第弐訓 真実は己の目で確かめろA


「総悟が撃たれたって……どういうことだ!」

夜になってだいぶ経とうとしていた頃、近藤と談笑していた土方のもとにある知らせが舞い込んできた。沖田が何者かに撃たれ、現在ここではない別の病院で緊急手術を受けている。あまりに慌てた隊士が、近藤のいる部屋でそう報告したものだから、彼の耳にも届かざるを得なかった。

「総悟は……総悟は無事なのか!」

土方以上に心配し、彼は勢いよく上半身を起こす。だがすぐに他の隊士によって、傷口が開く恐れがあるためになだめられた。

「くそっ……」

土方は隊士たちに見張りを任せると、脱いでいた上着をひっつかんで部屋を出た。途中に浮かない顔で大量のパンを抱え込んでいた山崎を連れ、彼は沖田のいる病院へと向かう。
どうやらまだ、山崎はこの異変に気づいていないようだった。ただ訳も分からずパトカーを走らせる。尋ねようにも土方に話しかけづらく、彼は向こうから説明してくれるのを待った。だが土方は苛立っているのか、しきりに貧乏ゆすりをしては窓の外を見つめている。結局、何も教えてくれなかった。

赤いランプだけが点灯する暗い廊下で待たされるこの緊張感に、二度目になろうと慣れることはなかった。土方はパイプ椅子に座りながら、自分自身に苛立ちを感じていた。
完全に油断していた。局長の次は副長と思い込み、てっきり沖田を野放しにさせてしまった。その結果彼は狙われ、瀕死の危機になっている。自らの力不足を、ひしひしと感じた。

「……何が、あったんですか」

恐る恐る、ついに山崎は尋ねかけた。土方は不機嫌そうな反応を見せるも、沖田が撃たれたことを伝える。だが彼は、

「そんなことも知らなかったのかよ」

考えなしにそんな言葉が出てしまった。山崎はひどくショックを受けたが、無理もないとそれをあらわにすることはない。土方にとって近藤と沖田は一番近い身内のような存在であり、その二人が立て続けに命を落としかけたのだ。精神が錯乱するのも仕方がない。すみませんと、彼は小さく謝った。

あれから土方は一睡もしなかった。近藤の時より遥かに長い大手術だったが、彼は椅子に座ったまま微動だにしない。気を利かせた山崎が買ってきた水にも、一切口をつけようとはしなかった。死んじゃいますよと強く言うと、やっと一口それを飲んだ。
やっと赤いランプが消えた。その頃にはちらほら、手の空いた隊士たちが様子を見にやってきていた。まず最初に医師が出てくるのは、前の時と変わらない。
医師は絶対安静と言った。こちらも幸い急所は外れたが、出血がひどかったらしい。あと一分遅かったら彼は死んでいた。

「……そうですか」

ずいぶん疲れ切った声で、土方は答える。そしてそのまま、沖田の眠るベッドの横につき、一緒に病室へ入っていった。
落ち着いたら大江戸病院に移されるらしいが、それまではここも見張りをしなければならなくなった。奇数隊が近藤の見張りを、偶数隊が沖田の見張りをすることになる。土方は両方を行き来するが、今は傷の深い沖田の方を優先させるらしい。これは、近藤の希望でもあった。


沖田の事件は、すぐに露見されることはなかった。即座に対応した真選組によって幾らかの情報統制がされ、ただ狙撃されたことだけしか報道されなかった。それでも続けざまの大ニュースだ。同じ情報を何度も何度もテレビは繰り返し、チャンネルを変えても真選組ばかり。
万事屋でもそうだった。仕事を終え報道を見るのは夜となってしまったが、テレビをつけた瞬間のテロップを見て、彼らに衝撃が走る。

「沖田さんが……!?」
「あのサド野郎まで撃たれたアルか!?」
「おいおい、次は土方君が危ないんじゃないの……?」

銀時と番組のコメンテーターは、全く同じことを言っていた。局長と一番隊隊長が狙われた今、近いうちに副長も狙われるんじゃないか。いや、それは専門家であろうとそうでなかろうと、誰でも予測できることだった。

「もしそうなら、土方さんに伝えた方がいいんじゃないですか!? きっとあの人のことだから、近藤さんと沖田さんの心配ばかりして、自分のことをおろそかにしてしまうんじゃないでしょうか」

新八は銀時にそう言うが、彼はそんなことをする気は無いと言った。いくらアホでもマヨラーでもニコ中でも、それくらいは考えられるだろうと。そして自分が撃たれたら、真選組の統制がきかなくなることも知っているだろうと。
彼は自分の立場を理解している。うまくやってくれるだろうよと、あまり関わるつもりはないらしい。

「なんで助けないアルか?」
「アホか。下手に動いて犯人に仕立て上げられたらどうすんだよ」

あいつらのことだ、なんとかなる。銀時はそういうが、今回に限ってはあまり頼もしさを感じられなかった。


三日後、昏睡状態だった沖田はやっと目を覚ました。流石に三日三晩眠らないというのは体への負担が大きいため、時折隊士と交代しながら土方は仮眠をとっていた。だから沖田が目を覚ました時も、はっきりと呼びかけることができたのだ。

「総悟! しっかりしろ総悟!」
「土方さん……俺ァ……」

撃たれたことは自覚しているらしい。ここが病院だということも、すぐ気づいたようだ。「ヘマやらかしちまいました」と、病室の隅に立てかけてあった刀へ目配せをしながら彼は言う。まだ意識もはっきりしていないというのに、その目で見た犯人像を伝えようと彼は必死に口を開いた。

「……土方、さん……。やはり、俺らの考えに……間違えは……なかった」
「どういうことだ、総悟。言えるか?」
「ええ……。あいつです……チャイナ娘……万事屋のとこの」

消え入りそうな声だった。傷口の痛みから、あまりうまく話せないらしい。

「……暗くて、あまりよく……見えやせんでしたが……。間違いねェ」

彼を撃ったのは新八ではなくチャイナ娘――すなわち神楽。だとしたら、万事屋は――銀時は分からないが、二人はグルということになる。
すぐにでも逮捕に踏み切りたいところだったが、まだ銀時は行動を見せていなかった。もし二人を逮捕し逆恨みでもされたら、真選組崩壊の危機も十分にあり得る。彼の動向をじっくり探り、一気に三人とも畳み掛けたいというのが土方の思いだった。
だが同時に、彼は分かっていた。自分が今度は狙われる番だということに。しかし命を賭してまで、犯人を捕まえなくてはならない。その時からすでに、彼は囮になる意思を固めていた。

「……総悟。時間はかかるが、必ず捕まえてやる。待ってろ」

彼は山崎を呼びつけた。そして、彼がこれから起こそうとしている行動を全て近藤班の隊士たちへと告げるよう命じる。沖田班には、彼が直々にその思いを伝えた。

いいか。これから俺は町を一人で歩く。奴らは次に俺を狙うだろうから、俺自らが囮になろう。だが、何人かの隊士は隠れて俺を尾行しろ。何かあったらすぐに犯人を捕まえろ、場合によっては斬り殺しても構わない。

彼にしては珍しく慎重で、かつ大胆な行動だった。隊士たちは反対したが、異論は認めぬと彼はばっさり切り捨てる。結局それに従うほかなく、新たに土方班が作成された。その頃には沖田も大江戸病院へ移され、見張りは近藤班に少し加えたほどの人数でよくなったため、隊士たちにも余裕ができてきた。
土方は言った通り、わざとらしく町をほっつき歩いた。人気のない道、不良の溜まり場、ネオン街さえ堂々と行く。何度か万事屋の前も通り過ぎてみたが、異変は一切起こらなかった。だがこちらからの接触は避けるよう、彼らが寄りそうな場所にはあまり深入りしない。ただ自然体を装った。

それを一週間続けた。二週間続けたところで、何も異変が起きないことに彼は違和感を感じ始めた。だがそうこうしているうちに、近藤と沖田は退院し屯所へ戻る日になってしまう。本当は二人の傷、特に沖田はまだあまりよくない状況なのだが、病院より屯所の方が安全だろうと考えての早めの退院だった。
その日、移動中の二人を警備するついでに、土方は隊士たちを集めて会議を行った。犯行グループが姿を現さないのは、恐らく作戦に気づかれているからであろうと、彼は自分の意見を述べる。
そして彼は、ついに尾行させている隊士を外すことを決めた。もちろん危険すぎると反対されたが、前と変わらず彼の考えは変わらない。

「奴らはわざと、俺たちの前に姿を現している。今回も恐らく闇討ちとはいかないだろう」

そんな曖昧な根拠だけで隊士たちを説き伏せ、警備班の再編成をしたのち、会議は終了する。彼は煙草を吸おうと、ポケットを探った。だが入っていたのは空箱で、どうやら捨て忘れていたらしい。
彼はいい機会だと、一人で煙草を買いに行くことにした。心配そうに見送る門番をしり目に、彼は屯所から一歩、また一歩と離れていく。
こうして近くのコンビニで煙草を購入し、彼は周囲を警戒しながら帰路へ着いた。ここまでは何もない。早速一本口に咥え、警察にはあるまじき歩き煙草を彼はする。周りの目など今の彼には気にならなかった。

「……ん?」

ざっ、と誰かが立ちふさがる。屯所まであともう少しというところでだ。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。一度敗北した身、わずかな恐怖を感じてしまうのは仕方のないことだった。
ひらりと白い着物を翻し、侍らしく木刀をさしたその姿。まさしく――。
そう思う前に、銃声は響いていた。右の肩口に焼けるような痛みが襲い、気づいたときには腕を伝って地面に赤い滴が垂れていた。

「……くっ」

右手に力が入らない。剣を抜こうにも、どうにも痛みが抑えられなかった。
痛みに悶えているうちに、犯人はその場を走り去る。彼はそれを追うより先に、がたがた震える足で屯所へ向かった。

屯所へ着くなり、入り口付近にいた隊士たちが駆け寄ってきた。そこでふと緊張の糸が緩み、彼は隊士に身を預けるようにして倒れ込む。すぐに手当をと慌てる隊士たちに、彼は一つの命を下した。

「……今すぐだ。今すぐ、万事屋三人を指名手配しろ」




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