しかし、本当に万事屋の犯行なのか……?」
「まだあいつらのこと信じてるんですかィ、近藤さん」

近藤は部下二人が撃たれた事実を受けてなお、万事屋のことを疑いきれずにいた。半信半疑、どちらに泳いでいいかが分からず、全ての指揮を今は土方に任せている。

「近藤さんは見ちゃいねェが、俺ァ確かにこの目で見たんでィ。この世界、頼れるのは自分だけでさァ」

体を動かすと、彼は「いてて」と小さく声を上げた。何の恨みか三か所も執拗に撃たれたものだから、寝返りも打てなくて甚だ困っている。幸い手は動かすことができるので、体を起こすのに手伝ってもらいながら、ほぼ一日をその布団の中で過ごした。

「ザキ、お前はどう思っている」
「え? あ、俺は……」

近藤に話を振られ、縁側で三人を見張るようにして座っている山崎が困惑した表情を見せた。だが彼の言葉ははっきりせず、結局お茶を濁してしまった。彼もまた、万事屋の犯行ではないと信じる心を未だに捨てきれずにいたからだ。だが土方に一喝され、自分の考えに自信が持てなくなり、こちらもどうしていいか迷っている。土方はそんな彼に、いつも手厳しい。いや、最近はいつにも増していた。

「山崎。剣に迷いのある奴は死ぬ。お前はいずれ刀を抜くことになるんだから、今すぐにでもその考えを捨て去れ」

彼は黙りこくった。


あれから色々な策を練ったが、どれも没になった。
このまま逃亡生活を続ける。将来に不安があるため、没。直談判する。その場で斬られる恐れがあるため、没。いっそのこと真選組と全面的に対立する。攘夷志士と認められるうえ銀時なら本当に倒幕しかねんので没。
そうこうしているうちに日は暮れ、夜になった。つけっ放しのテレビからは、ひっきりなしに三人の名前が流れている。今日動くことはできないと、桂が事前に買っておいたんまい棒を夕食とした。どうにも腹は満たされないのに、これといって食べる気は起きない。神楽は例外としたが。

「あーあ、ったく……なんかこう神様でも舞い降りてこないかねェ。“銀時、あなたに力を授けましょう”とかさ。あれだ、たまの体内にあった真実を映す鏡? あれでもいいよ、とにかくなんか打開策がほしいわ」
「女神ならここから舞い降りるわよォォォォ!」

唐突にそう叫びながら、天井に大きな穴をあけて誰かが落ちてきた。銀時に抱き着こうとしたらしいが、当の本人は涼しい顔でそれを避ける。「やあん銀さん、放置プレイ?」と危なっかしい発言をする彼女――猿飛あやめ。通称、始末屋さっちゃんだ。

「さっちゃんさん!」
「テレビで見てずっと追いかけてきたのよ! 安心して、私はみんなの味方だから!」

部屋の花瓶に彼女はそう話しかける。新八が何も言わず彼女の赤いフレームの眼鏡を持って行ってやると、彼女はごめんなさいねと言いながらそれを受け取った。

「銀さん! これはどういうことなの!?」
「だから知らねえって何度言ったらわかんだよこのメス豚!」
「きゃーっ! もっと言いなさいよ、もっと私を罵りなさいよ!」

苛立って暴言の出る銀時だが、彼女は逆に黄色い声を上げて喜んでいる。そう、彼女は生粋のM。そして銀時のストーカーでもあった。彼女は忍びの華やかな能力を持っているが、そのほとんどを最近は彼につぎ込んでいる所存。どうやらストーカー同士近藤とは気が合うのか、またSとMの関係上沖田とはチョメチョメな関係にあってしまうのか、真選組ともわずかなつながりがあった。

「私もみんなに協力しようと思うの。一体どうすればいいかしら?」

行き成り出てきてそう言われてもと思った新八だったが、ふと思いついたことがあった。

「さっちゃんさん。実は、僕らに成りすまして犯行をした人物がいる可能性があって……僕らは動けないので、ぜひ調べていただけたらと」
「あら、濡れ衣を晴らす方向でいくの? 銀さんのためなら構わないけど、てっきり真選組に乗り込むのだと思っていたわ」

そう言って、猿飛はクナイを見せる。本当に危なっかしい。

「それ名案アル! そいつらとっ捕まえて突き出せば、私たちの容疑も晴れるかもしれないネ!」
「そのためには、あちらにもその存在を知っていてもらわなければなりませんね……」

新八は何かを考えるために黙り込んだ。仮に真犯人をさしだそうと、変装前の姿なら間違いなく疑われる。相手が口八丁なら、暴行を受けただとかで更に罪が重くなるかもしれない。慎重に、だが積極的にその存在を彼らに知らしめる必要があった。
猿飛は早速、銀時の「いってこい」の一言で飛び出していった。ぽっかり空いた天井の穴は、桂が修復し始める。
事態は少し、動き出した。


その日猿飛は、江戸のあちこちを駆け回っていた。情報網を通じて例えば変装の名人の話を聞かなかったかとか、不可解な動きを見せる三人グループを見かけなかったかとか、尋ねまわっては見たものの、有力な情報は得られずじまいだった。それらしき情報を頼りにその場へ行ってみても、それらしき者たちは見つからなかった。

「……どうしよう……銀さん……」
「いやー、やっぱジャンプは面白ェわ」

不意に背後で聞こえた声に、彼女ははっとなった。屋根の上で項垂れていたためか、気配に気がつかなかったらしい。いや、むしろあちらが気配を消していたのか。いずれにせよ、振り返れば風の吹く中でジャンプを読んでいる服部全蔵がそこに立っていた。

「何かしら?」

動揺を見せず、短く彼女は尋ねる。すると彼は、「いやあこれは独り言なんだけどね」とわざとらしく最初に言った。

「何でも、姿かたちを自在に変えられる天人ってのがいるらしい。噂じゃあ春雨に関係しているとかで、そんな危なっかしい奴らに関わる気は無いんだけどね」
「……! あなた……!」

俯きかけた彼女が再び振り返ると、そこにもう彼はいなかった。彼はこういうのが下手なんだろうか、それともあくまで他人を装っていたいのか。彼女がどうしても得たかった情報を、彼は教えてくれたのだ。そしてその曖昧な口調から、ここからは自分で調べてくれとでも言いたげである。
もちろん彼女はそうするつもりだった。だがその前に、この事実を銀時たちに伝えねばならない。もう夜も明けに近かったが、彼女は眠ることなく立ち上がった。


気がつくと朝になっていた。どうやら考えているうちに、全員眠りこけていたらしい。一番に桂が起きていて、次に新八が目を覚ます。早めに起こさないといつまで寝てしまうか分からないため、すぐに銀時と神楽を起こそうと視線を移した。
だが銀時を見た瞬間、彼は目をそらす。

「銀時、貴様……盛んだな」

桂が無表情でそう言う。
銀時の上には、猿飛が抱き着くように乗っかっていた。「銀さ〜ん!」と頬をこすりつけているためか、彼は汗をかきながらうなされている。彼が目を覚ましたのはそれからすぐあとで、神楽と定春に関しては一苦労だったが何とか起こすことができた。
朝ごはんにまたんまい棒を口に放り、ちゃっかり猿飛もそれに手を伸ばしながら再び輪を作る。神楽がしきりにたてるバリバリという音をしり目に、猿飛が口火を切った。

「早速、いい情報を得ることができたわ」

彼女は全蔵から教わった情報を、そのまま彼らに伝える。「ふむ、天人か……ありえない話ではないな」と桂は納得する。春雨の名も、一瞬忘れかけていたが、彼らとは切っても切れぬ縁にあることを思い出す。だいぶ前に銀時と桂で春雨の奴らをボコボコにしたことがあったし、かつての仲間であった高杉晋助とも手を組んでいる。更に言うならば、神楽の兄である神威もそこで団長を務めていた。もっとも、今はどうもその動向は読めないが。

「私は引き続き、これを調べようと思うの。銀さんたちは、何かする?」
「……そうですね。その存在が噂程度でも確認できた以上、僕たちも早々に手を打つ必要があります」

新八は意を決して、昨日から考えていたある策を全員に打ち明けた。

「こうなれば直談判です。昨日は没にしましたが、段階を踏めば大丈夫だと思うんです」
「段階を踏むって、どうやって? いつかの文通みたいに、会いたいですとか言うの?」
「はい。この事件は僕たちの仕業じゃない、もう一度よく調べてくれと。直接会って、話してほしいと手紙を出すんです」

そうは言えど、危険な作戦であることには間違いない。だが誰かを介して手紙を送れど破り捨てられては意味がなく、こちらの誠意も伝わらない。真実を話すため、自ら赴くことで彼らの信頼を取り戻す必要があった。
銀時たちは賛同する意思は見せなかったが、反対もしなかった。なりゆきに任せたいと思っているらしい。

「……では、僕が手紙を書きます。さっちゃんさん、届けていただけますか」
「いいわよ」

新八は桂に紙と筆、それから墨を借り、本格的に手紙を書きだした。その横で神楽は慌てながらも持ってきていた酢昆布を、定春に寄りかかりながら食べている。やかんもCDも落としてきて、着の身着のままで彼らは逃げてきた。やけにしんとした室内で、筆の動く音だけが響き渡った。

十分ほどして、手紙を書き終えた。最後には坂田銀時、志村新八、神楽の名が書かれている。新八がポケットにたまたま入っていたハンコを、最後に名前の横に押した。楕円形が少し欠けたが、志村という字はしっかり見えている。
それを猿飛に手渡し、彼女は家を出て行った。


「副長! 大変です、こんなものが屯所の扉の所に、クナイと一緒に刺さっていました!」

大変ですはもう合言葉になっているのか、土方が動揺を見せることはなかった。「何だァそりゃ」と尋ねると、隊士は万事屋からの手紙であることを告げる。ここでやっと、彼の目が見開かれた。

「クナイ……ということは、始末屋か?」

近藤が呟く。

「ちょっと貸せ!」

土方は乱暴に隊士から手紙を奪い取る。たまたま近くに他の隊士たちもいたらしく、その異様な雰囲気に幾人かが集まってきた。そんな中で、彼はぶつぶつと声に出しながら、その丁寧な字体で書かれた手紙を読み上げた。

真選組の皆さん
今回の事件は、僕ら万事屋の犯行ではありません。日付の違うレシートを渡してしまったこと、謝らせてください。
僕らは真犯人の存在を確認しています。春雨とつながりのある、姿かたちを自由自在に変えることのできる天人が恐らくそうでしょう。
今一度よく調べていただきたい。そして、僕らを信じてほしい。
会わせてください。会って、話をさせてください。
お願いします。 坂田銀時 志村新八 神楽

思いのままをぶつけたような、拙い文章だった。印も押してあるから、彼らのものには間違いないんだろう。この字も新八のものだ。前に文通の手伝いをしたとき、この特徴のない字体をよく見た。
それでもなお、彼らは信じてはいなかった。手紙は沖田と近藤にも回され、内容は聞き損ねた隊士たちに要約して伝えられる。

「会う必要なんかありません副長! ここは早々に叩き斬るべきです!」
「いえ、それでは悪戯に多くの犠牲を出すだけです! 策をじっくり練るべきでしょう!」

あちこちから様々な案が飛び交ったが、一致しているのは会う必要はないということだった。だが近藤は彼らのことを信じているため、彼だけは会うべきだと主張している。そんなほとんど劣勢に近いながらも、権力から二つの意見は同等にいがみ合っていた。土方も沖田も、黙ってそれを見つめるばかり。

「……局長」

ふと、今まで黙りこくっていた彼が口を開く。その静かながらも感じられる威圧感から、隊士たちはぴたりと黙った。

「俺に案があります」


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