おとまり参
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やっぱりにゃんこ先生と仲が良いと思われるのはなんだか癪なので、いつか弁明しようと思いながら階段を上る。さすがに詰め込みすぎたのか、料理が山盛りの皿が四枚のったプレートは重い。
ゆっくりと階段を上っていく。すると、大きな声が聞こえてきた。
きゃあ、という可愛らしい女の子の声。そして、にゃんこ先生の渋い声。
うわ、入りたくない。自分の部屋なのに入りたくない。
部屋の前に立って立ち止まる。
襖を開けるのがこんなに億劫なのは久しぶりだった。深呼吸をして、思い切り横に流す。
「なに、してるんだ」
俺の口から出たのはそんなありきたりな言葉だった。
目の前ではなまえが、見たことがない銀髪(?)の男に押し倒されていた。普通に暮らしていて銀髪の男に出会う確率なんてそんなにない。ということは、妖か。
にこにこと笑いながら夏目さま、となまえが話しかけてくる。きらきらしている眼は俺の持つ料理に向けられているのだろう。いや、そんなことは今はどうでも良い。
「お前……新手の妖か?」
「! にゃんだとうっ!? 夏目、いきなり私のことを忘れるのかっ」
「忘れるとか言われても俺、お前のことは知らないぞ」
そんなやりとりをしているとなまえがけらけらと笑った。押し倒されているのは彼女なのに、全く動じていない。タチの悪い妖だったらすぐにでもなまえくらい飲み込んでしまえるだろう。
それなのに心底おかしそうになまえは笑っている。
銀髪の妖(?)を睨みつけながら俺はまた言葉を紡ぐ。
「こんな妖を助けた覚えはないんだけどな。それとも祖母のことを知っているのか? 俺の祖母の名前はレイコだけど」
「な、夏目さま。お腹が痛いです……。こちらは斑さまですよ。少しばかり私と戯れていただけです」
「は?」
「ですから、斑さまです。夏目さまは見たことがありませんか? 斑さまは人の姿に変化できるのですよ」
「…………」
言われて、その男を観察してみる。白い着流しを着ていて、髪の毛は長い。邪魔になるのが嫌なのかゆるく横で結っている。金色の瞳は切れ長でこちらを面白そうに伺っている。
こんな妖をやっぱり俺は知らない。けれど、額にちらりと見えた文様には、見覚えがあった。
「なに、してるんだ」
とりあえずにゃんこ先生らしいと分かった所で、問題に入る。俺は机の上にプレートを置いてなまえとにゃんこ先生を見た。別段変わった様子はない。
ただ、まだなまえは押し倒されたままだ。
「にゃんこ先生。退いてやれよ、重いだろ」
「遊んでいるのだ。別に良かろう。それとも羨ましいか? 女子に興味がなさそうだと思っていたが、意外に夏目も思春期……」
「うるさいだまれ。ほら、なまえ。手を」
「ありがとうございます。でも一人で起き上がれますよ」
差し出した手が所在無さげになる。断られるほうが恥ずかしいなんて、言えるわけがない。にゃんこ先生から解放された彼女は料理を見つめていた。プレートを目の前に置いてやって、尋ねる。
「箸の使い方分かる? っていうか、こういうの食べたことあるかな」
「知識では……て、手づかみですよね?」
「ちなみにそれはどこからの情報」
「斑さまからです」
「それは忘れていいよ。この二本の棒を使うんだ。こうやって、そう。力を入れすぎないで」
「こうですか?」
「うん。上手。で、それをはさんだまま口に運ぶ。どう、おいしい?」
なかなか飲み込みが早くて助かる。まだおぼつかないが、何とか肉じゃがをつかんで口に運ぶ。もぐもぐと訝しげに眉をひそめて口を動かした後、ぱあっと表情が明るくなった。どうやらお気に召したらしい。こんなに喜んでもらえたら嬉しいだろうな、と自分が作ったわけではないのに思わず顔が綻ぶ。にゃんこ先生を見るとすでに食べ始めていた。意地汚い。
なまえはありがとうございます、と笑った。
その顔になんだか心が温かくなる。
彼女は今までどんな辛い目にあっていたのだろう。俺の辛さと彼女の辛さは別物だ。けれど、痛みを聞いてやることはできる。今日始めて会ったというのになまえには警戒をしないですんだ。
なまえの純粋な笑顔のおかげかもしれない。
別の料理を口に入れて、また表情をくるくると変えるなまえにまた笑みが零れた。
うん、こんな子なら一緒にいても大丈夫かもしれない。
(それはまるで、妹を見守る兄のような)