静雄04  [ 35/39 ]



「ちょっと、静雄さん。温かいのは結構ですが、流石に春ですよ。暑いですしご飯作るのに邪魔なので離れてください」
「嫌だ」
「……嫌だ、じゃなくてですねえ」
「嫌なんだ」

 どうしたんだろう、このひとは。
 最近寂しがりやなのか知らないが、静雄さんは料理中ですらもわたしに抱きついてくる。一週間前は彼から触れてくれることが嬉しくて、笑っていたわたしだったが流石にそれが毎日となると少々厄介になってくる。
 実際静雄さんはいつもわたしの隣にいる。火を使っているのに危ないという概念はないのだろうか。ないからしてるんだろうな。。

「ご飯食べたら一緒にテレビ観ましょう。それじゃ駄目ですか?」
「駄目だ。今じゃないと」
「もう!」

 いくら愛しい彼氏とはいえ、これはきついものがある。
 ようやく春になったというのに、春を飛び越えて夏がきたような暑さだ。わたしは静雄さんの抱擁を強引に解くと、リビングへと押しやった。静雄さんは悲しそうな顔をしてわたしをもう一度抱きしめようとするが、それを阻止する。

「駄目です! ちゃんとそこに座って待ってて下さい。あと三十分もあればできますから、ね? お願いします」
「なまえ」
「それ以上したらこれから三日は触らせませんよ」
「……分かった」

 やっと納得してくれたのか、静雄さんは静かにテーブルの前であぐらをかく。わたしはキッチンに戻り、なるべく素早く料理を作り上げた。
 出来上がった料理をテーブルに持っていくと、静雄さんがわたしを見上げて眼を逸らした。面倒な大人だ、と内心苦笑してしまう。料理を零さないように置き、静雄さんの頭を優しく撫でてやる。すると彼ははにかむから、また撫でてやった。

「どうしたんですか? 最近やけに寂しがりやですね」
「……特に理由はねぇけど」
「寂しがってるを否定しないんですね。静雄さん、変ですよ。わたしはずっとここにいるのに」
「分かってるんだ。お前は俺の傍にいるし、離れない。でもな、」

 静雄さんの大きな手がわたしの手をとる。恐る恐る、という表現がぴったり合うような弱さで握られる。そこから伝わる温度は、驚く程冷たかった。

「ずっと、ずっと、一緒にいたいんだ。今までこんな気持ちになったことなんてねぇから、どうしたら良いか分からねぇんだ。俺、格好悪いよな?」
「わたしが静雄さんのことを格好悪いって思ったことなんてないです。今だって静雄さんは抜群に格好良いのですよ?」
「お前に触ってると安心する。このままひとつになれたら、って……でも、」

 どうしたって、俺とお前の隙間はなくならねえんだ。

 静雄さんの言葉が静かな部屋に響いた。
 どんなに好きでも、愛し合っても、完全にひとつにはなれない。それは個として生まれた瞬間に繋がれた鎖のように、静雄さんを縛る。静雄さんは要するに極度の怖がりなのだ。ひとつになってしまえば離れることはない。隙間を感じることは、ない。
 けれどわたしはだからこそ、彼を愛せたんだと思うから。

「ほら、ご飯冷めちゃいますよ。食べましょう。いただきます!」
「なまえ」
「静雄さんも食べてください。食べなきゃ明日元気出ませんよ?」
「そう、だけどよ」
「わたしは静雄さんの色んな顔を見るのが好きです。その幸せを奪うようなことをいうひとは、わたしがお仕置きしちゃいますよ?」

 悪戯っぽく微笑むと、静雄さんが面食らったように口をぽかんと開けた。
 静雄さんがわたしとひとつになりたい理由は分かる。気持ちも分かる。でも、絶対に叶えさせることはないのだ。わたしはわたしで、静雄さんは静雄さんで。こうして彼の一挙一動が愛しいと思えるのはふたりがふたつだったからだ。わたしはそれをとても、素晴らしいことだと思っている。

「ひとつだったら寂しさなんてないですけど――そのひとのために何かをすることはできなくなるんです。わたしは、嫌です。だから、手を繋ぐぐらいで我慢して下さい」
「……なまえは一緒、嫌か?」
「静雄さんとくっつくのは好きです。でも、これだけは譲りません」

 そうきっぱり伝えれば、考えるような仕草を見せた後静雄さんは……微笑んだ。
 手を離し、自分の箸を持っていただきますという。そして、料理を口に運び始めた。

「あら、もう良いんですか?」
「お前が嫌だっていったんだろ。つうか、俺もよく考えたら嫌だし」
「何がです?」
「俺とお前がひとつになったら、お前を誰が守るんだよ。お前を守るのは、俺が良い。だから別々でも、良い」

 真っ赤になってそういう静雄さんには悪いけれど、わたしは思わず吹き出してしまった。
 結局どっちに転んでも静雄さんの独占欲からは逃れられないということか。今ので静雄さんは気分を悪くしたようだけれど、わたしは幸せでいっぱいだ。
 大丈夫。例えひとつじゃなくても、心の隙間は作らせやしないんだから!

 もう一度可愛い彼氏の頭を撫で、わたしも食事を始めるのだった。



(くっついて、また、離れて)
(僕たちは愛の意味を知る)


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