番外編:蒼国マスカレイド

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蒼国マスカレイド番外編:04



「この薬莢は王女殿下襲撃現場に落ちていたもの、そして弾頭はサイラス前騎士団長の体内から摘出されたものだ」
 クロムウェルは、執務机の認証機構に印章指輪を翳して解錠する。上層部のそれも一部しか閲覧許可されていない機密書類を、上段引き出しの奥から取り出した。書類に記された紛失発覚の日付は、王女暗殺未遂事件発生日だった。
「薬莢は、紛失した弾薬箱の製造管理番号と一致。池底から見付かった武器も、王国騎士支給品だと判明している」
「……何故、私にその事を」
「立場上武器収納庫から人知れず持ち出せたのは、サイラス、エドワード、そしてお前だからだ」
 クロムウェルの言う通り、終日見張りの立っている収納庫から無申告で武器弾薬を持ち出せるのは、入退室権限のある者のみ。蒼聖騎士団には三名しかいない。王女暗殺未遂事件当日、あの日あの現場にいなかったのは非番だったリオンのみだった。
 事件黒幕の疑惑が己に向いていることを、リオンは漸く理解した。
「お待ちください! 私は違います! そんなあからさまな犯行をするわけがありません。入室記録履歴を……」
「お前の入室記録が残っている」
「そ、そんな筈はありません! その日私は指輪を預けて、官舎ではなくルーブルクの自宅にいたのですよ。……何者かが記録改竄したとしか考えられません」
 入退室履歴は、個人配布の印章指輪を翳すことにより認証記憶装置に保存される。帰宅などの公務より外れる場合は印章指輪を預けるか、持ち出すなら特別許可が下りなければならない。もし、本当にあるはずのない入室記録が残っているとなれば、印章指輪管理保管室より印章指輪を持ち出せる人物、若しくは記憶装置の情報を扱う権限のある人物のどちらかがかかわっていることになる。即ち、極限られた人物だということ。
「少将の私でさえ記録情報を弄られないというのに、誰が改竄したと言うのだ? 尚書それとも宰相か」
「もし改竄可能なのが尚書及び宰相であるならば、そういうことです。ヴェルファガン宮内長官は、婚約者が私に決定したことに不服だったのかもしれません。若しくは私を犯人に仕立てたい誰かが」
「……言い分は分からなくもない。だが、お前を宮廷追放しようとする意見が多い中で、濡れ衣を着せられた可能性があると処分せずに残留を働きかけたのは、その宮内長官だということをどう説明出来るんだ。それに反対できた婚約話を承諾したのも他ならぬ彼だぞ」
 リオンは返答に窮して閉口する。宮内長官が己との婚約に難色示していることを薄々気付いていたのだが、人事局長の言葉には反論の余地がない。
 クロムウェルは、向こう見ずな部下から執務机に積まれたの決裁書の束に興味を移す。特大の溜息を吐きながら、書類を一枚手に取った。
「私は全ての書類に目を通さなければ、今夜自宅に帰宅不可であることが決まっている。リオン陸軍中佐も本日付けで副団長に昇任したんだ、さあ早く持ち場に帰れ。今直ぐに」
 リオンはそれ以上の言葉を発する事を上司から暗に禁じられ、仕方なく回れ右を行う。床に敷き詰められた絨毯を軍靴で踏みしめながら木扉に向かった。
「国王陛下に直談判したのはエドワードだ」
 扉が完全に閉まりきる間際、クロムウェルは低音の独り言を零した。
 蒼国騎士団最大の軍事不祥事である武器亡失事件もまた、王女暗殺未遂事件同様犯人の特定は至らないまま、内部調査を打ち切った。



無観客の不条理劇
(ブログより再録)



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