おとまり四  [ 18/39 ]



 二人(と一匹)で夕食を食べた後、俺はなまえを風呂にバレないようにいれた。これがまた面倒で、シャワーの使い方もなにも分からないときた。結局俺が声で誘導してなんとか入浴にまで至ったが、これは大分手間がかかりそうである。
 塔子さんに長風呂だった理由を聞かれて口ごもると「あらあら」とよく分からない笑みを向けられた。近いうちに変な誤解をしていないか聞く必要がある……と思う。

「ほらなまえ。髪の毛乾かさないと風邪引くぞ」
「わ、夏目さま……! ちょっと痛いです」

 まだ水を含んでしっとりとしているなまえの頭をがしがしとタオルで擦ると、小さな悲鳴が聞こえた。素直にごめんと謝るといいえ、と儚い笑みを返される。

「夏目さま。私は妖の血を引いていますゆえ、風邪はひきませんよ。人の病気にはかかりにくいのです」
「そうなのか?」
「そうだぞ、夏目。そいつはお前よりよっぽど頑丈にできておる。まあ労わってやるのは良いことだがな」
「柊も似たようなことをあの人に言われていたな……」

 ふと、少し前のことを思い出す。あれは名取さんと温泉に行ったときだった。柊を俺のせいで濡らしてしまい、さっきと同じようにタオルで拭いていた。あのときも、名取さんに妖は風邪をひかないと言われた。
 名取周一。
 一言で言えば胡散臭い人だ。というか、それ以外ない気がする。クラスの女子なんかはきゃあきゃあ騒いでいるけど、その実あの人は変人で、テレビに出ている姿を観ると笑ってしまうほどキザだ。
 気づけばなまえがこちらを見上げていた。

「ん? どうかしたか?」
「あの、夏目さま。あの人とはどなたのことでしょう?」
「……知らなくても良いよ、それは」
「え」
「そうだな。あいつはいけすかん。なまえを近づけて興味でも持たれたら気分が悪い!」

 それもそうだな、と名取さんの顔を思い浮かべた。妖と人間の狭間の者なんて聞いたらあの人は黙っていないだろう。きっと興味があるとかなんとかいって、この家に入り浸るんだ。
 それを考えるとぞっとする。俺もうなずいて、なまえを見た。この無垢な少女にあの人を知らせても重荷になるだけだろう。そうでなくても今日山からおりてきたばかりなのだ。疲れは相当溜まっているはず。

「そうですか。えーと、じゃあ気が向いたらまたお話して下さいね。斑さま」
「ま、一生ないとは思うがな」
「はは。先生の言うとおりだよ」

 わかりました。そういって彼女が伏せた視線は、どことなく最初より暗い気がした。

「じゃあ寝るか。俺は明日も学校があるし」
「が、っこう? なんですか、それ」
「人間の子供が学ぶ建物だよ。いつかなまえも連れて行ってあげるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「まずは布団の準備だな。ほれ、夏目! はやく美穂乃の分も敷け!」
「うるさいなにゃんこ先生は……! そこで待ってて。布団持ってくるから」
「はい!」

 次に見たときのなまえは笑っていた。気のせいだった、と自分に言い聞かせて俺は布団を取りにいった。途中で塔子さんに会わないか心配だったかそれも大丈夫だった。
 部屋に戻るとまたにゃんこ先生となまえがじゃれあっていて、もう注意するのは諦めようと溜息をつく。

「ほら、ここ。俺の近くじゃ安心できないかもしれないけど、我慢してくれるか?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
「そう。じゃあそろそろ遅いし、もう寝ようか」

 なまえはとても嬉しそうに頷いた。俺もそれに笑顔で答えて、部屋の電気を消す。もぞもぞと動く気配がして、やがてそれが止まった。俺も布団の中に入った。

「おやすみなさいませ、夏目さま」
「おやすみ、なまえ」

 そして俺は、瞳を閉じた。



  
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