第参訓 逃走は計画的に@


その日、江戸中に衝撃が走った。世間体では風化しつつあった真選組局長・そして一番隊隊長襲撃事件から二週間、恐れられていた副長襲撃の報道と同時に、犯行グループの指名手配が出された。公開された顔写真、そして名前を見て、誰もが目を、耳を疑った。

坂田銀時、志村新八、神楽。
世話になった人も多いであろう、万事屋の三人組だった。


「銀さん、銀さん起きてください! 銀さん!」
「ん〜?」

銀時はジャンプを顔に被せながら、いつの間にか寝ていたらしい。慌てた様子の新八の声で、彼は目を覚ました。いや、彼だけでなく、神楽までもが彼の体をゆすっている。彼は「なんだよ」と不機嫌そうに、渋々体を起こした。

「寝ている場合じゃないですよ銀さん! あれ、あれ見てください!」

ソファの後ろから、新八は突き刺さんばかりの勢いでテレビを指差していた。銀時は手に持っていたジャンプを机の上に伏せて置き、そちらの方へ視線を移す。どうやら報道特番をやっているらしく、今日は彼お気に入りの結野アナでなく二つ結びの花野アナが画面に映っていた。彼女のバックスクリーンには、よくよく見知った顔が三つ並んでいる。

「繰り返します。真選組トップスリーの襲撃を受け、土方副長は今日、万事屋の三人を指名手配しました」
「はあァァァ!?」

一瞬、夢でも見ているのかと思った。身に覚えのない濡れ衣を着せられ、頭が混乱するばかりの彼は、ただ口をあんぐりと開けてその画面を見つめるしかなかった。

「どういうことですかこれ! 僕たち、何かしましたか!?」
「銀ちゃん! 私たち有名人アル! 渡る世間は鬼しかいねェコノヤロー出れるアルか!?」

約一名状況を理解していない者がいるが、二人はそれを気にすることなく会話を進めた。そもそも渡る世間は鬼しかいねェコノヤローは、つい先日に放送を終了したばかりだ。
遠くの方で、パトカーのサイレンの音が鳴り響いたのが聞こえた。窓を開けっぱなしにしていたのが幸いしたらしい。「どどどど、どうすんだよ!」頼れるはずの大人でさえ困り果て、避難せねばとやかんを持ってくる始末。新八は早くも寺門通のCDとプレイヤーを抱え込み、神楽は酢昆布を風呂敷に包んでいた。

「どおぉぉしよぉぉぉ! 俺まだ人生エンジョイできてなぁいぃ〜!」

慌てふためく三人。そんな彼らの前に、一筋の光がさした。声をきき、初めはそうは思わなかったが。

「銀時! これはどういうことだ!」
「ヅラ!?」

開けっぱなしの窓から、ひょっこりと長髪の男が顔を出す。ヅラ――じゃない、桂小太郎だ。彼もどこかで情報を聞きつけ、急いでここまでやってきたのだろう。

「ふははは! ついに攘夷志士として我々の仲間になることを決意したか! だが三人の襲撃はちとやりすぎなんじゃないのか?」
「お前らの仲間になる気なんかさらさらねーんだよ! それに俺ら襲撃なんかしてねーし!」
「何? それでは、あれは誤報だというのか?」

彼にしては珍しく状況を早く読み取っているようで、相変わらず鬱陶しい長髪と喋り方以外はまともに会話が成立した。彼らがそんなところでグダグダやっている間にも、サイレンの音はどんどん近づいてくる。野次馬どもも来ているようで、がやがやとやかましい声がわずかに聞こえてきた。

「なんにせよ、こんなところで捕まったら打ち首だ! 逃げるぞ!」

桂がそういうと、反射的に三人と一匹は走り出した。銀時は立てかけてあった木刀を腰に差し、神楽は傘と、そして定春を連れる。言われるがままに窓から飛び降り、定春がギリギリ通ることのできる細い迷路のような道をかいくぐって逃げていく。

「逃げちゃったらまずいんじゃないですか!?」
「だってやってねーんだもん! 捕まる道理がわかんねーよ!」

もう逃げてしまったものは仕方がない。どこへ向かうのかと新八が桂に尋ねてみれば、彼が最近使っている隠れ家が江戸の端にあるらしい。初めから逃げ道は確保済みだから、万が一見つかっても大丈夫なように新しい場所も用意できているという。逃げる気満々だが、そこまでして江戸に執着しなくてもよいのではないかと思ってしまった。


彼らが逃走を始めた数分後、パトカーが数台万事屋の前に到着した。その中から幾人もの隊士たちが飛び出し、やっと騒ぎに気づいたお登勢たちが出てくる横をすり抜けて万事屋へと向かう。
トップスリーがいない今、指揮を執るのは他の隊長たちの役目だった。近藤も沖田も、そして土方も今屯所で手当てをしているから、警備にあてる人数を削減できたのが幸いである。かつて近藤、そして土方が戦って、両者ともをねじ伏せた化け物銀時。真選組最強と謳われる沖田と互角、それ以上の力を持つ夜兎族神楽。そして地味ながらもその二匹の化け物が行き過ぎぬよう抑え、本人も秘めたる力があるといわれる新八。動乱時に生き残った隊士たちはみな、彼らの強さを知っていた。正面から挑んでも負けるとわかっていて、彼らは刀に手を伸ばす。

「御用改めである! 真選組だ!」

隊長格の人間がドアを蹴破り、中へと踏み込む。だがそこは既に、もぬけの殻と化していた。つけっ放しのテレビ、食べかけの酢昆布、読みかけのジャンプ、そこかしこに散らばったCD。まるで泥棒にでも入られたような惨状だったが、今の今までそこで生活していたことが分かる光景だった。大きく開かれた窓から風が吹き抜ける。

「くそ、逃げられたか……」
「まだ遠くへは行っていないはずだ! 探せ!」

家の中を調べる隊士たちを残し、他は次々にパトカーへ乗り込み走らせた。


逃走を続ける四人と一匹だったが、早くも彼らに疲労の色が見え始めた。神楽と定春は相変わらず元気いっぱいに、鬼ごっこ気分で走り回っているが、全速力で何分も走り続けるのは常人には無理なことだった。

「ヅラぁ……どこまで行けばいいの……?」
「ヅラじゃない桂だ。まだまだ走るが、大丈夫か?」
「ちょっ、ちょっと限界近いです……気持ち悪……」

桂は逃走には慣れているため体力があるが、毎日グータラ過ごし移動にもスクーターを使う銀時や、至って普通の人間である新八はもはや脇腹を押さえ苦しそうにしていた。そんな彼ら二人を、ふいに神楽がひっつかむ。乱暴に、定春の上に乗せられた。

「定春いいよネ? 銀ちゃんたち助けれるよネ?」

神楽の問いかけに、定春は頷く。そんな一人と一匹に、二人は感謝してもしきれない思いで涙を流していた。「り、リーダー、俺も……」言いかけた桂だが、神楽は拒否した。定員オーバーアル、と表情一つ変えず言い放って。

また随分と走った。途中から仕方ねえなと神楽が桂を持ち上げ、傘の上で大道芸のように転がし始める。そこから道の指示を何とかする彼だったが、見るたびに顔が真っ青になっていった。憐れむような視線を銀時は送る。

「……ここから確かエリザベうぇぇッ」
「うわァァァ! 桂さんゲロまき散らし始めたァァァ!!」

道が悲惨な状態になっていき、二人もまたその犠牲になる。傘と神楽は奇跡的に無事なようで、楽しそうにくるくる傘を回すばかり。地面に落ちたそれを避けながら走っていることから、気づいているけどやめない様子だった。

「あ! エリザベス!」

銀時が不意に声を上げた。もはや田舎のような風景が広がる中、エリザベスがぽつんと立っていた。その白い巨体は、緑の背景にはよく目立つ。

『こっちです桂さん』

プラカードを出し、それを持ったままエリザベスは走り出す。しばらくすると、一軒の古びた家が見えてきた。本当に隠れ家という雰囲気だったが、巨体が二つ入っても余裕がありそうな広さを有している。
そこの前でやっと、全員の足が止まった。定春の上から銀時と新八は降り、神楽はモザイクまみれの桂を傘から落とす。早速草むらの方で胃の中のものをぶちまけだす彼を、エリザベスが介抱した。

「お邪魔するヨー」

ずかずかと神楽は入り込む。どうやら今までのことに悪気を感じていないようだ。厄介者だと思いつつも、銀時と新八も彼女に続き家に入る。遅れて、げっそりした様子で笑みを浮かべる桂とエリザベスも入ってきた。

「本当に端っこなんですね。もうほとんど田舎じゃないですか」
「ああ。なぜか近くにコンビニもあるから、なかなかいい場所だと思うぞ」

桂はそういって、どこかで拾ってきたのであろうテレビをつけた。ここまで電波届くんだと新八は感心する。
チャンネルをひねった。どこもかしこも、局長襲撃時より増した勢いで万事屋の報道を行っている。逃走したこともバレているようだ。情報提供を呼び掛けていると、花野アナがマイク片手に繰り返している。

「しかし、一体どうしたのだ銀時。俺がたまたま近くに出向いていたからよかったものの、あのままでは死ぬところだったぞ」
「だから知らねえってば。大方あの多串君が逆恨みしたんだろうよ」
「でも、僕たち本当に何かしましたか? 少なくともアリバイがあったわけですし……あ、あれ。アリバイ……」

尋ねかけて、新八が口ごもった。何事かと全員が彼に視線を向けると、彼は俯き冷や汗をだらだらと流している。思い出したのだ。あの、最大のミスを。

「……ぎ、銀さん、どうしましょう……」
「え? 新八、何かやったの?」
「土方さんたちが聞き込みに来たとき……レシート、間違って別の日の……渡しちゃったんです……」

銀時、神楽、そして桂のシャウトが響き渡る。エリザベスは『えぇぇぇ!?』とプラカードを掲げていた。

「お前それ……えぇぇ……」
「でも、それだけで私たちが疑われるのおかしいネ。みんな犯人見てるはずアル」

ごめんなさいと繰り返す新八を、珍しく神楽がフォローした。確かになと幾らか安心する銀時だが、桂がその会話を聞いて、あごに手を当てて唸る。

「だが、犯人が変装していたらどうなんだ……? 貴様ら、何か恨みを買われているのでは?」
「恨みなんて買われすぎてもうどうにもわかんねーよ! 俺達に変装だァ? ワン○ースみたいな展開御免なんだよ!」

だが、大方桂の意見は正しいだろう。新八は考えた。何らかの理由で万事屋か真選組、もしくはその双方に恨みのある者が、万事屋を装ってわざと人前で事件を起こす。恐らく目撃者の妙をはじめとする三人は、顔をよく見ていなかったのだろう。ただその特徴的な格好で、彼らだと判断した。――そう言える。
だが弁解のしようがなかった。証拠品は恐らく今頃は真選組によってさばかれているだろうし、彼らの証人となる者は不幸にも彼ら三人の中でしかいない。味方はこちらも絶賛指名手配中の桂とそのペットエリザベスのみ、安心など一ミリもできなかった。

「どーすんだよこれよぉ……」
「とにかく、何らかの手を打たなければなりません。……考えましょう」

全員輪になって、打開策を考え出した。だがボケ合戦になってしまったのは、言うまでもない。そして新八が喉をつぶしかねん勢いでツッコミをしたのも。


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