大人の言葉は嘘つきを刺す  [ 6/39 ]




「梵さま、お久しぶりですね」

 後ろにふと気配を感じて振り返ると、案の定そこには金色のひとが立っていた。
 最近は忙しかったのか、全然会いにきてくれなかったひと。鴇くんと私を、利用しようとしているひと。でも私は皆がいうように梵さまが根っからの悪人だとは思えないのだ。それは鴇くんも同じようで、私たちは常に微妙な立場にいる。
 男性とは思えない美貌を携えた梵さまがくすりと笑んだ。

「本当に久しぶりだね、どうだい、最近はあの馬鹿がよく来ているようだけど」
「……露くんのことですか? ええ、まあ。平八さんのついでにですけれど。それでも嬉しいですよ」
「そういえばなまえはまだあいつのことが好きなのかい?」
「まだって……そんなほいほい嫌いにはなりませんよ」
「でもお前は露草に酷いことを言われているみたいだけどね」

 梵さまの鋭い視線にびくり、と身体が跳ねる。露くんは、優しい。優しいけれど牙を剥く。人間嫌いがそう簡単に治るわけもなく、依然として態度はそこまで軟化していなかった。元来の性質も作用して、彼はかなりキツい態度を私にとる。平八さんや鴇くんとは普通に友人関係を築いているというのに、私にはまだ。
 一度だって笑いかけてくれないし、名前だって呼んでもらえない。

「それでも、好きですよ。それにつっかかったのは私もですから。露くんのこと責めるのはお門違いってもんですよ」
「だから動かないと。あのね、俺は君たちを見ていると苛々するんだ。仲が悪いというわけでもないのに、お互いどこかぎこちない」
「梵さまは口を出さないって、」
「俺はね?」

 梵さまが私の頭を撫でる。その優しい手の感触になんだか泣きそうになった。こんなの私らしくもない。だって、自分で決めたことだもの。露くんのことは気になるけれど、じっくりと時間をかけて仲良くなっていけば良い。いつだってそうしてきた。丁寧に関係を築いていけば、どんなひとだって仲良くなれる。私を嫌いにならないように、ゆっくり、ゆっくりと。
 でも、鴇くんは変わったのに、私は変わらないままでいるの?

「なまえがあまりにも面倒なことを思っているから、それを正そうと思っているだけさ。なまえが思っているほどあの馬鹿はなにも考えちゃいない。普通に接しても良いと思うけどね」

 露くんのことが好き。嘘を吐きたくない。皆に良い顔をするなんて本当は嫌。
 初めて彼と会ったときのあの顔が忘れられない。人の手によって傷つけられた森を見た彼はひどく、なにかに胸を燃やしていた。その瞳に、あるいは怨みさえ感じさせる視線に、私はすっかり囚われてしまったのだ。
 梵さまは優しすぎる。誰の味方でもないといいながら、本当は誰かのために動いている。そのことが分からないほど私も愚かではない。そして、私が本当がどうすべきなのかも私は既に知っている。

「梵さまは私みたいなずるい生き方を軽蔑しますか。多分、露くんは私のことを好きでもなんでもないです。それを無理矢理変えさせるためににこにこ笑うってそれは汚いとは思いませんか」
「さあ? それは俺に関係のないことだからね」

 梵さまは肩をすくめてふっ、と息を吐いた。そのまま身を翻す。

「ただ、なまえが思うほど世界は君に厳しくはないと思うよ?」

 ああ、なんでこんなに私は臆病なんだろう。
 自分が露呈してしまえば好かれないことは分かっていた。我侭な私はずいぶんと前に奥へ押し込んだつもりだった。それなのに、恋は人を変えるとはこういうことか。もっと強かに生きていきたいのに心のままに動きたくなってしまう。露くんに今すぐ好きだと伝えたくなってしまう。
 きまずくなってしまうとしても自分の心を伝えるのは正解なのか。

 そっと瞳を閉じて、私は悲しい眼をしたあのひとを思い出した。
(今まさに動き出そうとしている時を噛み砕きたい)



  
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