大人はいつも無知を嘲笑う  [ 2/39 ]




 あの緑髪の男の子と別れてから色々なことがあった。鴇くんと私は白紙の者と呼ばれ、この世界で非常に重要な立場であるといわれた。鴇くんは少しずつ、変わっていっている。面倒なことはせずに周りに合わせる彼の生き方は、ここでは通用しないと感じたのだろう。今の鴇くんはちはちゃんやしののめと一緒に笑っているのが一番の幸せらしい。
 鴇くんがそうしたいのなら、私は彼の幼馴染としてそれをサポートするつもりだ。あの、美しい妖怪の梵さまには悪いけれど、鴇くんを渡すわけにはいかない。
 と、思っているのだけれど。

「あ、梵さま。お久しぶりです」
「やあなまえ。それにしても君には警戒心というものが欠落しているようだね……日が暮れたらひとりで出歩くのは止めると良い」
「あはは、それ梵さまがいいます? 一番危険なのって多分貴方ですよ」
「別に俺は君たちに危害を与えようとは思ってないんだけどね」

 私は梵さまと、所謂お友達になりつつあった。鴇くんが攫われたあと、私も彼と少し話をした。その中で悪人とは思えなくなってしまって、ずるずるこの逢瀬を続けていたりする。
 このあまつきの世界を完全に理解したわけではないし、実際のところ彼が敵でない保障などない。けれど、興味を持ってしまったのだから仕方がない。

 梵さまはよく、日暮れに寺に訪れた。大抵の場合はひとりだけれど、時々空吾倍子さんを連れてきたりもする。今日は後者のようだった。何度見てもふっわふわのもこもこの毛を持っていて、なんというか、すごく羨ましい。

「鴇くんならしののめと一緒になんかしてましたよ?」
「明確な理由があってここに来ているわけじゃないからね。本当なら身を隠して君たちを観察したいものだけど、なまえは勘が鋭いから困る」
「そんな派手な格好で見つからないと思うほうがおかしいですって……ねえ、空吾倍子さん?」
「そうであるな。梵も我と同じようにおとなしい格好をすれば良いものを!」
「や、それもちょっと違うような……。あ、そういえば私梵さまに聞きたいことがあったんです」
「? 俺は百科事典じゃないけど、まあ答えてやらないこともないね」

 ふふん、と明らかに上から目線の梵さまに苦笑する。梵さまが妖の王ならば、自分以外の妖怪にもそれなりの情報網があるだろう。

「ちょっと前に、この辺りの森で――なんていうんでしょうね、すごいツンツンした男の子に会ったんですよ。緑色の髪の毛してて、目つきがすごい悪くて……妖怪だって名乗ってたんですけれど、心当たりありますか?」
「緑髪?」
「あ、ご存知なかったら良いんです。たいした用事でもないので」
「いや、知ってるよ」

 梵さまは今まで見たことがないような、驚いた表情で首を傾げて見せた。まさかすぐに分かるとは思ってもいなかったので、こちらもびっくりしてしまう。
 空吾倍子さんも同様に知り合いのようだ。

「目つきと口が悪い小さい妖怪だろう? ……なに、君はそいつになにかされたのかい?」
「傘を破壊されました」
「……そ、それは残念であったな」
「いえ、私が悪いんです。なんだか可愛いなーと思ってちょっかい出しちゃったので、キレちゃったみたい」
「あいつに興味を持つなんて、なまえもなかなか変な趣味をしているね。それで、そいつになにか用があるのかい?」
「傘のこと、謝りたくて。あのときは私も苛々して高圧的な態度になっていたので。それと、お名前が知りたいです」
「知ってどうするつもりだい? あいつは分かってるだろうけど……大の人間嫌いだよ?」
「できるならお友達になりたいです」

 梵さまがここでぶはっと吹き出した。そこまで変なことを言っただろうか、と顔を覗き込むも、今だ笑ったままである。空吾倍子さんも面白いのか肩を大きく震わせている。
 涙眼のままで梵さまが私を見た。それからいつもより真面目な顔でこういった。

「多分なまえがいうそいつは露草、俺の仲間……ではないか。まあ似たようなものだよ。ただ気性は荒いし、下手に近づけば怪我するだろうね。それでも友達になりたいのかい?」
「はい。だって、その、露草さんですっけ? 寂しいって顔してたんです。ああいうひと、嫌いなんですよ。鴇くんもですけど、弱音をひとに吐かないタイプ。でも周りにはバレバレなんです。隠すなら隠し通せよって思って、嫌い。だからお友達になりたいんです」
「お主はなかなか面白い娘であるな!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「まあ、」

 梵さまがふわり、と舞い上がった。近くにあった木に降りて、上から私を見下ろす。

「君が仲良くしたいのなら、そうすればいい。俺はどうなっても責任を取らないし、助けてもやらないよ。手を出したなら最後までやり遂げることだね」

 そう私に告げると、梵さまは突風を起こした。次に眼を開けたときには、もう誰も残っていなかった。
 抜き身の刀身に触れるのは、誰だって怖いことだと思う。けれど、その刀身がもう誰も傷つけられないくらいぼろぼろになっていたとして、刀を持つひとの手が震えていたとしたら、それを私は笑うことはできないの。例え自分が傷ついたとしても、私はそれを全部握りつぶしてやりたい。

 そんなことを思いながら、梵さまも少しだけあの男の子に雰囲気が似ているなとぼんやり考えた。



  
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