※意味不明
「お待ち下さいまし、なまえさま、お待ち下さいまし!」
走る、走る。わたしはかつて愛した男性から逃げていた。走る速度を上げても、所詮は女の身体。ノボリさんは背も高いし、運動神経だって悪くない。どうしたってすぐに追いつかれてしまう。
ノボリさんは必死の形相で逃げ出したわたしを追いかけてくる。わたしは彼の秘密を知ってしまった。もう、元の関係に戻ることなど出来やしない。あのときのノボリさんを忘れたかった。今までの優しいノボリさんを信じたかった。けれど眼に焼きついたあの笑顔は消えなくて、耐えられなかったのだ。
「お願い致します! どうかなまえさま、止まって下さいましっ」
この狭い廊下では逃げるのは容易ではない。縺れそうになる足を叱咤しながら、わたしは彼に近づいてはならないとかたく禁じられていた奥の間に入り込んだ。そこは鍵がかけられているわけでもなく、ただぼんやりと暗い部屋だった。周りを見回してみても、有用な情報が得られるとも思えなかった。
わたしは覚悟を決めて、部屋を進むことにした。ずっとノボリさんが追いかけてきていたはずなのに、この部屋に入った途端すっかり静かになってしまった。先程までは追いかけられることに恐怖を感じていたのに、今ではひとりぼっちなのが、恐ろしい。
と、少し進んだところで、わたしは光が漏れていることに気づいた。扉を開け、いっとう眩しい場所へと目を向ける。そのまま近づいてみると、そこには見慣れた顔があった。
「……あれ?」
「の、ノボリさ……っ」
逃げ切ったはずの、あのひと。自然と涙が溢れてくる。ノボリさんは諦めていなかった。わたしが最後、どこに辿り着くか分かっていたのだ!逃げようと後ずさるも、上手く足が動かない。わたしの大好きだったその顔で、ノボリさんがにっこりと笑った。
「きみが、なまえ……へえ、うん、ノボリが好きそう」
「え?あ、あなた……ノボリさん?」
声が震える。ノボリさん、が。あのときと同じような笑顔が。
「ぼくはクダリ。清廉潔白なノボリとは別人の、狂った快楽殺人者さ!」
ああ、なんてわたしは馬鹿なんだろう。こんなときになってようやく気づくなんて。ノボリさんは一度だって、わたしに笑いかけたことはなかったのに。
振り上げた腕には、わたしの愚かさを笑う赤色が滲んでいた。
(恐怖映像特集観てたらこうなった!がっかり!)