嘘つきは猫に噛みつかない  [ 5/39 ]



「露草さあん、そんなところじゃなくてこっちで一緒にお茶飲みましょうよー」
「……お前、それわざとか?」
「もちろんわざとです!」
「んな笑顔で肯定すんな、馬鹿。平八は?」
「平八さんなら丁度今出ていったところです。残念でしたね」
「――そうでもねえよ」

 露くんは敬語が嫌いらしい。友達になってくれる、と言ってくれた日からそれは明白だった。彼曰くむずがゆい感じがするらしい。敬語+さん付けで話しかけると露くんはいつも嫌そうな顔をする。少しでも私を意識してくれるのが嬉しくて、やめられなかったり。

 露くんは平八さんに結構な頻度で会いにくる。私は鴇くんみたいに外出しているわけでもなく、常に縁側でごろごろしているので(ちはちゃんには怠け者、と叱られた)よく顔を合わせるのだ。話くらいはしてやる、と言った手前、私を邪険にするわけにもいかないらしい。そういうわけで、露くんは私ともそれなりに仲良くしてくれるわけだ。まだまだ嫌われている感は拭えないのだけれど。
 いつものように樹から飛び降りた露くんは音も立てずに着地した。そのまま縁側でお茶を啜る私の隣に座る。

「お前本当暇人だな……。いつ来てもここでだらだらしてるじゃねえか」
「まあ、私は鴇くんみたいに何かができるわけでもないからね。仕事があるわけでもないし」
「世間じゃそれを盆暗っつうんだぜ」
「知ってる。でも家事手伝いはしてるからそこまで堕落してるつもりはないよ!」
「お前はただの馬鹿だな」

 否定はしない。ぐうたらな私はお茶をもう一度汲みに行くのも面倒なので、いつも大きな急須を横に置いている。来客用の湯飲みも二つ程。それにお茶を注ぎながら、少しだけ反省する。この世界に来てからそれなりの時間が経った。焦り、帰りたいと泣いた夜はもうとうに越えてしまった。
 今ではこうやって自分を妖怪だとかいう男の子の友人まで出来る始末だ。それにしても柔軟な対応に自分でもびっくりだ。

「そういえば露くん。最近梵さまが会いにきてくれないんだよね。病気になったとかそういうのはない?」
「妖はんな簡単に病にかかったりしねえよ。あいつはあいつで忙しいんだろ、俺は知らねえ」
「そっか。このところ鴇くんもちはちゃんも忙しいんだって……二日くらい、会ってないなあ」
「あー、……まあそういうこともあんだろ。その内帰ってくるだろうから心配すんな。ん、もらう」

 露くんは私からお茶を受け取って一気に飲み干す。確かに温くなっているけれど、そんな急いで飲まなくたって良いと思う。
 皆がいなくなった分、なぜか露くんが会いにくる回数が増えた。それは私が寂しくないようになのか、単に偶然なのか。彼の行動はよく分からない。とても照れやすく、意地っ張りなことだけは分かっているのだけれど。

「露くんは、私のこと、嫌い?」
「はあ?」

 ぽつり、と無意識に漏れた言葉に露くんが反応する。
 出会い方は最悪だった。初対面の相手にあそこまで馬鹿にされたのは初めてだった。その後だって、決して良い関係じゃない。私だけが露くんといるのが楽しくて、このひとはなんとなくで話してくれているだけかもしれない。
 横目で彼を見ると、まるで金魚かなにかのように口をパクパク開けて真っ赤になっていた。
 お?

「ね、嫌い?」
「……す、きじゃねえ。つうかあんな馬鹿にされて好きなわけねえだろばーか」
「私は好きかどうかなんて聞いてないよ。嫌いか嫌いじゃないかって聞いてるんだけど」
「同じだろ!」
「じゃ、嫌い? 嫌いなひとなのにこんなに話聞いてくれるの? それってすっごく、お人好しじゃない?」
「うっせえな! んだよ、帰れっつってんのかお前は!」
「そういうこと言ってるんじゃないよ」

 明らかに嫌いじゃないって反応なのに、絶対にそれを認めようとはしない。我ながらずるい質問だと思った。好きと嫌いが違うっていう逃げ道を用意して、ただその一言のためだけに子どもみたいな言葉を投げかけて。ああ、こんなの私じゃない。いつもみたく笑って、本心なんて気にしないで上辺だけで付き合えば良い。それだけ、なのにな。
 露くんはそっぽを向いて、小さな声で答えた。

「好きじゃねえ、お前なんか大嫌い……だけど、仕方ねえから話してやってるだけ、」
「うん」
「お前、本当意味分かんねえ」
「まあね!」
「褒めてねえよ間抜け」
「うん。それでも良いんだ」

 にっこりと笑って、私もお茶を飲み干す。最後に食べようと思っていたお饅頭を露くんに渡して、眼を閉じた。
 本当に言いたいことは、こんなことじゃない。間抜け。どじ。のろま。馬鹿。阿呆。だいっきらい。
 私なんて、大嫌い。

 お願いだから、一度で良いから名前を呼んでもらいたいだけなの。
(嘘で塗り固めた私はあの子とそっくりで、でも笑っていたくて、その矛盾にまた溜め息が漏れる)



  
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