おとまり弐  [ 16/39 ]



 階段を降りると、人の良い笑顔が俺を迎えた。

「あら、貴志くん! 丁度呼ぼうと思ってたのよ〜。あら、にゃん吉くんは?」
「ちょっと眠そうなので、あとで俺が持っていきますよ」
「そう? お願いね。茂さんもご飯ですよー」

 塔子さんがにこにこ笑って、席に着くように促す。
 食卓にはすでに温かいご飯とおかずが沢山乗っていた。毎回これだけの量を作るのは大変だろうに、嫌な顔一つせずに作ってしまう塔子さんは流石だと思う。
 しかもどの料理も旨い。そりゃもう、最高。
 塔子さんの優しさがそのまま料理に出ているのかもしれない。
 塔子さんの声を聞いて、茂さんも席に着いた。
 眼が合うと柔らかく口元を緩ませた。

「さ、ご飯にしましょうか! 今日は作りすぎちゃったのよ」
「大丈夫ですよ。塔子さんのだったら、俺が沢山食べますから」
「嬉しいわ〜! ね、茂さん?」
「そうだな」

 塔子さんの明るい声と、それに答える茂さんの纏う優しい空気。
 初めは俺がここに混ざっても良いのかと思っていた。今でも時折場違いだと感じることがある。だけど、段々と、段々と。この人たちの優しさに甘えながら、俺もこうなれたら良いと願うようになった。

 あっという間に料理は少なくなって、塔子さんも嬉しそうにしている。
 俺は料理を別の皿に移し変えて、二階へと上がる準備をする。

「貴志くん……にゃん吉くんはよく食べるけれど、それは多すぎないかしら……?」
「え?」

 塔子さんが頬に手を当てながら不思議そうにいう。
 見れば、皿には溢れんばかりのおかず。更にご飯を手に持って、確かに猫一匹の量にはおかしい。にゃんこ先生になまえの分も頼まれているからこんな量になってしまうのだ。
 誤魔化さなくては。咄嗟にそう感じて、俺は無理矢理笑顔を作る。

「い、いえ。俺もまだ食べたりないので、その分も」
「ならここで食べていけば良いじゃない?」
「えーと……」

 もうそれしか考え付かなくて、俺は心にもないことを口走る。

「にゃ、にゃんこ先生と一緒に食べた方がおいしいかなー、なーんて……」

 気持ち悪い。
 自分が言ったこととはいえ、鳥肌でも立ってしまいそうだ。にゃんこ先生にこんなことが知られたら一週間ぐらい家出してしまうかもしれない。けれど塔子さんの方は納得してくれたようで、仲が良いのねと微笑まれてしまった。
 喉元まで違う! 誰があんなにゃんこと! という言葉が出かかる。
 けれど俺は、引き攣った笑みで答えることしかできなかった。

「それでは……」

 何一つ間違ってなんかいない。自分に言い聞かせて、俺は階段を上がった。
 二人に嘘をつくのはやはり、少し心が痛かった。



  
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