第壱訓 青天の霹靂B


「新八君が……やったと。確かにこの目で見たと……」

山崎は声を震わせた。彼もまだ信じられず、受け入れられていないようだった。同じ地味キャラとして親交があった分、近藤を撃った犯人として見るのは辛く、複雑だった。彼はばっと顔を上げ、そして目に涙を浮かべながら土方にすがった。

「でもきっと見間違いです! 新八君がやるはずなんてない、これは何かの間違いです! 副長、信じてください!」
「……山崎」

だが冷酷にも、彼は言った。新八には、動機が十分あると。

「あいつはシスコンだ。そして近藤さんは、その大好きな姉のストーカーだ。志村妙にこれ以上危害を加えさせまいと殺そうとしたのならば、ありえない話じゃねえだろう」

だが、と彼は窓の外を見た。近藤の部屋とは違いカーテンは開け放たれていて、ひがな薄明りばかり見つめていた彼にとっては少し眩しすぎたようだ。目を細め、他の隊長たちが彼の動向をじっと見つめる中で、彼は言葉を続けた。

「そんな手を汚すようなまねをするような奴じゃねえことぐれェ知ってる。もう一度他の目撃情報がないか徹底的に捜査しろ。それから総悟、お前は近藤さんについてろ」
「土方さんはどうすんですかィ」
「決まってんだろ。万事屋に行って、直接話を聞いてくんだよ。おい山崎、お前ついてこい」

彼がそういうと、途端に先程とは打って変わって明るい返事が返ってきた。くるりと扉の方を向き、外へ向かって歩いていく。だがそんな彼の肩を掴み、沖田は止めた。

「待ってくだせェ。土方さん、あんた死ににいくようなもんじゃありやせんか」

不機嫌そうに振り向いた彼を、沖田は鋭い眼で見据える。

「忠告したばっかですぜ。近藤さんが狙われた今、その一つ下のあんたが狙われても何らおかしくないと。それに、最重要人物に直々に会いに行って、殺されたらたまったもんじゃありやせん。旦那方とは昔から親交があるとはいえ、その素性は掴めちゃいねェ。言い換えれば最も危険なんでさァ」

彼の言うことも一理あった。彼の言う通り、確かに昔から何かと万事屋とは関わることが多かった。だが、互いに酒を酌み交わすような仲ではない。むしろ酒の掛け合いから戦争にまで勃発しそうなくらい、ライバル心を燃やしている。もちろん本気で殺そうなんぞと馬鹿なことを考えている連中ではないことは分かっているが、彼らの詳しいことなど知らない身である。それに、元過激派現穏健派の攘夷志士桂小太郎との密接な関係もあることから、特に銀時は攘夷志士の疑いもかけられている。もしそうであるなら、近藤を殺すために部下を使ったのだ、と卑劣なことも考えられなくはない。

「だが仮にも、俺らはあいつらに一度助けられた身だ。そこまで疑ってかかる必要はねえんじゃねえのか」

土方がそういうと、全員がもうずいぶんと前のことを思い出した。真選組内で動乱が起きたとき、万事屋三人はヘタレオタクトッシーと化していた土方を元に戻し、暗殺されそうになった近藤を救った。その事実がある以上、本当は沖田自身彼らを疑いたくはなかった。だから、彼も真実を知りたがった。
結局それ以上は引き留めず、土方は山崎を連れ病院を出て行った。残された沖田たちは即座に持ち場へ戻り、気持ちを切り替えて警備に当たった。


一方の万事屋では、新八が疑われているなんてつゆ知らず、またいつもの日常生活を送っていた。今日は特に仕事が入っていないので、銀時は昔のジャンプをあさって読み始め、神楽は酢昆布を食べながら昼ドラを食い入るように見つめていた。昼食も終え片付けも済ませた新八は、朝に干した洗濯物が乾いているかどうかを確認しにいく。
そんな彼らのもとに土方たちが訪れたのは、昼ドラも終わり、ジャンプを読むのにも疲れ、取り込んだ洗濯物を新八が丁寧に畳んでいるところだった。
チャイムには、暇そうにしていた神楽が出た。厳密に言うと行かされた。ソファの上で銀時は怠いと言って、新八は手が離せないと言ったからだ。

「はいはーい、新聞はお断りですヨー」
「新聞じゃねえよ。万事屋と眼鏡はいるか」
「何、マヨラーとジミーじゃないアルか。銀ちゃんたちならいるアルよ」

さらりと彼女は、特に山崎には痛い言葉を言った。二人とも若干苛立ちながらも、動揺は見せまいと平静を装った。「銀ちゃーん、マヨラーとジミーが来たアルー」二度も言うなよと心の中で呟きつつ、とりあえずは主である銀時の返答を待った。
しばらくして、充血した目をこすりながら彼が現れた。

「何でそんな眠そうなんだよ」
「だって朝からジャンプ読んでたし」

よくこんな駄目人間が人気投票一位なんぞを獲得しているものだと、第三回では二位に上り詰めた土方は心の中で毒づく。

「で、何の用ですかー?」
「ああ、実は昨日の話でな。ちょっとてめェらに話を聞きたい」


ジャンプが散乱していたリビングは新八の手によって片付けられ、土方と山崎が座るソファの向かいに、銀時と神楽は座った。新八はお茶出しやら色々するため、席に着くのは少し遅れる。

「率直に聞こう。お前ら、昨日の午後一時頃、何をしていた」

土方が尋ねる横で、山崎は手帳にメモを取っていた。
だがそう真面目に話を切り出しても、銀時は納得がいかない様子だった。「何、俺らのこと疑ってんの?」と、明らかに不機嫌そうな表情で、身を投げ出している。だらしなくソファに座り、横でなぜか正座をしている神楽がいくらかまともに見えた。だが彼女も頬を膨らませ、自分たちがやるはずなんてないと主張していた。
だが土方は冷静に、そして的確に事を進める。

「近藤さんと志村妙の証言から、恐らく犯人は顔見知りであると踏んでいる。本当は俺達もお前らが犯人なんざ思っちゃいないが、情は事実にはならねえ。お前らの容疑を晴らすためにも、しっかり話をしてほしい」

珍しく喧嘩腰でない彼のその姿に、二人は微妙な返答しかできなかった。そして渋々と言った感じだったが、まずは銀時が話し始める。ちょうどそのころ、新八はお茶を並べ、お盆を手に持ちながら横に座った。

「俺は午前中に買ったジャンプをずっと読んでたんだよ。証人なんざ、寝ぼけた女と犬ぐらいしかいねえがな」
「そうアル、私昨日定春とお昼寝してたネ」

こいつらは本当に働いているのかと不安になりつつ二人はその話を聞いていた。そして話は問題の、新八へと移る。

「新八君、君は昨日、何を?」
「僕は買い物をしていました。本当は昨日姉上が料理を作るとか言い出したので、阻止するために早めに帰ろうとしていたんです。それで、昼食を終えたらすぐ出ていきました」

ほうほうと頷きながら、山崎はメモを取る。と、土方が彼の方へ身を少し乗り出した。

「証拠はあるか?」
「え、し、証拠ですか? ……うーん……あっ、レシートがあります。ちょっと待っててください」

そう言って新八は立ち上がり、いったん奥の部屋へ消えた。再び戻ってきた彼の手には、家計簿らしきノートと大量のレシートが入れられた箱が握られていた。彼はそれを机の上に置くと、一番上に無造作に入れられていた一枚のレシートを手に取る。銀時はその光景を見てなぜか新八に謝罪の言葉を述べていたが、彼は気に留めずそのレシートを土方に差し出した。

「大江戸マート……現場とは真逆か……。時刻も十二時五十三分……」

新八にはアリバイがあったと、そう認められた瞬間だった。山崎は思わず喜びの声をあげかけて、直前でそれを抑え込んだ。危なかったと、息をつきながら手帳を閉じる。

「よし、分かった。これは証拠品として預かっておく。ご協力感謝する」
「え? 終わり? 俺らの疑い晴れたの?」
「多分な。邪魔したな、万事屋」

土方と山崎は出されたお茶を丁寧に飲み干し、それを置くと同時に立ち上がった。さっさと家を出ていく彼らの背中を三人はただ呆然と見つめ、挨拶も交わすことなく扉は閉められた。

「何アルかあいつら! 疑っといてごめんの一言もないアルか!」
「なんか、意外とあっさり帰っちゃいましたね……」
「まあ、疑いが晴れただけいいんじゃねえの?」

今の時間はなんだったんだと言わんばかりに、アリバイ調べは終わってしまった。新八は湯呑を片付けに行き、神楽はまた酢昆布を口に放った。
と、不意に電話が鳴り響く。それには銀時が応対した。

「はい、こちら万事屋でーす。……え? 何、飼い猫の捜索?」

彼が話を終え、受話器を置いた時から、三人のスイッチは日常モードから万事屋モードへと切り替わっていた。

「かぶき町三丁目の鈴木さん家の飼い猫の捜索に出動だァァ!」

彼が声を張り上げると、新八と神楽は嬉しそうに「オー!」と声を揃えた。
彼らは早速、その飼い猫探しの仕事へと向かったのであった。


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