めでたし、めでたし  [ 30/39 ]


 結果から言うと、何とかなった。

 なまえは今現在、俺の家で暮らしている。妖関連のことはいえなくて、しどろもどろで説明した俺の肩を茂さんは優しく叩いてくれた。貴志がその子を助けたいと思った気持ちを尊重したい。ここだけの話だが、俺は少し泣いてしまった。
 戸籍が一番面倒だったのだが、記憶喪失で新しい戸籍を作るという話で落ち着いた。あのときのなまえは驚くほど演技が上手くて、一緒に居た多軌が吹き出すのを堪える程だった。
 他にも学校のことだとか、お金の工面だとか、解決していない問題は多々ある。
 それでもなまえは、俺の隣にいてくれた。

「夏目さま、私、このご恩は一生忘れません。多軌さまにも感謝してもしきれない程です」
「ううん、私はなまえちゃんと一緒にいたかっただけだから」
「俺も。なまえがここにいてくれるだけで良いんだ」
「本当にありがとうございます」
「それに今後の楽しみもできたしね。夏目くんとなまえちゃんを見守るっていう」
「ちょ、ば、多軌!」
「……私と夏目さまですか? ええと、見ての通り、恩人です」
「「え?」」

 思わず多軌と声をそろえてなまえを見てしまった。彼女はにこにこと笑いながら、多軌と選んで買ったというワンピースを着ている。今日も可愛い。いや、そうじゃなくて。

「……なまえちゃんって夏目くんと付き合ってるのよね?」
「? いいえ。全く」
「いや、ごめん、俺が悪いんだ。本当にごめん、多軌」
「じゃあなまえちゃんは何の疑問も持たないの? その、付き合ってもいないひとと一緒に暮らすって……」
「夏目さまは私の恩人ですし、今はまだ自立できないので甘えています。そのことは申し訳ないと思います」
「そうじゃなくてえ!」

 多軌は必死だ。俺と彼女がそういう関係だと信じていたらしい。
 なまえが人間として暮らし始めて既に半年が経っている。多軌の驚きは最もだ。あれだけ好きだから云々いっていたのだから。
 ……実際一番驚いているのは俺、だ。

「ふん、こんなモヤシにそれを求めるのが間違っとる。夏目が私のように勇敢ならなー」
「無茶いうな。それどころじゃなかっただろ」
「ええええ……ってことは告白もまだなんだ……。なまえちゃんかわいそう」
「その、言いづらいのですが、夏目さまって私のこと好きだったのですか?」
「……うん」
「それだけでお前をここに置いているのだぞ。お前もそろそろ気づいてやれ」
「あー、えと、ごめんなさい」
「いやいや謝らないでくれ。自分がヘタレだって再認識するだけだから」
「やーいこのヘタレー」
「にゃんこは黙ってろ!」
「なまえちゃんは嫌いなの?」
「いえ、好きですよ。もちろん」
「えっ」
「まさか夏目さまがそんなことを思っていたとは思いませんでした」
「じゃ、じゃあ、俺と付き合ってくれるのか?」
「はい。喜んで」
「あえて聞くがなまえ、それは恋愛感情か?」
「た、多分!」
「多分ってなんだよ! 俺はなまえのこと好きだぞ!」
「私もなまえちゃん好きー」
「多軌もややこしくなるからちょっと!」
「というかそろそろ私、名前で呼んで欲しいな。知ってるよね?」
「呼んでも良いのですか?」
「もー、今更水臭いじゃない」
「じゃあ、と、透さま」
「おしい! 呼び捨てでよろしく!」
「透ちゃん! 夏目くん!」
「きゃー! かわいー!」
「出来ればなまえ、俺も下の名前で……」
「貴志くん?」
「うん、ありがとう」

 にやにやしてしまう。不可抗力だ。何か恥ずかしいので、にゃんこ先生を殴ることにする。
 なまえはこの半年で変わった。人間になったのだ。それが喜ばしくもあり、悔しくもある。なまえが皆に受け入れられるのはもちろん嬉しい。だが、もし昔の俺と同じで好奇の視線に晒されたらと思うと苦しい。

 だけど、


「透ちゃん、貴志くん、本当にありがとうございます!」


 笑顔のなまえは何よりも美しかった。

 この先何があろうと、俺はあの日を忘れない。人間を警戒しながら、それでも山から俺に会いにきたなまえを守ると決めたあの日から、俺は蝶になった。
 今までなまえを守ってきた蝶が消えても、思いは消えない。俺がなまえの蝶になる。
 あの極彩色を思い出して、俺は少し笑った。



 呪いは消え、娘は人となる。
 <蝶の娘>を終わらせたのは誰もが羨む美しい心を持った少年だった。
 彼も、娘も、全ては幸せのためにある。


  
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