第肆訓 怒りは案外すぐに静まるもんだからそう焦るなA


山崎の手術は無事終わり、順調にいけば完治までにはそう時間を要さないと告げられた。ただし、絶対安静が条件だと医者からは念を押される。彼の見張りは、隊士二名ずつで交代しながら行うことになった。

一方、新八は目を覚ましてから、驚くほどの回復力を見せていた。三日もすれば元気に話せるようになっていたし、厠くらいまでなら普通に歩くことができる。この様子なら、早めに退院して自宅療養をしても問題はないだろう。調査や見張り、パトロールなどで真選組の隊士たちも相当疲労が溜まっている。減らすことのできる仕事はなるべくそうしていきたいというのが本音だった。
その旨を土方が説明すると、彼らはすんなりと頷いてくれた。見張りは妙と神楽で厳重にやってくれるそうで、それなら安心だと誰もが素直に思う。銀時は一応万事屋の仕事があるから、四六時中とはいかないが、なるべく協力するらしい。

そして更に二日後、彼らは退院した。家までは真選組が送ってくれるようで、新八ら四人は病院の入り口でパトカーに乗り込んだ。

「それじゃあ安静にしてくだせェ。あとあんま外出ねェで下せェよ」

見送りしてくれた沖田の言葉に、銀時は「わぁったわぁった!」と投げやりな返事を返す。彼はとにかく早く帰りたいようだ。彼もこの五日で、随分いつもの調子を取り戻していた。真剣みのある彼もいいが、いつものちゃらんぽらんな体のが彼らしくて安心する。
四人を乗せたパトカーは病院を出発し、行き慣れた様子で恒道館道場への道を進んだ。いつも近藤を迎えに来るからだろうか。やけに自然すぎて、逆に違和感を覚える。

十分ほどで家の門が見えてきて、固く閉じられたその場所の前でパトカーは止まった。彼らは運転席に座る隊士に礼を言って、さっさとパトカーから降りる。それが去って見えなくなって、初めてほっと胸をなでおろした。

「さ、早く入りましょ。新ちゃん、卵焼き作ってあげるからね」
「いや姉上、それは結構です、僕今お腹いっぱいなんで!」

四人は薄く開いた門から中へ入り、新八に歩調を合わせながら玄関へ向かう。他愛もない会話、普段通りの笑顔――なんて幸せなんだろうと、一人一人は自覚する。

事件は全て警察が何とかしてくれるだろう。元々自分たちは善良な市民なわけで、新八が襲われたのも偶然で不運だったと言うほかない。町を歩けずとも、ただ幸せな空間が作られていればそれでいい。

自分たちの一時の非日常は、これで終わりを告げた。


数日ほど遡(さかのぼ)る。
手術を終えた山崎が意識を取り戻したとの情報が入り、屯所にいた近藤ら三人は急いで病院へ訪れた。近藤は心配していたからだが、土方と沖田は少し違った思惑を持っている。山崎は恐らく、殺人鬼の姿をはっきりとみていることだろう。彼の証言一つで事件は更に進展するに違いない。今は左利きで身体能力に長ける人物を絞り込みつつあるが、身長が大体確定すればこっちのものだ。一刻も早く事件の収束を望む彼ら。足は自然と早くなっていた。

「山崎」
「あ、副長。局長、沖田隊長も」

意外とけろっとしていた彼の姿に、三人は少し気が抜ける。まあ、戦った時も意識があったというのだから、少なくとも新八よりは傷がマシだったんだろう。

「ザキ、大丈夫か?」
「ええ、何とか。新八君の方はどうなんですか?」
「あいつはもう少ししたら退院だ。ところで山崎、お前犯人の姿を見たか?」

余計な話をさらりと流し、土方は早速本題に入る。山崎は唐突な話の転換に一瞬驚いた素振りをみせたものの、すぐに気持ちを切り替えた。必死ではあったが、確かにこの目で見ていた犯人の姿を一つ一つ思い出していく。

「格好は、真っ黒なローブに黒い靴……確か、仮面を被ってました。左で刀を持っていたので、左利きかと思われます。身長はたぶん副長くらいです。男か女かは分かりませんが、力の強さから言って男かと」

彼と新八の『左利き』という証言が一致しているから、犯人は同一人物とみて間違いない。あとは彼の証言と、アリバイをもとに捜査を進めていく。怪しい人物の候補は何人か挙がっているから、解決にはそう時間を要さないだろう。土方は顔には出さなかったが、心の中では勝ち誇るような笑みを浮かべていた。

「ご苦労だったな。お前も早めに退院させて屯所に戻ることになるが、それでもいいか?」
「俺は構いませんよ。俺一人のために隊士を動かすわけにはいかんでしょう」

そう言って苦笑する山崎。隊士たちがあまりの忙しさに辛い思いをしているのは、自身がその立場だからこそよく分かる。

「犯人の目星はついてるんですか?」
「大体な。これからアリバイ調べに行ってくる」
「ホントですか!?」

思わず声を張り上げてしまい、目を丸くする近藤と土方を見て、山崎は申し訳なさそうにしゅんとした。それでも、嬉しくてたまらない。もうすぐ事件が収束するのかと思うと、気持ちは抑えきることができなかった。

「その様子じゃ、明日か明後日にゃここを出れるな。荷物まとめとけよ」
「荷物も何も、着の身着のままなんですけど……」
「それじゃ暇するだろィ。暇つぶしの道具でも貸してやろうか?」

唐突に、今まで黙っていた沖田が口を開いた。土方を押しのけて山崎の真横に立ち、懐を探る。彼は取り出したものを山崎の手に握らせて、

「これを心行くまで殴ったり破ったり釘を刺したりするといいぜィ」
「それ俺の写真じゃねえか!!」

病院だというのに、土方は思い切りシャウトする。沖田が差し出したのは土方の写真で、本人を目の前にそれをためらいもなく真っ二つに破り捨てた。終始戸惑う山崎と、喧嘩になった二人をなだめる近藤。

少しずつ、真選組にも日常が戻ってきた。


「……あれから一週間、か。お妙さん元気かな」

屯所でぽつりと呟いたのは、近藤だった。山崎は新八が退院した翌日に屯所へ戻り、今日でその日からちょうど一週間になる。今は土方を中心に捜査の最終段階へ入っているが、なかなか逮捕には踏み切られずにいた。どうやら、完璧なアリバイがとれずにいるらしい。それでも怪しい者は大体屯所に身柄を置いているため、これ以上の事件は起きないだろう。一週間前はやつれていた隊士たちも、徐々に元気を取り戻してきていた。

「あれから万事屋はどうなったのか、知ってるか?」

彼は後ろを振り返り、そう尋ねかけた。

「いえ、俺は何も」

地味な色の着流し姿で布団の上に座る、山崎が首を横に振った。その流れで、布団の傍で胡坐をかいている土方にも視線を向けたが、彼も「知らねぇ」と素っ気ない言葉を返す。彼らとは極力関わりたくないというのが彼のスタンスで、そもそもこの一週間、あまりの忙しさにそんなことを気に留める暇もなかった。近藤の言葉で思い出したくらいだ。

「新八君元気かなぁ……」
「心配なら見てこいよ山崎。そろそろ歩けんだろ」
「そんな無茶な。まだ傷が治ってませんし、それに……何か、気まずいっていうか」

彼は歩くことはできたが、まだいつものように活発に動き回ることはできなかった。実は今日も少し竹刀を振ろうとして、案の定背中に激痛が走って休まされているところだ。
しょんぼりと肩をすくめる彼を見て、土方と近藤は頭上に疑問符を浮かべる。

「気まずい? 何かあったのか?」

近藤の問いかけに、山崎はこくりと頷く。

「ええ……かくかくしかじかで、旦那にブチ切れられまして」

あの一件以来、銀時はおろか病室にすら近づいていない彼。自分の言葉選びや態度が悪かったと反省はしているが、どうも面と向かっての謝罪がしづらい。結果として自分もこんなことになって、タイミングも逃してしまっていた。

「なら余計行くべきなんじゃねえのか?」
「でっ、でも」

銀時はそんなことを引きずるタイプではないと分かっている。だが、状況が状況だっただけに、余計な不安が募るばかりだ。
彼がためらっていると、土方の後方の襖がすっと開いた。

「じゃあ俺が行きましょうか?」

立っていたのは神田だった。手にはお盆に載せられた、湯気の立つ三つの湯呑。気を利かせて茶を持ってきてくれたようだ。三人にそれを配ったあと、彼は言葉を続ける。

「俺を介しての謝罪なら気楽でしょう。一度万事屋に行ってみたいっていうのもありますし」
「あっ、いや、だったら俺が行くよ。やっぱり勇気出てきた」
「そうか、クスはまだ万事屋に行ったことないのか。頼んだらどうだ? ザキ」

立ち上がりかけたが、近藤の言葉に動作を止める。

ここで“是が非でも自分で行く”と無理に押し通せば、俺は何か大人げない奴になるんじゃないのか……? ああ、でもこいつにだけは……んー。

二つのプライドが彼の心の中で葛藤している間に、話は勝手に進んでいった。土方が行くだ行かないだとか、近藤が仕事を休みたいだとか色々絡み合っていたが、最終的に神田が一人でパトカーに乗って行くことになったようだ。
そうと決まれば行動は早く、山崎の枕元に置いてあった盆もそのままに、神田は襖を開けてさっさと部屋を出てしまった。喜んでいるのだろうか、小さくなっていくのは駆け足の音だ。近藤は微笑ましそうに見ていたが、山崎は面白くないようにふてくされていた。

「俺ァちょっとマヨと煙草買ってくる」
「おう、気を付けて行けよ」

煙草に関しては以前は屯所の自販機で買うことができたのだが、最近はそれどころじゃなく、補充がされていなかった。そのため落ち着くまでは近くのコンビニへ行く必要があり、土方は今からそうするつもりだった。
彼もまた縁側から外へ出て行ったあと、しばらくの間近藤と山崎は他愛もない会話に花を咲かせていた。


ちょうど小腹がすく頃の時間、まだ開店前の“スナックお登勢”の前に、一台のパトカーが停まった。入り口は塞がぬよう、少し位置はずらしてある。
そこから降りた神田は、まず上を見上げた。大きく“万事屋銀ちゃん”と書かれた看板がかかっていて、真選組の言う万事屋だと一目で分かる。新鮮な景色に周りを見回しながら、横にある階段を上った。
扉を開けようと左手を伸ばしかけたが、近くにインターホンがあることに気づき、それを押した。音が鳴って少し待つと、のそのそとした足音が玄関へ近づいてくる。

「だん……」
「わん」

器用に扉を開けてくれたのは、やけに大きなサイズの真っ白な犬だった。確か万事屋関連の資料を見ていた時にちらりと目にしたことがある。名前は定春で、万事屋にペットとして飼われているらしい。見た目によらず凶暴だと言うが、そのあたりはあまり詳しくない。

「あの……すいません、万事屋の旦那は……」
「わん」
「だっ、旦那ぁ〜。万事屋の旦那ぁ〜」

当然のことながら話が通じないので、彼は定春の隙間から顔をのぞかせて中へ呼びかけた。すると、奥に見える障子が開き、中から眠そうに大あくびをする銀時が出てくる。腫れぼったい目にいつもより酷い天然パーマを右手で掻きながら、気怠そうな声を発した。

「あー?」

お前誰だ、とでも言いたげな目だった。


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