囚われている  [ 20/39 ]



「こんにちは夏目くん! 遊びにきたよ」
「ああ、多軌。どうぞ、上がって」
「きゃー猫ちゃーんっ! 可愛いー!」
「なっ、なにをする! やめろ、やめろっ」

 仲良いなあ、なんて多軌とにゃんこ先生を傍観していると、くいくいと袖を引っ張られた。
 後ろを振り向くとなまえが多軌をじっと見つめていて、ああと納得する。

「玄関でもなんだし。俺の部屋に上がってくれよ」
「あ、うん!」
「先生を助けようとかそういう気持ちはないのかおろかものー!」
「はいはい」

 喚いているにゃんこ先生を軽く流して、なまえの手を握って二階へと上がっていく。
 今日は日曜日。塔子さんと茂さんが買い物で外に出ているため、この家には俺一人だけだ。以前多軌がまたなまえに会いたい、といっていたので家に招いたというわけだ。
 俺も多軌に聞きたいことがあったし、都合は良かった。
 今更ながら、田沼も呼んでおけばよかった。

「ほら、なまえ。もう良いぞ」
「は、はい!」

 なまえは頷いて、姿を隠すのを止めた。いくら二人が出かけているといっても、気は抜けない。近所の人に不審に思われても面倒なので、今までは隠れてもらっていた。
 部屋に入った多軌はなまえを見つけるや否やぎゅう、とすぐさま抱きつく。

「久しぶり! やっぱり可愛い〜」
「……お久しぶりです」
「おい、多軌。なまえカチコチだから。離してやってくれ。で、今日は何をしに? なまえに話があるとかって」
「あ、うん。それなんだけどね……これ」

 なまえから離れた多軌は鞄をあさり始める。そして数十秒後、何着かの洋服を取り出した。
 リボンをふんだんに使ったワンピースに、ショートパンツにまたもや可愛らしいブラウス。それらを部屋に並べて、多軌はとてつもなく良い笑顔で言い放った。

「なまえちゃん、どれが良い!?」
「……はい?」
「私としてはこのワンピースとか良いと思うんだけど。夏目くんはどんなのが似合うと思う?」
「つまり、着せ替えがしたかったと」

 にゃんこ先生が溜息交じりに呟いた言葉に多軌が大きく頷く。なまえは多軌の持ってきた洋服をじっと見つめて、小首をかしげている。そういえばなまえが洋服を着ているところを見たことはない。初めてこの家に来たときから着物を着ていた。それからもう一週間ほど経つが、いつも淡い色の着物を着ている。

 なまえは多軌を見つめて、着方が分かりませんといった。

「大丈夫! 私が着せてあげるから。と、いうことで。夏目くんとにゃんこちゃんは申し訳ないんだけど、外に出ててもらえるかな?」
「構わないけど」
「じゃあ楽しみにしててね。可愛くしてあげるから」

 ものすごく多軌が暴走しないかが心配だったが、俺たちは部屋の外に出た。

 部屋から出て数分で、なまえの悲鳴が聞こえてきた。やめてください、だとか許してくださいだとか、明らかに服を着せ替えしているだけの声じゃない……! どれだけ恐ろしいことが起こっているのかはわからなかったが、俺は耐えて外で待っていた。

「はい! 完成。夏目くん、どうぞー」
「……うん」
「? 可愛くなってるよ」

 深呼吸をして、部屋の中に入る。
 と、部屋の真ん中で所在無さげにしている少女と眼が合った。紫陽花色のふわりとしたワンピースを纏い、少しレースのついた髪飾りをつけてはにかんだ少女はなまえだった。
 少し化粧もしているのか唇が赤い。
 ……可愛い。そうとしか表現できなかった。

「変、ですか?」
「……いや、似合ってる。可愛い」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「ねっ。可愛いよね! ああもう家につれて帰りたいくらい!」

 多軌グッジョブ。心の中でそう叫んでなまえの頭をなでた。
 にっこりと微笑んだ彼女に胸が高鳴ったなんて、何かの間違いだとは思うけれど。

「じゃあ、ちょっと外で遊んできますね!」
「いってらっしゃい」

 多軌がプレゼント(あげるといって聞かなかった)した洋服を着て、なまえは外に出て行った。にゃんこ先生が着いていくという条件で外出を許した。
 土手に行くだけだといっていたが、この辺りのことを全く知らないから心配だ。……もしかしてこういうのを過保護というのだろうか。

 ということで、今は多軌と二人きりだ。

「次は夏目くんが聞きたいことがあるんだよね。私が分かる範囲でだったら、答えるよ」
「ありがとう。多軌はなまえのこと知ってるんだよな」
「――<蝶の娘>のこと?」
「ああ。多軌が知ってることだけでも良いんだ。頼む」

 多軌は少し瞳を閉じて、頷いた。

「分かったわ。私もなまえちゃんに会って、気になったからまた調べてみたの。家にある巻物に書いてあったのは……多分なまえちゃんが言ってたのと同じこと。大きな妖と結ばれた人間の話。その子孫を<蝶の娘>と呼ぶの」
「どうしてそう呼ぶんだ? 蝶って? どうして子供全員を指すはずなのに娘?」
「えーと……蝶の由来は、その大きな妖は美しい蝶を好んでいたそうなの。それで、自分が死ぬときに娘に残したのが自分の力がつまった蝶という話らしいわ。妖は、名のある妖払いに退治されたらしいわね……。それから、その娘が産んだ子供は女の子で、その女の子がまた妖と恋に落ちて。その子供もまた女の子で、と娘しか産まれなかったらしいの。だから、<蝶の娘>と呼ばれているらしいわ」
「人間と妖が……」
「ええ。なまえちゃんが山に住んで人里に下りてこなかった理由はそれにあると思うわ。今は妖は忘れ去られている存在だけど、先祖はもっと昔の話でしょうから、妖と仲が良いから村八分にされたんだと思うわ。ましてや子供を産んだんだもの。山にこもるしかなかったんだと思う……。それからも<蝶の娘>は妖とばかり恋をした。そして妖は、人間に退治され続けた。きっと、今も」

 多軌はそういって、俯いた。
 理不尽だ、と思う。人間はいつだって自分たちと違うものを排除したがる。温かい心を持っている人たちだってもちろんいる。けれど、異質なものは誰だっていなくなればいいと願っている。

「私が知っているのはここまで。だからまだその一族しか知らないことがあるかもしれないの。そこは理解してね。だけど――――もしかしたら、なまえちゃんは人間が嫌いなのかもしれないわ」
「え?」
「そんな素振りはないけれど、私だったらきっと嫌いになってしまう。自分のお父さんや、お母さんを悲しませるんだもの。あの子が妖払いを、人間を憎んでいても不思議じゃないわ」

 異常なものは怖い。消してしまいたい。
 俺だってそうだった。
 変なことをいう子だと言われ、いつだって一人ぼっちだった。悔しくて、悲しくて、それでもどうしようもなくて。
 でも、この家にきた。
 塔子さんと茂さんに出会って、田沼に、多軌に、にゃんこ先生に出会った。名取さんだってああみえて案外まともな人だし。
 できることならば。

「――なまえがもし、過去のことで人間が嫌いだと思っているなら」
「夏目くん?」
「俺は、あの子を助けてあげたいと思う。人間だって、怖い人ばかりじゃないって、教えてやりたい」
「うん。……私も、そう思う。おせっかいだとしても、そうしたい」

 多軌は俺をまっすぐに見つめて、優しく笑った。



  
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