猫が懐くのはいったいだあれ  [ 3/39 ]



 ある昼下がりのこと。沙門さんにお茶菓子を買ってきてくれ、と頼まれて私は外に出た。いつもならばちはちゃんや鴇くんも誘うけれど生憎今日は皆忙しいみたい。しののめにも断られた。生意気である。

 ゆっくりと歩きながら、ぼんやりとこの前梵さまに言われたことを思い出していた。手を出すなら最後まで、か。
 そうは言われても、あの少年にもう一度会えるという確証はない。できることなら仲良くなりたいし、私の傘についての謝罪も求めたいけれどそれは果たして叶うのだろうか。まあ、いざとなれば梵さまに頼めば良いのだけれど。
 そんなことを考えていると、角を曲がったところで誰かにぶつかった。

「うわ、ごめん! 大丈夫か?」
「いえ、こちらこそすみません! ……って、平八さん?」

 見れば、お馴染みのひょっとこ(しののめ談)顔があった。沙門さんやしののめと交流のある平八さんである。今の時間は休憩なのだろうか。こんな風にぼうっと立っているだけなんて彼らしくもない。平八さんといえば、なにかと動き回っている印象がある。

「奇遇ですね。一休みですか?」
「んー、まあそんなところかね。なまえはおつかい?」
「はい。丁度お茶菓子が切れたので。……それにしても、平八さんなにをしてらっしゃるんですか? ここってそんな、見るものがあるとも思えないんですけれど」

 そう問いかけると平八さんが苦笑した。そして肩をすくめて、すぐに分かるよという。不審に思っていると、強風が吹いた。がさり、と葉が揺れる音がする。ここは回りには樹ばかりで、近道で利用するひとも少ない道だ。
 誰かの気配を感じて、私は後ろを向く。
 そこには先程まで考えていた緑髪の少年が樹の少し太い枝に立っていた。

「あっ」
「……よう、平八。そいつはお前の知り合いか?」
「え? なに、二人とも知り合い?」
「俺が先に聞いたんだろうが。ったく」
「なまえは俺の知り合いってか、まあ友達っつうか。鴇いるだろ? あいつと同郷で、一緒にあそこで暮らしてんだ」
「そうかよ」

 いかにも不機嫌です、という表情で彼は私を睨みつけてくる。まさか、こんなに早い再開とは思わなかった。反射的に睨み返してしまう。普段は明るく誰にでも笑顔を振りまくのが私の信条だけれど、なんだかこのひとにはそれができないらしい。初めて会ったときもそうだった。あんな挑発をするつもりはなかった、のに。
 今日もまた目立つ格好をした少年は、樹からふわりと飛び降りて平八さんの隣に立った。

「なまえは露草のこと知ってるのか?」
「ええと、一度だけ会ったことがあります。それと、知り合いの知り合いらしいので」
「……梵天か」
「ふーん? なんかよく分からねえけど、偶然だなあ!」
「来てすぐだけどよ、俺帰るわ」
「へ? え、だって今日はどっか行く場所があるとか……」
「いや、また来るからそんときにする。悪いな」

 もう露草さんは私を見ていなかった。それがやけに、頭にくる。平八さんと露草さんは態度から類推するに頻繁に会っているらしい。そして、彼は私を邪険にしている。まあ、出会いが出会いだから仕方ないのかもしれないけれど!
 やっぱり隠し切れなくて、刺々しい声が出る。

「梵さまに聞いてたのとは大違いですね。大の人間嫌い、って聞きましたけれど。平八さんとは随分仲がよろしいようで」
「あ? んなのてめえに関係ねえだろうが」
「え? え?」
「しかも鴇くんともお友達みたいじゃないですか。初対面であれだけ嫌味な態度をとっても優しくしてくれるひとが沢山いて良かったですね。どうやって仲良くなったのか是非ご教示頂きたいものです」
「うぜえ。お前、調子乗ってんなよ。こいつの手前目立つことはできねえが……それ以上言ったら、ぶん殴るぞ」

 冷ややかな視線が私に突き刺さる。ああ、苛々する。怖くないわけじゃない。足は震えるし、今すぐ逃げ出したいくらいの空気を醸し出されている。それでも、いつものように偽ることはできなかった。

「そんな喧嘩腰に話されたら誰でも萎縮しちゃいます。こっちは貴方と話したいって思ってるのに、会話成立しないじゃないですか」
「え、露草と話してみたいの? でもなまえいつもと性格が」
「お前のが喧嘩腰だろうが」
「貴方がこっちを見ないで勝手に帰ろうとするからです! ちょっとでも会釈するとかあるでしょう」
「ああ!?」
「おいおい! 二人とも落ち着けって!」

 今にも掴みかかりそうだった私たちを平八さんが涙眼で止めた。心臓がばくばく脈打っている。こんな風に、言い争ったのは何年ぶりだろう。
 私は一度会っただけでこんなにこのひとに興味を持っているのに、あちらは私に視線も寄越さない。それが妙に腹立たしい。だからだろうか。繕うことも、良く見せようとも思わずに私は露草さんを無意識に挑発してしまう。
 露草さんは本気で怒っているようで、大きく舌打ちをして平八さんから離れた。

「このお節介野郎」
「この間のことですか? そんなの普通の感覚持ったひとなら傘差し出します。無視できるわけないじゃないですか」
「梵天がおかしな女がいるっていってたけど絶対お前だなそうだ間違いねえ! 意味わかんねえ! お前、俺の態度が悪いとかいう前に自分見なおせばーか!」
「はん! すぐにそうやって暴言に移るところとか馬鹿ですね!」
「お前だって使ってんじゃねえか! うぜえ!」
「だから止めろって……ああもう!」

 結局、その後も私と露草さんは互いの悪口をいいまくった。平八さんの休憩時間が終わって、ふたりだけ取り残されて、帰りが遅いと心配した沙門さまに怒鳴られるまで後一時間。



  
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