秋声





秋の音が好きだ。
たとえ、この目が光を宿していなくても
この季節だけは耳を澄ませれば分かる。

「さやかちゃん、なにしてるの?」
やけに静かな私を美優紀が心配して見にきてくれたようだ。
「ううん、なんもないよ。」

「そう?」
私の顔が何もないように見えなかったのか、美優紀の返答は不安気だった。

目に見える世界が真っ暗になってからもう10年。記憶の中のものは、もうすっかり変わってしまったのだろう。
昔に好きだったおもちゃも、大きすぎたベッドも、厳つい父の顔も、綺麗な母の顔も、幼い自分の顔も、
大好きな美優紀の顔も。


10歳で病気を患い、12歳で完治と共に視力を失った。
美優紀は家が隣で、同い年だったこともあり昔から仲がよかった。何かと理由をつけて家に来ては私の手伝いをしてくれた。
そんな関係で、
恋人同士になるなんてすぐで
中学を卒業する頃には美優紀と私は既に恋人だった。
美優紀と付き合うのに、もちろん悩みや障害がなかったわけではない。
喧嘩や衝突もあったし私自身、こんな体で申し訳なさもあった。
私が落ち込むその度に、まわりの仲間たちが良くしてくれた。

恵まれた人生だと思う。

四年前、高校を卒業して仕事を見つけて、実家からそこそこのところで一人暮らしも始めた。
そして2年前、実家から大学に通っていた美優紀から
「さやかちゃん家のほうが、学校に近いんだけど…」
なんて言われて同棲を始めた。
幸せすぎる日々。
そして最近その幸せが怖くて仕方なかった。

「何もないなんて、嘘でしょ。なーに悩んでるの。」
美優紀はなぜかいつも私の考えをお見通しだった。
ーーーーーーーーーー
さやかちゃんは分かりやすい。
昔からそうだった。
おねしょをした時も、

おもちゃを無くした時も、

病気を隠そうとした時も、

好きだって言われた時も、
その目を見れば、さやかちゃんの言いたい事、隠してる事、全部わかった。

ほら、今だってそう。
本人にとって光のない目だけど、私からするとさやかちゃんの全てを語ってる目を見れば
何か不安なことがあるんだとすぐ分かる。
こんな時は、こちらから何か聞いてあげるのがいい。
「なに、悩んでるの。」

「…秋って、一番好きな季節なんよ。
…あと、何回の秋を美優紀と過ごせるかなぁ」

ぽつり、ぽつりとさやかちゃんが話し出す。
2人で過ごしていくのに、大変なことはたくさんあった。
さやかちゃんの気持ちがわからず自暴自棄になったことも、目が見えない恋人を支える自信を無くしたことも。
どれだけ乗り越えてきただろう。

「幸せすぎて、なんか怖いや。」

今更そんなことで不安になるさやかちゃんがおかしい。私は昔からさやかちゃんの隣にいるだけで幸せだった。

「ふふっ」

「な、なんで笑うん?最近本気で不安なんやからな。」

「アホね、そんなことでまた悩んでんの?未来のことはいいの。今、幸せならその幸せをたのしまなきゃ損でしょ。」


「…うん。」

「それに、さやかちゃんとなら、どんな未来でも大丈夫な気がするし。実際、今まで散々乗り越えてきたでしょ。」

「うん。それも、そだね。」

昔から、単純なところも変わってない。
意地っ張りで、あまのじゃくだけど素直で。
さやかちゃんの瞳は、安心したのか、自信に溢れた目に変わっていた。

「美優紀…」

隣に座っていたのに、肩をスッと寄せられて、綺麗な白い手が頬に触れた。

「んっ」
唇を奪われるのはあっという間で。

「ん…ふぁっ…」

チュっ
リップ音を立てて名残惜しく唇が離れる。

「あほ。さっきまで落ち込んでたくせに、そういうのだけは調子いいんだから。ほら、そろそろ中入ろう。風邪引く。」
さやかちゃんの右手を肩に乗せて部屋に入ると

「なぁ美優紀。」

「うん?」

「愛してるで。」

その目は優しく微笑んでいた。

「私もやで、さやかちゃん。」



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