ありふれた茶番に御座います  [ 9/39 ]




「露くん露くんっ! ほらぁ、はやくしないと梵さま先に行っちゃってるよー!」
「分かってるって。んな急いでると転ぶぞー」

 俺の手を引きながら緩んだ顔をしているのはなまえ。最近出会ったばかりの、馬鹿な奴だ。
 こいつと過ごした時間はそう長くはないはずなのに、いつの間にかこいつは俺の生活に組み込まれているようだった。最初はすげえ意地っ張りで八方美人なむかつく奴だった。それが、話していくうちに崩れていった。今ではすっかり毒気が抜けてしまってそこいらにいるガキと変わらねえ。扱いやすいことこの上ない。

 くるくると変わる表情は見ていて飽きなかった。俺をひらすらに慕う様子も、怖がらない瞳も、元気すぎる性格も、全てが愛しくなっていた。
 俺はここまで変われたのかと……苦笑してしまう。

「? どうかしたの」
「いや? お前も結構変わったなって思ったらちょっとな」
「……良いじゃない。今の私は露くんが大好きで、露くんも私が大好き。そうでしょ?」
「さあな。お前がそう思ってるだけだろ」
「ええええ!?」

 嘘。好きだ。大好きだ。
 人間だとか女だとかそんなことは関係ねえ。こいつだから好きだ。誤魔化さずに俺を好きだとこいつが言ってきたとき、俺はそれを疑うこともなくすんなりと受け入れることができた。ああ、そういうことなのかと理解した。俺がなまえを愛しいと思う気持ちもとても自然なものだったから。
 理由なんて些細なものだ。こいつが俺を好いてくれて、俺もこいつにほだされたというだけ。

 なまえは顔を真っ青にして俺の手を強く握ってくる。さっきまで梵天に置いていかれると喚いていたのに、もうそのことなんてすっかり忘れてしまったらしい。歩きながらなまえを観察していると、また妙な声を上げてきた。

「あー! ってことは、あ、あいし、あいして……」

 そこまで言いかけて、恥ずかしくなったのかなまえは俯いて俺から手を離した。こいつ、まじ意味わかんねえ。初めからずっと、今でもこいつの行動は理解できない。自分からなにかを始めるくせにそれを回収するのが下手で、俺が助け舟を出してやらねえと満足に言葉も紡げやしねえ。だが、それがどうしようもなく可愛い。

「んだよ。俺がお前をどう思ってるって?」
「……なんでもない」
「なんでもなくねえだろ。さっきまであんなにうるさかったのに」
「良いの。はやく行こ。べ、別に露くんに嫌われてたって私平気だし」
「嫌いとはいってねえだろ」
「だっていっつも露くん私に厳しいから」

 そうやってすぐに拗ねるからからかわれるということを理解していないのだろうか。梵天はかなりこいつを苛めるのが好きだが、俺も大概だと思う。空五倍子ですらもなまえをからかってしまう。救いようのない馬鹿なのだ、こいつは。

「好きだぜ」
「は?」
「俺はお前のこと、好きだっつったんだよ。聞こえなかったか?」
「…………」

 なまえはまた俺の手を握って、早足で歩き出した。

「や、やっぱり言わなくても良い。恥ずかしいから」
「そーかよ」
「うん。それに優しいのは、知ってるし」
「あっそ」

 ああもう、畜生。
 大好きだ!



  
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