番外編:蒼国マスカレイド

novel

http://nanos.jp/mmnnm/

蒼国マスカレイド番外編:02



 とはいっても、違った軍種に進んだ例外者が今まで他に全くいなかったわけではない。フィルドール家の次男も変わり者の一人であり、フィルドール家の男が目指す王国軍将校を志さず、近衛兵の道を進み近衛将校となっている。
 両者が決定的に違うのは、アレンは本人の強い熱望により近衛兵になったのであって、エドワードは消去法で王国軍兵士の道を進んだ節があった。
 出世欲もなく、目立つ事を嫌い、爭い事は忌避する――一介の陸軍兵士として全うしたいエドワード本人の意思は無視され、王国軍人事局人事局長マーティンは士官学校卒業したばかりの彼に蒼国騎士団配属の辞令を下す。
 士官学校関係者と軍上層部一丸となり強引に下駄を履かせたが、エドワードは一向に功績を上げようとしない。困惑した軍高官達は粉飾人事評価を繰り返し、異例の騎士叙勲式を経ている。当然、その内情を宰相も把握していた。
「出自に引け目を感じているのか、親に対して反抗しているのか、此処まで出世欲が皆無だとは……」
 ヴェルファガンは、宰相と共有する先日入手したばかりの調査結果を踏まえた考えを述べるも、呆れ返った声色で語尾を濁した。
 蒼国貴族の子息とはいえ、宰相は蒼国情報特務機関総合情報部を独断で使い、婚約候補者四名全員の素行・身元・交遊関係調査を徹底的に行った。その際、エドワードの出自にとある疑惑が判明したのだが然して問題視せず、それどころか得た情報を揉み消す事に一役買ったのだ。
 ワディンガムは目を閉じ、首を左右に振る。宮内長官の考えを否定したのではなく、目前の茶番を見ていられなかった。エドワードの表情には覇気がなく、どうやって負けるかを思案しているように、宰相の目に映ったのだ。
「エドワードには気の毒だが、王家ひいては王国繁栄には犠牲者が必要だ。……ボールドウィン書記長にこれを」
 ワディンガムは官服の懐から、小さく折りたたまれた深紅の天鵞絨布を取り出す。
「全ては王女殿下の御心のままに」
 承服したヴェルファガンは、中身を確認せず受け取り一礼する。書記長の隣に移動し着席をした。
 青空の下、歓声が上がる。
 先に仕掛けたのはリオンだった。静まり返っている演練所の空気を切り裂くが如く、長剣の鞘ばしる音が高く鳴り響く。
 エドワードは、片手では受けきれない苛烈な斬撃を寸前で食い止める。だが、息をつく暇もない速さで次々に斬撃を繰り出され、なかなか反撃には転じることが出来ず防御を強いられているように見えた。幾度も刃鳴りが連鎖し交差する度、火花が飛散する。
 イヴァンが中座した。観覧席や貴賓席から最上階にある王族専用特別席の様子は見えなかったが、そこへ向かった事を宰相と宮内長官は承知だった。
 互いの剣が激突し、押されたエドワードの持つ剣尖が寸毫下がった、その時。
「王女殿下の御退場でございます。両者、そこまで!」
 勝負のつきかけた真剣試合に冷水をぶっ掛けるよう突如割って入ってきたのは近衛兵の声。耳に届くなり、二人は瞬時に動きを止める。長剣を収めて特別席の王女に向き直るとその場で跪礼した。
 ルーイヒの起立を確認した高官達は速やかに立ち上がり最敬礼を、起立していた者たちは跪礼を行い、御前試合は決着がつかないまま中断された。


- 02 -



しおりを挟む
- ナノ -