――時々、柄にもなく我は考えてしまう。
彼女にはもっと明るい未来が似合っていたのではないか、と。
なまえはよく笑う少女だった。
我を捕まえようとした奴らは、皆眼が異様に光っていたのを憶えている。我は、希少なポケモンなのだ。それ故に捕まえれば中々の価値になるのだそうだ。だからといって、簡単に捕まる我ではない。
だからなまえが来たときも、薙ぎ払ってやろうと思っていたのだ。
『あなたがレックウザ?』
『――いかにも、我がレックウザである』
『……』
『どうした小娘よ、我を捕まえにきたのであろう? 早く、』
『レックウザって伝説のポケモンってだけあって、やっぱり堅苦しい話し方をするのね!』
始めからなまえは、よく笑う少女だった。
こんなことを人間に言われたのは初めてで、いや、人間と会話をしたことなど今まで一度もなかったので。我もつい、なまえにつられて笑ってしまったのだ。
それからなまえは、よく我に会いにきた。この塔にくるのはかなりの強運を必要とするから、なまえはそのときに人生の幸運をすべて使ってしまったのかもしれない。
……そうではないか。なまえは我に出会ったことで、これからくるであろう全ての幸せな未来を、喪失してしまったのだ。
我が捕まえた。
我が閉じ込めた。
我が喰った。
我が逃げられなくなった。
我が、全て我がいけなかったのだ。
こんな人間の小娘になど興味を持つべきではなかった。彼女をすぐにでも倒してしまえばよかった。そうすれば孤独を知ることなく、この感情の意味など知ることもなく、我は永久を過ごせただろうに。
我はなまえを愛してしまった。
愛しいと想えば全てが欲しくなる。なまえを我のものにしたくなる。我は生憎なまえの幸せのために我を犠牲にするなんて考えはもっていなかった。我はなまえをこの塔の中に閉じ込めた。
「レックウザ? レックウザ、どこ?」
「なまえ、我はここにおる」
「……いた! もー、わたしを置いていかないでよ、レックウザ。ここは真っ暗で嫌になっちゃうわ」
「そう我侭を言うな。我だってこの暗さには辟易しておる」
「じゃあかみなりでも何でもして明るくしてよう」
「それはならん」
なまえの細くなってしまった髪の毛を撫でながら、我はひそかに笑んだ。
なまえは我のもの。我はなまえのもの。
邪魔だった他のポケモンたちはなまえが知らないうちに全て排除してしまった。我にかかれば、本当はあんな雑魚どもは一発だったのだ。なまえが悲しむからそれをしなかっただけだ。
でも、もう時間がない。やるなら今しかなかったのだ。
なまえの髪の毛も、瞳も、指先も、腰も、全てがまぼろしのように儚い。
――朝がきて光に照らされれば夢は終わってしまう。
我はなまえを愛している。
それはきっと、これからもずっと続く事実である。
なまえこそが我の全てだったのだと、今なら言える。
「あれ、何だか眩しいわ」
「日が昇ったのだ。眼を閉じていろ。我が遮ってやる」
「ふふレックウザは優しいの…………ね」
「なまえ、我は」
我を抱きしめていた老婆の手が、外れた。
知っていた。ああ、知っていたとも。
人間の寿命などその程度のものだ。我と同じ時を生きるには短すぎる。そんなことは最初から分かっていたのだ。
それでも、嘆かずにはいられなかった。
「嗚呼!」
我が、伝説であり、そんなにも価値がある化け物ならば!
どうして愛するひとひとりも救えないのであろうか!
孤独の先にある感情など知りたくなかった。
瞳を閉じたなまえは、それでも美しいままだったのだ。
嘆きは天空に昇るが如く
(それでも最期の貴女の顔は笑顔だったから、許されたいと願ってしまう)