幻





「はっ!?ちょっ!?え?!」
朝起きるとそこには知らない人。
「あ〜…あのー、おはよう、?」
「だ、だれっ」
「なんか、あの、幽霊…やねん。」
「はぁ〜!?」



ふぁ〜ぁ
布団に入ったままぐーっと伸びをする。
大学入学と同時に一人暮らしを始めた。
単位もほとんどとって、最近はバイトとたまにゼミに行く日々。
朝は寝たいだけ寝られるし
大学生は人生の夏休みなんて
上手いこと言ったなぁ

枕元の時計を見るともうすぐ昼だった。
そろそろ起きよ…
もぞもぞと布団から出ようとした時ふと正面を見ると、


キッチンの前のドアに人が立っている。

「ひっ!」

えっなに?!
人?!

やばいこれ、死ぬやつだ…!戸締りしたのに!
驚きすぎて、腰が抜けてそのままベッドに。
悲鳴も上がらない
「わっわわっ!ちがう!不審者とかじゃない!」
慌てたように手をパタパタするその人

「はっ!?ちょっ!?え?!」
何が何だかパニックで
その人もあたふたしたまま
「あっえっ…と、とりあえず…おはよう?」
なんて話しかけてくる。
怖い怖いなに?おはようって

でも一向に襲ってくる気配もないし、距離も遠いまんまだから少しだけ冷静になる。
「だ、だれ…」
ようやっと絞り出した声はかすっかすだった。
こんな知り合いいたっけ?
昨日飲んだっけ?
酔ってた?
何?記憶喪失?
さっきまで思考が停止していたのに冷静になったからか
一瞬でいろいろなことを考える。
でも、その人の次の一言でまた思考が停止するのだ。
「あの…なんか、私、幽霊…やねん。」

「はぁっ?!」
ゆ、幽霊?何言ってんの?

「だから、幽霊…」

いや、聞こえてるねん。

「聞こえてるけど、はいそうですか幽霊ですかってなるわけないやろ!」

「あ!ほんじゃ、ほら、触ってみて?」
その人はそこに立ったまま手をバッと広げた。
ベッドから出て、恐る恐る近づいてみる。
いや、まて、トラップかもしれへん。
こうして近づいたら殺されたりして…
ほんじゃあ…
「おりゃ!」
「うわ!」
ガチャン!
近くにあった本を投げてみると、
その人をすり抜けるようにしてキッチンの扉に本が当たって落ちる。
「急にもの投げてくる?!あんためっちゃ怖いな!」
「いや、怖いのはあんたや!起きたら人がいるとか…でも、ほんまや…」
触れられないなら怖くない。
そう思って近づいてみる。
スッ
私の伸ばした手はその人の脇腹を通過した。
「な?幽霊やねん。」
ちょっと悲しそうに笑う。
「今もな、浮いてる状態やねん。浮いてなかったら床すり抜けてまうからな。あと、物も触られへんから不便や。」
そう言ってその人は机の上のマグカップに手を伸ばす。
その手はマグカップを隠すようにすり抜けていった。
「…幽霊なのは信じたる。でも、なんでここに?私ら知り合い?」
そう聞くと、その人も困ったような顔をして
「私も聞きたいくらいやわ。」
と言った。


「みゆき!おかえり!」

「ただいまぁ〜」
学校から帰るとニコニコ顔のさやかちゃん。
さやかちゃんが現れてからもう2週間も経っていた。
とりあえずお互い名前を聞いたくらいで詳しいことは知らずに今に至る。
ただいま、と返してふと我に帰る。
「…もうさやかちゃんがいるのに慣れてもうたわ…」
「え?そう?私はこの体に全然慣れへんけどな!」
そう言いながらふわふわと浮いたり壁をすり抜けたりするさやかちゃん。
「はぁ、なんか、改めて思うと変な状況やな…」
「変ってなんやねん」
「いや、幽霊と同棲なんて変やろ」
さやかちゃんは私の家から出ることができなかった。
外の景色は見えるけど、入口にまるで壁があるようにつっかえてしまうらしい。
さやかちゃんは外出たい〜なんて残念がってたけど。
夕食をとろうと椅子に座ると、さやかちゃんは当然のように向かいの席に腰掛けた。
…浮いてるから腰掛けられてはないんやけどな。
幽霊だから食事をとる必要もないし、ただ私を見てるだけ。何が面白いんやろうか。
1人の時(今も1人っちゃ1人なんやけど)はずっと付けっ放しだったテレビも、さやかちゃんが現れてから滅多につけなくなった。
他にやることないからって私と話したがるさやかちゃんの相手をすることは不思議と嫌じゃなくって
最近はさやかちゃんと普通に出会ってたら、もっと楽しかったのかななんて考えるようにもなっていた。
「そういえばさ、なんで死んだの?」
今更と言えるその質問。最初にするべきだったんだけど、最初は怖くて聞けなかった。
さやかちゃんは予想通り今更?って顔をして
「言ってなかったっけ?病気で死んだんやで。」
と言った。
「ふ〜ん…
事故とか、殺されたとかじゃないんや。
なんか、幽霊になるくらいだから突然死んじゃったのかと思ってた。」
「せやねん!どうやったら成仏するんやろうなぁ〜」
その言葉になんとなく胸が痛む。
私がさやかちゃんの過去を知りたくないのは
消えてしまうのが怖いから、というのに最近気づいた。
やっぱり、成仏したいよなぁ
「ま、みゆきとおるの楽しいし、別に成仏せんでもええかな」
そんな私の気持ちを知ってか知らずかさやかちゃんはそう言って微笑んだ。
少し恥ずかしくなって
「ん」
なんてらしくない返事をしてご飯に集中した。

それからまた1ヶ月。
「行ってきま…!あれ?携帯どこやったっけ。さやかちゃんしらん!?」
「あんたさっき毛布押し入れに上げてたやろ。そんときにポケットから落ちたで。」
「は!?見てたんなら教えて!」
「声かけたんやけど、寝坊した寝坊したって騒いでて聞いてなかったもん。」
「あーごめんごめん!行ってきまーす!!」
さやかちゃんは私にとっていなくてはならない存在になっていた。
家に帰るとおかえりと言ってくれる人がいて
私が構って欲しくない時はポルターガイストのように突然付いたテレビを見て黙っていてくれて
居心地がいいとはこういうことなのかと実感した。
…それが幽霊なのはどうかしてるけど。

その日は最悪な1日だった。
朝から電車が止まるし、ゼミの発表で失敗して大恥かくし、極め付けは帰りの電車。
誰かが私の太ももを触ってる…?
満員すぎて下なんか見えないし、おまけに周りに怪しい人はいない。
でも確実に変な触り方をされているのだけが分かって
怖くて、でも何も言えなくて
いつもよりも二つ手前の駅で降りた。
ゼミでのミスも引きずって、なんだか元気が出なくて
そこからトボトボと30分もかけて帰宅した。

ガチャ
「うわ!!よかったぁ!何かあったかと思った…」
玄関を開けると、そこには心底心配してくれていたのかさやかちゃんが待っていた。

「…ただいま」
「みゆき?どした?やっぱり何かあった?」
「…」
「みゆき?」
「…さやかっ、ちゃんっ、、」
とめどなく溢れる涙。
さやかちゃんは驚いた顔をしてゆっくりと近づいて来た。
泣きじゃくる私を心配そうに見る。
眉を下げて、まるで私に触れているように、さやかちゃんは頭から頬を右手で優しくなぞってくれた。
その姿に余計に涙が止まらなかった。
本当に優しい人だったんだろうな。
辛かったこと、怖かったこと、我慢してた思いが一気に溢れ出た。
嗚咽まじりにする話をうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる。

「っグスっ」
「落ち着いた?」
「うん…」
「、、こんなこと言ったらキモいかもしれへんけど…
みゆきの笑った顔も好きやし、泣いてる顔も可愛いと思ったよ。我慢せえへんで泣きたい時は泣けばええと思う。」
「、、うん」
「よし、いいこ」
感じないけど頭をポンポンとしてくれる。

「さやかちゃんに、触れてみたいのに…」

「ごめんな、みゆき」

(ごめん、みゆき)

…?
さやか…ちゃん…?

ブワッと記憶が脳裏に蘇る。
(なんでっ!なんで、ずっといっしょやっていったのに!!)
(ごめん、ごめんね、みゆき。)
あれ?これはさやかちゃん?公園に行ったときに必ず遊んでた女の子
近所に住んでる子だったっけ
私はその子のことが大好きで、
でも、明日から会えないって突然言われて…
(さやかちゃんのばか!!だいっきらい!)
涙を我慢したような歪んだ顔…

「さやかちゃん?」

「ん?みゆき?」

「あの時…の?」

「え?」

「ちっちゃい時…」

「…」
さやかちゃんは私の言葉にピクリと反応して黙ってしまった。
「…思い出した?」
「なんでっ」
なんで忘れてたんだろう。
あんなに大好きで、あんなに一緒にいたのに。
「…もともと、病気やってん。
あの時はごめんな?大きい病院に入るために引っ越さんといけんかってん。
死んだのは最近やけどな。
でも、死ぬ前にみゆきに会いたかったなぁって
ほんで、気づいたらここにいてん。
5歳の時の思い出で成仏できひんなんて、笑えるよな。」
「…」
「これで未練は無くなった。みゆきとまた会えたからな。」
「…さやかちゃん?」
あれほどはっきりと見えていたさやかちゃんの姿が薄くなっている気がする。
「すまん、もう、行かんといけんみたいや。」
「さやかちゃん…」
「ほんまに、わがままやな私。あの時と同じ、、。みゆきを置いていってばっかりやっ…」
あの時と同じような涙を我慢した歪んだ顔。
胸が苦しくなる。
さやかちゃんは会いに来てくれたんや。あの日、だいっきらいって言ったのに
ほんとうはもう出会うはずもなかった。
こんなに一緒に過ごせるはずもなかった。

「さやかちゃん、、ううん会いに来てくれてありがと…」
その言葉にさやかちゃんは驚いたような顔をした。体は向こうが透けるくらいになっていた。
「、、さやかちゃん、大好き。」
私の顔はぐしゃぐしゃで、声だって震えていた。
でも、もうだいっきらいなんかで別れたくないから。
「みゆき」
それは一瞬だった。
ブワッ
「えっ」
さやかちゃんに包まれている感触
ぎゅっと体が締め付けられて、頬に暖かい温もり。
そのまま涙を拭われて
「、ありがと、私もやで」
その言葉とともに、感触は消え去り目の前には誰もいない
私の部屋が広がった。


「ここですか?」
「うん」
「…」
線香がほのかに煙をあげる。
その冷たくて四角い石の前で私は手を合わせた。

あれから、お母さんに連絡をとって
昔、公園で遊んでいたさやかちゃんという子がどこに引っ越したのか知らないか聞いた。
お母さんは知らなかったけど、近所の情報通なおばさんが知っていて
なんとか連絡先を知り連絡を取ったら
「みゆきちゃん?!懐かしいわね…実はさやか…」
私のことを覚えてくれていて
つい最近亡くなったことが事実なのも聞いた。
それは新幹線と電車を乗り継ぐ、遠いところだったけど
せめて一回はと思いさやかちゃんに会いに行くことにした。
「突然引っ越して、みゆきちゃんには寂しい思いをさせたね。あの子何も言わずに別れたみたいね。
さやかもずっと泣いてたのよ。
治ったらみゆきに会いに行くんだって言ってたの。」
家を訪ねると、さやかちゃんママが迎えてくれた。
部屋に上がると、雑談と一緒に
さやかちゃんと私が写った写真と最近の写真を見せてくれた。
拝んだ仏壇の上にはにこやかに微笑むさやかちゃんの写真がかかっていた。
「これ、見て?」
病室での写真だろうか。
ベットで笑顔を見せるさやかちゃんの姿から、少し痩せているけど私が会ったさやかちゃんと同じで
最近の写真だと想像がつく。
「…っ」
気づいた時には言葉が出なかった。
千羽鶴の手前、さやかちゃんの隣に置かれたテーブルには幼い私とのツーショット写真が飾られていた。


「ありがとうございました。」
「えぇ、こちらこそありがとうね。
あ、よかったらこれ。」
差し出されたのは、幼い時の写真だった。
「いいんですか?」
「うん、あの子の棺には一枚入れたから。もう一枚はみゆきちゃんが持っておくべきでしょう?」
ふふふ、と微笑んださやかちゃんママの顔がさやかちゃんと重なる。
もらった写真には、肩を組んで笑顔でピースをする2人が写っていた。

「…大好きやで」

(さやかちゃん?みゆきな?さやかちゃんのこと大好きやねん!)
(んふー、さーちゃんも!
ずっと一緒に居ろうな!)
あぁそっか、
きっとすぐそばに居てくれる。
もうここに来る必要はない。

私もやで
まるでそう言うように
サーッと少し冷たい風が通り過ぎ、木々を揺らした。


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