番外編:蒼国マスカレイド

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蒼国マスカレイド番外編:04



 セシルは捕らえられて直ぐ、敷地外れにある西塔の地下牢に繋がれた。
 裁判無しで死刑確定した重罪犯を、死刑執行されるまでの間、一時的に収監する場所である。此処に投獄されたら最後、釈放されることは決してないと言われている場所。
 助けなど来ないことは重々分かっていた。優しい父も兄も、王家に仕える軍人。王族に危害を加えた存在を裁く側である――例え対象が身内であっても……。
 食事は朝と晩運ばれてきたが、殆ど喉を通らなかった。
 二日目の夜。騎士団長が死んだことを、食事を運んできた獄吏から知らされた。銃弾を受けた傷が元で死んだのか、それとも責任を取らされて死刑になったのかまでは、獄吏も知らないという。
 セシルは震えが止まらなかった。いつ死刑になるのか分からない恐怖に、日々怯えながら過ごした。


 捕らえられて二週間。獄吏の手によって頑丈な独房の鉄扉がついに開かれ、牢の中から引きずり出された。
 恐怖で震えるセシルの目前に現れたのは、書記長と王国軍元帥。見知らぬ文官と実の父親だった。
 イヴァンは獄吏に退室を命じ、人払いをした。
「故意ではないにせよ、御馬の手綱を離した失態は断じて許されざる事。騎士叙勲停廃及び爵位継承権剥奪という王女殿下の御判断であらせられるが、フィルドール家当主として今後我が家の敷居を跨ぐことを禁ず」
 バリーは強い口調で言って、深い息を吐く。
 勘当を言い渡す父親を、セシルは絶望の色が浮かんだ目で見上げた。
 バリーはイヴァンに向き直ると、滅多なことで下げることのない頭髪全て剃り上げた頭を深く下げ最敬礼し、踵を翻して扉に向かった。
「よく聞け、セシル・ド・フィルドール。お前は王女の恩情で生かされることになった」
 バリーが退室したのを見計らい、イヴァンは言った。
 初めて会話を交わした目前の文官の威圧感は、軍人である父親と遜色のないものだった。
 国防長官メルヴィンの降格及び地方都市ティリッジへの左遷、騎士団長サイラスは軟禁されていた部屋の中で自ら命を絶ったこと――暗殺未遂事件収束の顛末を、イヴァンはセシルに伝える。
 それから、己が暫くの間政治の中心から退くこととも付け加えた。
「……な、何故、サイラス騎士団長が自殺を……」
 セシルは言葉を失った。騎士団長が命を絶つ理由が分からなかった。
 その件に関して、イヴァンは何も語ろうとはしない。それ以上問い掛ける隙を与えない。複雑な事情あるいは見えない力が働いたことを、暗にいっているのも同然な態度だった。
「お前の命はもとより無いもの。これからは侍従として王女に仕え、私の下で政を学べ。国王ではなく恩人である王女に全てを捧げよ」
 書記長の話によれば、議場で王女が国王に減刑を懇願したという。あの泣いてばかりだった王女が、あれだけ怖がっていた父王に進言してくれた――それだけでセシルは救われた気持ちになった。国王に命を捧げたいと思ったことは一度もなかったが、王女ならば捧げても構わない、と思った。
「来月、王女は離宮に参られる。その時は我々と一緒にお前も来るんだ」
 元々身体が弱く暗殺未遂事件があったこともあり、療養という名目で副王都の役割を受け持つ城塞都市ウィンベリーに王女は移住する、とのことだった。父王や側室から引き離した方がいい、そう判断した書記長の計らいである。
 騎士見習いであった時に教わったのは、王国騎士としての作法や技術。侍従のものとは全く違う。移住までの短期間で、セシルは宮廷作法と侍従の振る舞いを、徹底的に叩きこまれた。


 紺色のジュストコールの袖に腕を通す。セシルは侍従職の制服に身を包み、身なりを整えた。毎日王女が就寝してからベッドに入り、王女の起床前に起きだして侍女たちに指示を出した後、朝の紅茶を用意する。
 ウィンベリーに移住してからの生活であったが、寝坊をしたことはない。
「起床と湯浴み、御召し物の準備全て整いました」
 今朝もいつもの時間通りに準備を終えた侍女たちが、主の寝室前で整列をして入室指示を待つ。
 セシルは白い手袋を嵌めスカーフの歪みを正し、ゆっくりと扉を開けた。


騎士見習の話
(ブログより再録)



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