第壱訓 青天の霹靂A


「姉御、大丈夫ですか? 安心してください、近藤さんは生きていますから」

屯所の一室で、妙は三人ほどの隊士たちに囲まれ事情聴取を受けていた。隊士たちは彼女のことを、姉御と呼んで慕う。しかし、いつもは男顔負けの強さを見せる彼女が、今日は別人のようになっていた。そのことに隊士たちは戸惑いを隠せず、どう取り調べを進めていいのかも分からず混乱していた。

「……姉御、犯人について、何か……」
「…………」

挙句の果てにすすり泣く彼女を見て、隊士たちは困惑の表情で黙り込んだ。


手術はあれから数時間にも及び、その間土方たちは水も飲まず手術室の前でずっと待っていた。ちょうど時計の針が六を差した時、赤々と光っていたランプが不意に消灯した。いち早く気づいた沖田がばっと立ち上がり、それに続き全員が扉の方へと目を向ける。少しすると、手術室の扉が軋みながらゆっくりと開きだした。最初に出てきた医者が、まず近藤の状態を告げる。

「命に別状はありません。ですが傷が深いので、安静が必要となります。今は麻酔のせいで眠っていますが、早ければ明日にも目が覚めるでしょう」

語尾を遮るように、ガラガラと車輪の音が近づいてきた。土方と沖田が、真っ先に近藤の眠るベッドへ駆け寄る。

「近藤さん!」

彼の顔色はそう悪くなく、普段の睡眠時と変わらないような表情をしていた。ありがとうございますと、隊士たちが口々に医者に礼を言う。そこでやっと緊張の糸が解け、沖田もどことなく安心したようにかすかな笑みを浮かべた。

「……おいお前ら」

土方の声に、歓喜していた隊士たちは一斉に黙って彼の方を向いた。

「近藤さんを狙った奴はまだ捕まっていない。また狙われる可能性も十分にあるということを忘れるな。今から見張りの班を分ける。ここにいない奴らにも伝えておいてくれ」

彼の切り替えは早く、早速最悪の事態を招かぬよう指示を出し始めた。隊ごとに病室前や病院前の見張りや時間帯を振り分け、土方自身は指揮のためと、それから不測の事態に備えてほぼ一日中近藤のもとに付き添うことにした。ちなみに監察はミントンをする恐れがあるので、屯所との連絡及び土方のパシリの役割をする。
そして早速、隊士たちの夕食を買うため、山崎は病院内の売店へと向かった。

近藤の病室にはカーテンがひかれ、まだ夕方だというのに真っ暗だった。枕元の電気だけが薄明るく光り、二人の顔を照らした。

「土方さん」

不意に後ろから声をかけられ、振り向けば、そこに沖田が立っていた。いつもより少し目を細めて、ポケットに手を突っ込みながら彼は言う。

「あんたも気を付けた方がいいんじゃないですかィ」
「……どういうことだ?」
「そのまんまの意味でさァ。近藤さんが狙われたってこたァ、必然的に副長のあんたにも目が向くでしょう。……土方さんもしばらく、ここから出ねェほうがいい。見張りは俺が何とかしやすから」

いつもは土方を殺すことばかり考えている彼の、そのいつになく優しい言葉に、彼は何とも言えない表情をした。「……まあ、頼む」と、彼はどうもすっきりしない返事を返した。


その日の夜新八は、誰もいないだだっ広い家に一人でいた。食事をしても美味しくないし、風呂に入っても落ち着けないし、布団に入っても眠れない。ただただ、妙のことが気がかりだった。
テレビをつければ、どのチャンネルも今日の事件のことでいっぱいだった。偉そうにふんぞり返ったコメンテーターたちが、事件の洞察をあちこちで述べている。中には目撃者の女性が犯人だという者もいて、彼は思わずテレビをぶん投げるところだった。

「姉上は犯人じゃない……姉上が犯人なわけない!」

目に涙を浮かべながらそう繰り返し、自分に言い聞かせる。それで一時は落ち着いても、またぶり返しては言い聞かせの繰り返しだった。
おかげで眠れやしなかった。一睡もできず、ぼうっと天井を見つめるだけで朝日が昇った。妙が帰ってくる気配も、真選組からの連絡も一つも来なかった。もしかしたら万事屋のほうに届いているのかもしれないと、彼はその日いつもより早めに家を出た。

万事屋につくと、いつものように鍵は開いていた。彼は「おはようございます」と挨拶をしながら、草履を脱いで家に上がる。もう八時はゆうに回っている頃だったが、銀時も神楽もパジャマ姿で、よりによってリビングのソファに寝そべってすやすやと眠っていた。

「もう……銀さん、神楽ちゃん。起きてください! もう朝ですよ!」
「んー……? あれ、新八早くね……?」
「眠れなかったんですよ。それより銀さん、何か土方さんたちから連絡はありましたか?」

尋ねると、夜中に一度だけ沖田から連絡があったことを教えてくれた。内容は近藤の手術が無事終わったとのことだけで、妙については何も言わなかったらしい。安心する一方、新八の表情は曇った。

「しかしよ、何でお妙は犯人をひっ捕らえなかったんだろうな?」

銀時の言葉の意味が分からず、新八は聞き返した。

「ひっ捕らえるって……相手は拳銃を持っているんですよ。いくら姉上でも、それは……」
「いや、ひっ捕らえるには無理にしても、普通犯人のことが語れねーくらい怯えるかな。だってアイツ、ダークマターとか平気で作ったり、チュパカブラス平気で大量殺戮するような奴だぜ?」

確かに、と新八は頷く。
妙はどんな大男や天人を目の前にしても、強気でいられる人物だ。今回の件だって、近藤が撃たれたことを除けば、怯える要素など何もない。別に危害を加えられたわけでもないのだ。
だがそこまでヒントを出しておいて、銀時自身犯人像は浮かび上がっていないといった様子だった。どうやらただ単に疑問点を述べただけらしい。
テレビをつけると、相変わらず報道していることは昨日と何も変わり映えがしなかった。そういえば近藤は真選組の局長、いわばある意味有名人だ。身近にいたからあまりそのような感じはしなかったが、一般市民からとってみれば大々的なテロに違いない。

「犯人は攘夷志士である可能性が高いとの見方が、専門家の意見として多いようです」

その言葉で締めくくられ、画面が切り替わった。あれからずっと取材を続けていたんだろう、疲れ切った表情の結野アナが朝のお天気コーナーに顔を出した。


事件から丸一日が経ち、大江戸病院には頻繁に出入りする真選組の姿が見られた。恐らく新たに病院内の見回りも増やしたのだろう、その異様な光景は患者たちの目を惹いた。
近藤の病室は、他の患者とは離れたところにあった。扉の前には常に二人の隊士が立っているから、場所はすぐに分かる。元々四人部屋のところにぽつんと一つだけベッドが置かれているために、部屋は広々としていた。
土方は上着を脱ぎ、山崎が買ってきたあんパンを頬張っていた。昨日からあんパンと牛乳しか買ってこないので、彼は半ば怒りを表しながら別のを買ってくるように頼んだ。だがどうやら他の隊士は隊ごとにリクエストしているようで、今朝沖田が嫌味のように焼きそばパンを食べながら部屋に入ってきた。あんパンも焼きそばパンも大して変わらないのに、怒りが沸々とこみあげたのを思い出す。
それも食べ終えて一息つき、することもないのでぼうっとその場に座っていた。と、不意にかすかな唸り声がした。飛びかけていた意識を戻し、飛びつくように近藤の顔を覗き込む。

「……ん……」
「近藤さん!」

この瞬間をどれほど待ちわびたことであろうか。やっと近藤が、目を覚ましたのである。

「分かるか近藤さん。俺だ」
「トシ……ここは……俺は一体、どうなって……」

まだか細い声であったが、意識もだんだんはっきりとしてきた。ただ体を動かそうとすると痛みが走るようで、時折苦笑いのように顔をしかめる姿が見られた。

「昨日あんたは撃たれたんだ。何か覚えていないか?」

近藤はうーんと唸り、曖昧な記憶を何とか思い起こす。そのために、一つ一つの行動を彼は口にした。

「町を歩いていたらお妙さんを見つけて……走っていたら、突然激痛が襲ってきて……」

彼は病院に搬送された時点では意識を失っていた。もしかしたら、何も有力な情報が得られないかもしれない。何か覚えていてくれと心の中で願いつつ、土方は彼の次の言葉を待った。

「そういやあ……お妙さん、腰を抜かしていたな。何か言っていた……確か……“嘘”“信じられない”……」
「……信じられない?」


近藤が目を覚ました。その報告のため、別室に隊長格の人間が土方のもとに集まった。一旦近藤の見張りは一番隊の隊士が行い、その時だけ病室前の見張りの人数を増やす。
土方は初めに近藤について報告をしたあと、「これは俺の考えなんだが……」とある話を切り出した。それは、近藤が言ったお妙の発言からのことだ。

「志村妙は、どうやら犯人を見て“信じられない”などという発言をしたらしい。恐らく犯人は、志村妙と顔見知り以上の関係がある」
「それ、どういうことですか?」

十番隊隊長の原田が尋ねる。

「もし犯人が他人なら、そのような発言よりまず悲鳴を上げるだろう。だが知り合いだとすれば、誰でもショックを受けるに違いねえ。まさかこんな人だったなんて、といった具合にな」

彼はすぐに、言葉を付け足した。

「これはあくまで俺の考えに過ぎねえ。証拠も少ねえから、肯定も否定もできないがな」

そうはいうものの、隊長たちは彼の意見に納得している様子だった。特に妙と関わったことのある沖田は、彼女の性格から考えても土方の言うような行動を見せるだろうと思っていた。

「洗いやすか」
「ああ、頼む。それと、近藤さんの見張りは怠るなよ。見舞いも断っとけ」

了解の声が揃い、いざ持ち場へと散らばりかけたその時、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。そこには開きっぱなしの携帯電話を握りしめた、山崎が立っていた。

「副長!」
「うるせえな、もっと静かに入れ!」
「姉御が犯人と思われる名を口にしたそうです!」

土方の語尾を遮って、彼は強くそう言った。その場にいた全員が動きを止め、彼の方を見る。だが彼はそんな視線も気にせず、事情を説明しようと口を開いた。だが言葉が詰まって出てこない。言ってしまっていいんだろうかと、今更になって彼に迷いが生じた。

「おい山崎。早く言え」
「……はい……いえ、でも……」

散々ためらった挙句、彼は意を決した。下唇を、ぎゅっと噛みしめながら。


一晩経ってだいぶ落ち着いたのであろう。妙は昨日より澄ました顔で、事情聴取に臨んでいた。一つ一つの質問に、ゆっくりながらも答えていく。だがやはり、核心に迫ると彼女は俯いた。手を震わせ、やがて机に滴が落ちる。

「姉御、休みますか……?」
「……いえ、いいんです。……でも、やっぱり信じられない」

彼女は顔を両手で覆い、そして、言った。

「新ちゃんが……新ちゃんがあんなことするなんて……信じられないんです」

そこまで言い切ると彼女は、今までで一番ひどく泣きじゃくった。


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