静雄05  [ 36/39 ]



 いてえ!
 静雄さんの悲鳴が部屋に響いた。

「……そんなに、ですか」
「いてえよ! そりゃいてえよ!」
「ナイフは刺さらないのにペンは刺さったり、殴られても平気なのに噛まれると駄目とか意味が分かりませんね」
「……」
「言い返さないんですか!」

 はあ、と溜息をついてわたしは静雄さんから離れた。
 今、わたしは静雄さんとクッキーを食べていた。わたしがおねだりして買ってもらったものだ。駅前で有名な、女の子らしいお店に並ぶ静雄さんはとっても可愛くて、面白かったのを覚えている。
 そうして手に入れたそれを、家で食べさせてもらっていたのだが……。

「いくらなんでも指ごと食う奴はいねえだろ……ちくしょ、噛み痕ついてんじゃねえか!」
「ぴきぴきしないで下さいよー。途中まで頬染めて乗り気だったじゃないですか!」
「うっせえ!」

 静雄さんはわたしの噛んだ箇所をふうふうと冷ましながら(火傷じゃないんだから)、涙眼でわたしを睨んだ。
 くすりと微笑み返すと、また無愛想な顔に戻ってしまう。

「ごめんなさい。あんまりおいしかったから、全部食べちゃおうから思いまして」
「思いましてじゃねーよ思いましてじゃ。ま、良いけどな」
「許してくれるんですか?」
「そんなに心狭く見えてるのか俺……。代わりに俺にも噛ませろ」
「は?」
「噛ませろ」

 至極真っ当なことをいっている、とでも言わんばかりに静雄さんは不敵に笑う。ずずいっ、と端正な顔が近づいてきて、ガラにもなく胸がときめいた。そのまま動かないでいると、大きな手がわたしの手を掴み、そのまま口へと持っていかれた。

「んっ――」
「どうだ、いてえだろ」
「……痛い、です」
「だろうな。そうした」

 静雄さんは満足げに笑うと、噛んだ指先に小さなキスを落とし、わたしから離れていった。
 まだ胸がどきどきしている。静雄さんの口の中は、温かかった。

「なんか、これ印みたいですね」
「印?」
「はい」

 静雄さんの噛んだところには歯型がついており、薄っすらと赤く色づいている。それがなんだか、わたしが静雄さんのものだという印のようで。じんじんと痛むそこに、もう一度静雄さんの顔が近づいた。

「いたっ」
「そんなに俺のものにしてほしいなら、どこにだってつけてやるよ。――何回でも、な」
「……馬鹿ですか」
「お前がいったんだろーが!」
「はは、ごめんなさい」

 増えていく痛みと、歯型にわたしの心が反応している。
 口には出さないし、笑顔のままで振舞うけれど……わたしも静雄さんも知っている。印がどんなものであれ、この関係が形になるという行為に、安心を覚えているということを。
 消えない赤があったら良いのに、とわたしは静かに瞳を閉じた。


(いっそ噛み千切ってしまって)
(そうしたら、忘れられない印になるでしょう?)



 依存というか、なんというか.
 静雄さんはそういうイメージで書いています. 病んではいないんです!


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