第肆訓 怒りは案外すぐに静まるもんだからそう焦るな@


報告を受けてからの土方の指示は、とても慣れた様子で迅速に行われていた。その場にいる隊士たちに病室の見張りを任せ、彼と近藤、それから沖田の三人は、病院のロビーで山崎の到着を待つことになった。その間神田が医師に話をつけ、緊急手術を行えるよう準備をしてもらう。
三人がロビーへ着いてまもなく、病院の入り口前に一台のパトカーが停車した。それに気づいた土方が真っ先に立ち上がり、次いで二人も後を追う。彼らが自動ドアをくぐったのとほぼ同時に、パトカーから二名の隊士に抱えられた山崎が出てきた。駆け寄り、その介抱を土方と沖田が代わる。近藤が隊士たちに現場の調査を指示し、三人は再び中へと入っていった。
正面から見ても酷い傷だと一目で分かったが、背中の大きな切り傷が、いかに苦しい戦いだったかを物語っている。意識があるのかないのか、呼びかけには生返事だった。
準備の整った医師に彼の身を引き渡し、廊下の死角へと消えていくのを彼らはロビーから見守る。隊士たちに一度指示を出してから、彼らは手術室へと向かうことに決めた。

「しかし……酷ェ傷だったな」
「ありゃあ、一歩間違ったら死んでやしたねィ」

それでも今までの事件に比べれば随分と傷が軽く済んだのは、彼が健闘したおかげだろう。元々隠密活動に長けるから、正々堂々斬りかかってこない犯人を相手にとるのは得意な方である。彼ではない隊士が襲われていたら、そう時間を要せずに斬り殺されていたかもしれない。まあ、神田はどうか知らないが。

「トシ、調査にはあと何人回す?」
「とりあえずここの人員はこれ以上割けねえ。眼鏡もいるし山崎も運ばれてきたからな。パトロールしてるのは何番隊だったか?」
「今の時間は三番隊と六番隊、それから九番隊でさァ。さっきの隊士は六番隊の奴らですねィ」
「じゃあ六番隊を調査に回そう。足りないようだったら残りのどちらかの隊から半分ほど引き抜くよう言ってくれ」

近藤はどうやら、先程の隊士と連絡を取っている最中のようだった。調査人数が二人では到底足りないと言うので、何人か呼んでほしいとの要請だ。土方を中心にそれに応え、指示を受けた隊士たちを通じてそれが六番隊全体に行き渡る。結局は彼ら三人が少し慌ただしくなったくらいで、病院内の雰囲気はいつもとそう変わらなかった。ただ、そのただならぬ雰囲気を感じ取ったらしい、患者や医師たちは彼らと少し距離を置いていた。それに気づいた近藤は、周りの様子を気にしつつ、

「おい、ここであんまり騒ぐのはやめとくぞ。手術室に移動しよう」

そう二人へ告げた。その言葉により、彼ら三人は手術室前へと移動する。


その頃神田はと言うと、彼は医者に話をつけたあと、一度新八の病室へと戻っていた。万事屋と真選組は色々と関わりが深いというから、心配しているだろうと思ってのことだ。隊士から連絡を受けた時点では、彼は途切れ途切れではあるが言葉を発することができていたそうだし、意識も少しあるということだ。普通に手術をし、安静にしていればすぐによくなるだろう。彼の見解はそのようなものだった。
彼が病室へ入るなり、困惑した様子の妙が尋ねてきた。

「あの……一体何があったんですか?」
「ああ、すみません、慌ただしくて。実はウチの隊士が一人、殺人鬼に襲われまして。あっでも安心してください、このまま何事もなければ普通に回復しますから」
「や……山崎さんが、ですか……?」

新八の発言に、神田はやや驚いた様子を見せる。近藤たちと面識があるのは知っていたが、まさか山崎まで関わりがあったとは。思い返せば、彼はよく土方らと行動を共にしている。その一環で万事屋と知り合ったのだろう。

「はい。それでは、俺は手術室へ行きますので。何かありましたら、近くの隊士に申し出てください」

彼は早々に病室を離れると、その足で手術室へと向かった。途中の自動販売機で温かいコーヒーを三つ購入し、人気のない静まり返った廊下を一人歩く。あまり使われていないのか、天井の蛍光灯が一つだけ点滅を繰り返している。おかげでなんだか変な気分だ。
手術室前の長椅子には、近藤と土方、そして沖田の姿があった。そこはかとなく疲れたような顔の彼らに缶コーヒーを配り、彼は質問を投げかける。

「山崎さんの様子はどうですか?」
「背中にでっけェ傷が一つと、あちこちに刺し傷と切り傷があった。ま、手術にはそんなに大した時間はかかんねーようだけどな」
「そうですか……」

心配するように目を細め、彼は手術室の赤いランプを見つめた。近藤も何だかそわそわと落ち着くことができないようで、しきりに周囲を見回している。対する土方と沖田は、幾らか冷静な構えでいた。特に沖田なんかは、アイマスクを取り出して頭につけている。眠るつもりだと、神田は呆れた。

「オイ総悟。てめェ今からパトロールじゃねーのか」
「…………」
「オーイ総悟くーん」
「…………」
「無視してんじゃねーぞコラァ! 起きてんだろォ!?」

無視を決め込む沖田の側頭部を、土方は足の裏で蹴り飛ばした。そのまま地面に頭を打ち、体だけ椅子に残っているという奇妙な姿になる。だが少し経っても彼は微動だにせず、そのうち半開きの口から涎が垂れてきた。

「ほんとに寝てんのかよ!」
「静かにしろ、トシ」
「んあぁ……すまねェ」

珍しく近藤が真剣な顔をしてそう叱りつけた。そろそろ笑っていられない状況下に置かれ、彼自身ぴりぴりしているようだ。沖田に仕事へ行くよう促し、自らも別の仕事のために席を立つ。手術室前での待機は土方が担い、何かあるようだったら神田が隊士たちとの間を行き来するよう設定した。

「近藤局長……なんだか変でしたね。いつもより神経質というか」
「ああ。それどころか、真選組全体の雰囲気が悪化してきてるな。お前は来たばっかりだからわかんねェかもしんねーがよ」
「いえ、俺も分かります。多分、事件が長引いているから、苛々してるんでしょう」

大変だよなァお前も、と土方は伸びをした。そういえば最近、まともに睡眠をとった覚えがない。あちこちを歩き回ったせいか、体がかちこちに固まっているようだ。

「隊士になって早々にこんなデケー事件が起きてよ」
「慣れっこですよ。俺、不幸体質みたいなんで。寺子屋の遠足でも必ず雨に降られましたからね」

薄暗く寂しげな廊下に、二つの声だけが響き渡る。


「新ちゃん、何か食べたいものはある?」
「何でもねだっていいんだヨ! ただし酢昆布は駄目だからな! 絶対だからな!」
「……いや、酢昆布は食べないけど……」

神田と入れ替わりになるように、野暮用で病室を離れていた神楽がF1カーの如く物凄いスピードで舞い戻ってきた。どうやら途中で新八が目覚めたことを聞きつけたらしい。ここからでは見えないが、廊下には跳ね飛ばされた隊士たちの死屍累々が転がっていた。――あ、いや、死んでいるわけではない。あくまでも例えだ。

「銀ちゃん! やっぱり病人にはおかゆがいいアルか!? すりつぶしたリンゴとかどうアルか!?」
「神楽ちゃん、僕風邪なんかひいてないから……」

新八はいつもの調子ではないものの、比較的元気そうだ。もはや狙っているとしか思えない神楽の言動に一つ一つ反応を示す。銀時や妙も、そんな二人の様子を見てほっとしていた。

「ねえ銀さん、さっきはどこに行ってたの?」

ふと思い出して、妙がそんなことを尋ねた。銀時は腰に差した木刀をちらりと一瞥して、「ああ……まぁ、ちょっとな」と言葉を濁す。だが彼女はなんとなく分かっていたようで、

「無理はいけませんよ」

そんな言葉を彼にかけた。彼は分かったと小さく呟き、首を軽く縦に振る。

「それにしても……本当によかった」

彼がこぼした言葉に、新八も神楽も、妙さえもぎょっとして彼の方を向く。その素直さは実に彼らしくない。新八は嬉しさを覚えつつも、何だか不思議な気分になる。同時におかしささえこみあげてきて、彼はくすりと笑った。それを見た妙も、小さく笑みを浮かべた。流石姉弟といったところか、笑顔がよく似ているのがうかがえる。

「なっ、何だよ」
「だって銀さん……ちょっと変だから」

新八が率直にそう言うと、「本音言って何が悪ィんだよ」と銀時はふてくされる。神楽はそんな彼を目を丸くしながら見つめ、新八以上に率直な、思ったままの言葉を彼に向って吐き出した。

「今日の銀ちゃん何かキモいアル」

オブラートの存在すら知らない彼女の発言に、彼は更に機嫌を損ね、口を尖らせた。

「じゃーもういいわ! 俺絶対心配なんかしてやんねー!」
「それでこそ銀さんね」

妙が笑って、新八と神楽はそれにつられる。銀時はそっぽを向きつつも、内心はとても穏やかだった。自分にこんな感情があったんだと気づかされるくらい、彼は今まで感じたことのない安らぎを感じている。どんな戦いが終わったあとより、一番に平和を感じる瞬間でもあった。
そんな彼らを少し離れて見ていた真選組の隊士たちは、どことなく懐かしさを感じていた。彼らの家族同然の振る舞いが、幼き頃の自分と重なる。
隊士たちは胸に何か熱いものがこみあげてくるのを感じながら、再び仕事へと気持ちを切り替えた。




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