嘘つきと猫は、きっと  [ 8/39 ]




「傘のことは、悪かったと思ってる」

 露くんが唐突に話し始めた。しゃがみ込んだままの彼の隣に座って、私はおとなしくそれを聞くことにした。

「むしゃくしゃしてた。生活のためとかなんとか言いやがるけど、結局私利私欲で……、お前のせいじゃねえってのは分かってた。だから、傘のことは謝る。けど、その後からはお前が全部悪いだろ。いや、全部じゃねえ、けど。平八も鴇もお前のこと褒めるけどお前全然そんな感じじゃねえし……梵天はお前が俺のこと好きだとか意味わかんねえこというし、お前は何回会っても変な笑い方しかしねえし……」
「それで嫌い、っていったの?」
「俺はお前が嫌いだよ。少なくとも、今までのお前は」

 むくり、と顔を挙げた露くんが私を見つめる。もう先程までの怒りや軽蔑の色はなく、平八さんに対するときのような顔になっていた。
 ――あれ?

「えと、それはどういう」
「今の取り繕ってねえ情けないお前はまあ、嫌いじゃねぇよ」
「え、ちょっと、そんないきなり」
「最初から言ってんだろうが。俺は嘘つきが嫌いなんだよ……って、お前顔赤くねえか?」
「いやいやそんなことないです、よ」

 なんだろう。おかしい。絶対おかしい。なんでいきなり態度が軟化してるの。わけが分からないよ!
 視線を外して立ち上がり、この場から逃げ出す準備をする。それを彼が許すわけもなく、怪訝そうな顔をして立った私の腕を掴んだ。掴まれたところが火傷しそうなくらい熱い。露くんに触られたの、初めてなんじゃないだろうか。

「なにしてんだよ。話は終わってねえだろうが」
「わ、たしとしてはもう十分満足といいますか、もうお腹いっぱいといいますか」
「敬語は止めろって言ったろ。つうかひとに対して最低限の礼儀を払えっていったのはお前じゃねぇのかよ」
「それはそうなんですけれども!」

 腕を強く引かれて、無理矢理同じ場所に座らせられる。今度は私が俯く番だった。今の顔を見られたくない。確かに、もっと仲良くなりたいとは思っていたけれどこんな急激に接近されても困る。というか、相当叫んだのにどうして後のほうが優しいのか理由が不明だ。そういえば、露くんと前にもこんな風に怒鳴りあったことがあったっけ。その後から微妙に話すようになったような、ならなかったような。
 私は彼に恐る恐る問いかけてみる。

「えっと……実は露くんって口が悪い子が好みだったり、」
「しねぇよ」
「ですよねハイ! すみませんでした!」
「なに焦ってんだか知らねぇけど、そのままだとお前風邪ひくぞ」
「…………あー、着替えてきます」
「そうしろ」
「か、身体拭くものも持ってくるから! そのままそこにいてね!」

 私はそれだけ言い残して自分の部屋に急いだ。箪笥から布を取り出して雨を拭き、新しい着物に着替える。
 心臓が痛い。初めて、嫌いじゃないって言われた。初めて!
 待っててと言った手前、戻らないわけにもいかない。私は大きめの布を一枚持って、露くんの元へと急いだ。

 そっと外を覗くと、まだ先程の位置に座っている露くんが見えた。雨はもう止んでいる。忍び足で近づいてみるけれど、案の定すぐにバレた。

「悪いな。どうにもこのままだと張り付いて気持ち悪ぃから」
「ううん、全然それは良いけど」
「? お前、距離遠くね? いっつも引くくらい近くで話してたっつうか」
「これが普通だと思う!」
「あー、そうか? なら良いけどよ」

 露くんが身体を拭くのを横目で確認しながら、私は次の行動を考えていた。どうしよう。いや、割と本気で。どういう心境の変化なのかは分からないけれど、今の空気は上々だと思う。好きっていったら嫌いじゃないって返されるってなにそれ。
 そうこうしている内に露くんの作業も終わったらしく、布を返される。はい、洗っておきます。それは私がしますけれども。はい。

「で、お前はなにがしてぇんだよ」
「なにがっていうと……なにが?」
「お前は俺が好きとかいってるけどよ。それでどうしたいんだよ」
「別に特には」
「はあ? お前、まさか好きってのも嘘とかそんな落ちじゃねぇよな」
「それは違うって! ちゃんと私、露くんのこと好きだよ!?」
「じゃあなんかあんだろ。こうしたいみてぇなのが」
「そこまで考えたことがなかった……かも。一目惚れだったから。ただ、なんでそんな悲しい顔してるのか知りたくて、出来れば支えてあげたいな、とかそういう……ああもうお節介ですごめんなさい」
「本当にな。お節介野郎だよお前は」
「後は単純に格好良いなって思って、話してみたくて。してほしいこともあるといえばあるけど、うう」

 びしびし眼力ビームが私に突き刺さる。恥ずかしいけれど、ここで答えなかったらまた怒られるのは明白だ。嘘を吐いても事態が悪化するのは眼に見えている。露くんの舌打ちが、私の背中を押した。

「な、名前呼んでほしい……」
「なまえ」
「そんなあっさり!」
「なまえ、なまえ、なまえ、……ほら、呼んでやったぞ」
「もうやだー! なにこのひと! 性格変わりすぎでしょ!」
「それはお前もだろ。俺も吹っ切れただけだばーか」
「じゃあ最後のも勢いでいうけど! つ、」
「あ?」
「付き合って下さい!」

 みっともないやら情けないやら恥ずかしいやら後悔だとかで胸の中はいっぱいだけれど、露くんが爆笑してくれたから、どうでも良いかなと思ってしまった。
 ……もう、このひとに嘘は吐かないことにする。



  
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