第弐訓 真実は己の目で確かめろ@


その後土方たちは、ついでと言っては何だが他の関係者にも事情を聞いて回った。だがどれも有力な情報は得られず、新八と間違えそうな人もどこにも見当たらなかった。各ポイントだけで上げるならば、例えば長谷川泰三でグラサンをしているから間違えたとか、ショートカットだからスナックすまいるのおりょうであったりとか。だが前者は背丈も服装も違うし、後者に至っては髪の色も性別すらも違う。
新八でないと分かった以上安心はしていたが、他の犯人を捜すのが大変であった。その間にも二人の携帯には捜査にあたる隊士たちからの連絡がいくつか来ていたが、やはり有力な目撃証言はないとのことだ。それを受けて現場近くの家も回ってみたが、不在だったり知らなかったりと、こちらも事件を難しくさせていた。
疲れ果てた二人は、病院に戻る前に力尽き、近くの公園のベンチに項垂れるようにして座った。喉が乾いていたが、自動販売機まで歩いていく方がよっぽど面倒で、結局何も口にしようとはしなかった。

「どれもこれも違いますね……」

山崎がため息をつく。

「やはり姉御の証言からすると、新八君以外ありえないということになるんでしょうか」

弱音を吐く彼を、土方は馬鹿野郎と一喝した。最初から信じていたのはてめェの方なんじゃなかったのかと、そう言った。
彼は警察手帳に挟んでいた新八の証拠――レシートを取り出す。

「こいつは立派なアリバイがあるんだ。幾らなんでも、レシートの偽装は簡単にでき……」

彼の言葉は突然切られ、沈黙が訪れた。それに違和感を覚えた山崎が「副長?」と心配そうに呼びかける。見ると、彼のレシートを持った手は小刻みに震えていた。目は見開かれ、休息のために咥えていた煙草がするりと口から滑り落ちる。

「……なあ、山崎……」

彼はレシートのある一か所を見つめながら、山崎に尋ねた。
今日は、何日かと。


依頼から帰ってきたあと、新八はついでに出しっぱなしだったレシートの整理を始めた。銀時は神楽の酢昆布を買いに行かされ、当の本人は残り少ないそれを大事そうに食べている。時折定春が横取りしそうになるため、たまに喧嘩へ発展した。だが新八が止めに入らなくても勝手に収まってしまうため、彼は一人黙々と机の上にレシートを広げていた。日付順に並べ、家計簿に記入していないものはそうしていく。
ラッキーなことに未記入のものはほとんどなかった。今まで彼がまめにつけてきたおかげだろうと、彼は自画自賛しつつ鉛筆を動かす。やっと最後の一枚を手に取ったとき、彼は「ん?」と首をかしげた。

「これ、昨日の……」

そう、彼は証拠として提示するはずのレシートを間違えた。思えば先程、時間を見たときに違和感はあったのだ。恐らくあれは、偶然にも同じような時刻にレジを通った先週のもの。
どうしようかと悩んでいる最中、神楽が定春の散歩に行きたいと言い出した。銀時をパシらせといてそれはないだろうと新八は心の中でため息をつく。

「ああ待って神楽ちゃん! あんまり暴れすぎると困るから、首輪をつけとかないと!」
「首輪なんていらないアル!」
「いるいる! 収拾つかなくなったらどうするの!」

確か銀時が散歩に連れて行くときに持っていた縄がしまってあったはずだと、彼は無造作にレシートをしまい押し入れをあさり始める。

「これ片付けとくヨー」

神楽は気を利かせたのか、レシート入れと家計簿を元の場所へしまいにいった。彼は生返事でよろしくと頼むと、あれでもないこれでもないと、まるで慌てた猫型ロボットのように押し入れのものを外に放り出す。やっと縄を見つけたときには、随分と部屋が散らかってしまっていた。
神楽と定春が散歩に出て、残された彼は一人でその片付けを始める。その時にはもう、彼の頭からはレシートのことなんてすっぽりと抜けてしまっていた。
それが、最悪の事態を招くことになるなどとは知らずに。


土方は日付を聞くなり、無言で山崎にレシートを手渡した。たった今日付のことを尋ねられたばかりだから、彼の目は自然とそれをとらえる。
一秒、二秒、三秒考えて、彼はやっと気づいた。反射的に驚きの声を上げていた。

「こ、これ……先週のじゃないですか!」
「……一体どういうつもりだ、あいつは。捕まえてくださいって言ってるようなモンじゃねェか」

土方の目が鋭く光る。
どうするんですかと、山崎は尋ねた。すると彼はすっと立ち上がり、「帰ェるぞ」と低く短く言う。
過去のことや、局中法度“万事屋憎むべし ただし新八君には優しくすべし”から何とかならないものかと尽力してきたが、もう我慢はできなかった。その行為は、そんな彼の努力を踏みにじり、おちょくるようにしか受け取れなかったからだ。
彼は山崎が必死に新八のフォローをしているのも聞き流し、ただ無言で病院に向かった。だが門の前で彼はぴたりと止まり、ひっきりなしに考え直すことを頼み込む山崎の方へ振り返り、冷たい目でただ一言だけこう言った。

「お前は近藤さんより、眼鏡のが大事か」
「……!」

どことなく悲しそうなその声に、山崎は黙り、立ち尽くすばかりだった。

近藤の病室へついた土方は、沖田を別室に呼び代わりに他の隊士を見張りにつかせた。随分と回復したようで、笑顔で隊士たちと会話をする彼の姿が見えた。そのすぐ隣の部屋で、神妙な面持ちで二人はいる。

「どうしやした、土方さん」
「……総悟。志村新八を洗え。徹底的にだ」

その言葉を聞いた沖田は、ふっと笑った。「やはりあいつが犯人でしたか」と、まるで分かりきったような口をきく。
彼は情で動くような奴ではなかった。先程は動乱時の事実を受け、出ていく土方たちをそう強くは止めなかった。だが彼自身色々考え、近藤の傍についているうちに考えが固まったのだろう。もう、新八を――万事屋を信じる気は無いと。
この世で最も尊敬し信頼する人物を撃たれ、彼の中に怒りがあった。その証拠に、いつもはにやにやとサディスティックな笑みを浮かべる彼が、それ以降はずっと眉間にしわを寄せていた。

「別に構いやせんが、そういうのはザキ達監察の仕事なんじゃねェんですかィ?」

彼が尋ねると、土方は口に煙草をくわえ、マヨネーズ型のライターでそれに火をつける。ふうっと息を吐き出してから、「あいつは」と切り出した。

「あいつは志村新八のことを信じている。そんなことはねェと思うが、ひょっとしたら証拠をもみ消しちまうかもしれねェ。そうでないにしろ、いつも通り動くのは無理だろうよ」
「それで、信用のしの字もねェ俺に頼んだと」

頷く土方を見て、彼は分かりやしたと即答した。もう日はほとんど沈みかけているが、彼は行動に移すつもりらしい。土方は隣の病室へ、そして沖田は病院の玄関へと歩いていく。
カツカツと、廊下を踏み鳴らす革靴の音だけが鳴り響いた。

部屋の戸をがらりと開けた土方は、隊士たちに交代の意を告げた。彼らはそれに素直に従い、すぐに部屋を出ていく。

「大丈夫か、近藤さん」
「トシ。総悟はどうした?」
「ああ、あいつはちょっと風に当たってくるってよ」
「そうか」

昨日から働きづめだからなと、近藤は申し訳なさそうに目を伏せた。


沖田は鋭い目で前を見据えながら、ポケットに手を突っ込んで歩いていた。彼が醸し出す威圧感に人々は驚き、誰もが通りすがりに彼を横目で見る。病院を出て門に差し掛かったとき、門番をしていた隊士が挨拶をしようとした。しかし、彼のその表情を見て、何も言えなくなってしまう。
病院前に立ち尽くしていたはずの山崎は、もうどこかへ行ってしまったらしい。泣きに行ったか、寝返りに行ったか。いずれにせよ沖田には関係のない話だ。
何かあれば、斬るつもりだった。幾ら旦那と呼んで慕った銀時も、地味ながら好青年の印象があった新八も、何かとつっかかってきては喧嘩になった神楽も、全て。一歩間違えていたら、近藤は死んでいた。刀に手が触れるたび、怒りは沸々と湧いてくる。
彼はわずかな夕日に顔を照らされながら、長い影を携え、万事屋への道を歩いた。大江戸病院からそこまではなかなか遠いが、今の彼に疲れは感じられない。
日が沈み、夜になった。立ち並ぶ家々に明かりが灯り、道はわずかに帰宅する男が歩いているばかりだ。そんな寂しげなところでも、彼は表情一つ変えずいる。
ふと、彼の足が止まった。

「何の用でィ」

尋ねるが、目の前の人物は口を開かない。

「悪ィが今はお前に構っちゃいられねェんでィ。……いや、正確に言えばお前も含むか」

彼はその時、わずかな笑みを浮かべて目を閉じた。だが、何かを構えるような音に、彼は即座に顔を上げた。見れば、月明かりに照らされてきらりと光る銃口が、真っ直ぐ彼を見据えている。

「……やっぱりか」

陰はためらいもなく引き金を引いた。それは彼の脇腹へ命中し、ずしんと衝撃が来て、後ろに倒れそうになるのを何とか踏ん張る。

「へ……そうかィ……」

続けざまに二度、銃声が鳴り響く。彼の両足に風穴があき、今度こそ彼は地面に仰向けに倒れ込んだ。陰はそんな彼を見て笑うこともせず、ただ無言で作業を終えたかのごとく、その場を去る。
銃声に気づいたのであろう。家からひょっこり顔を出した若者が通報し、彼はすぐに病院へと搬送された。


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