番外編:蒼国マスカレイド

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蒼国マスカレイド番外編:02



「サリヴァン陸軍少佐は、人事局への転属嘆願書を熱心に提出していたそうだな。勤務態度は非常に良好で真面目、何事に対しても全力で励んでいると聞いている。――愚鈍で勤勉な者は何に向いているか、愚鈍で勤勉な者と愚鈍で怠慢な者ではどちらの人間が不要なのか、サリヴァン陸軍少佐の意見を聞かせてくれないか」
 羽筆を握るサリヴァンの指に自然と力が籠った。
 男爵家次男だったサリヴァンは、官僚職を希望していたが、親の強い意向で士官学校に入学。規律を守る生真面目さと組織や上官命令に忠実で従順な性格により、在籍中の態度は良好だと教官からの評価は良く、筆記試験もかなり優秀。後方勤務幹部将校候補生として卒業、という経歴だった。
 士官学校を卒業した貴族は少佐位から始まり、配属早々に精鋭の大部隊と勝利確実の前線という出世舞台を与えられ、華を持たせてもらえるという。しかし、そのような御膳立てがあっても、サリヴァンは功績を挙げられなかった。
 己は前線に向いていないと思い、何度も提出していた転属嘆願書が数年経って漸く受理され、今此処にいる。無能だと判断されて前線に戻ることだけは、どうにか避けたい。
「技術官に向いているのではないでしょうか」
「どうしてそう思う?」
「勤勉ということは、仕事に対して一生懸命励むということ。専門員として技能習得をさせればよいかと思いました」
「なるほど、面白い答えだ。もう一つの答えは?」
「不要なのは、愚鈍で怠慢な者。怠慢は組織にとって悪です」
「新人の意見は実に興味深いものだ。有意義な会議であったよ、サリヴァン陸軍少佐」
 サリヴァン少佐は人知れず安堵の溜め息を溢す。望まれた答えを言えたか分からないが、額面通りに言葉を取れば、悪くはなさそうだ。とはいえ、張り詰めた緊張の糸は、まだ緩められない。
「さて、結論を出そう。婚約者は誰がよいか投票を」
 サリヴァンは迷わなかった。利口で勤勉だと評されるリオン・ド・ラインドール陸軍中佐に、票を投じる。
 しかし、圧倒的な差をつけて票を獲得したのは、愚鈍で怠慢だと評されるジェス・ド・ウィンストン陸軍少佐。軍のお飾り傀儡人形を――という思惑が強く反映された結果だった。
「ジェス・ド・ウィンストンを直ぐにでも二階級特進させておこう、公表してからだと、いやらしいからな」
 会議終了と共に、参加者たちは次々と退室していく。
 未だ退席せずに会議記録を書き残すサリヴァンの帳面を覗き込んだのは、マーティン人事局長だった。
「サリヴァン陸軍少佐は実に勉強熱心だな。会議中居眠したりとっとと帰った奴らは、少しくらい見習ってもらいたいもんだ」
「後方勤務は元よりの希望でした、必ずやお役に立ってみせます」
「そういえば、先刻の質問の答えをまだ言っていなかったな。……愚鈍で勤勉な者は、無能であるがために指示通りに動けず、時にはその行動力のまま指示以外のこと、更には実力範囲外の事まで行動し、自軍を滅ぼす。……つまりは、軍内で一番不要な人種だ。よく覚えておけ」
 サリヴァンは息を飲み込む。セシル・ド・フィルドール騎士見習の経歴に視線を落すと、必死に思考を働かせた。
 マーティン人事局長は、王国軍にとって都合の良く立ち回ってくれる者を王女の婚約者にしたいという、当然の思惑があるに決まっている。それが愚鈍で怠慢なジェス・ド・ウィンストン陸軍少佐だと。愚鈍で勤勉なセシルは邪魔でしかないと。それらのことを察しろと、暗に言っているのだろう。
「君の働きを期待している、サリヴァン陸軍少佐」
 サリヴァンは考える。マーティン人事局長は、己が人事課に在籍するに相応しい人物かを見極めようとしているに違いない、と……。


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