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あか。舌ったらずの言葉で色名が聞こえた。まさか自分のことではないだろう。と思い、歩みを止めなかったが、先端がクルンと可愛らしくカールしている尻尾を力一杯握られた。私はあまりの痛みに体をびくんとはねらせ、尻尾を振り、後ろを見る。誰だろうと容赦しないと言わんばかりに凄い剣幕で相手を睨む。
そこにいたのはまだ3歳くらいの男の子がいた

「あか」

また色を言う。辺りを見るが赤色のポケモンはいない。そうなると、この"あか"とは自分のことだろう。ムッと眉をひそめる。私はあかでは無い。茶褐色だ。この子どもはそんなことも知らないのか。色を間違われたままなのはなんか癪なので、その子どもに教える。
自分は茶褐色だ、と

「こんこん?ぼく、ナナシっ!」

頭をコテッと可愛らしく傾げる子どもに私は苦虫を噛み潰した顔をした。
そうだった。人間に私らポケモンの言葉は分からないのだった。非常に面倒くさいわね。あと名前なんて聞いてないわよ。

6本の尻尾をパタパタと動かすと、子ども…ナナシはその尻尾を捕まえようと動き回る。背後からナナシの楽しそうな声を聞きながら、この子どもを置いて去ろう。と思いつく
思い立ったが吉日。止めていた足を再び動かす。最初は普段自分が歩いてるスピードで歩く。しかし、ナナシは"あか、こんこん"と言ってついてくる。
だから、赤ではない。茶褐色だと何回言えば分かるのよ。
その意味で睨むが、ナナシは相も変わらずキャッキャッと笑うだけ。私は溜め息をひとつ吐いて、思いっきり走り出した。地を力強く蹴る。グングン景色が変わる。このスピードならあの子どもも追いつけないだろう、とほくそ笑む。

すると、自分の背後から大きな泣き声が聞こえた。思わず足を止めて、後ろを振り返る。ナナシはついてきておらず、木が広がっていた。ぎゃんぎゃん泣き喚くナナシの声が聞こえるが、そんなの自分の知ったことか。
少しばかり後ろ髪を引かれる思いで歩みを進める。そう言えば、確かこの森にはスピアーが生息していた。しかも攻撃的な性格をした。あんな大声を出してたら、スピアー達が攻撃してくるでしょう。でも、そんなこと私には関係ない。あの子どもとはなんの関わりもない。寧ろ、私は尻尾力強く握られ痛い思いをしたのよ。あの子どもも痛い目に合えばいい
ふんっ。と鼻を鳴らして、前へ進む。大きな泣き声に悲鳴が交じり始めた。
きっとスピアー達が襲いに来たのだろう。あんな大声を出すからだ。ポケモンも持たない小さな子どもが森に入るからだ

「あかーっ!」

ピクリと体が反応する。あの子どもはきっと自分のことを呼んだのだろう。でも私はあの子を助ける義理なんて何一つ無い。あの子に助けられた訳でも、あの子のポケモンでもないのだから。無視をして歩き続けようとすると、また「あかーっ!」と呼ばれる。一歩踏み出そうとした足が宙でピタリと止まる。
だから…いくら名前を呼んだって助けないから。男なら自力でなんとかしなさいよ。そもそも、なんで私を呼ぶのよ。親を呼びなさいよ。

悶々と自分の中で葛藤し始める。何故こんなに考えるのだ。なんも関わりないなら見捨てればいい。スピアーだって大群だ。そんなの私一人で戦えるわけがない。だから、ここは知らんぷりするべき。そうは思うのに、何故か足が前へ動かない。まるで足に根が張ったかのように足が動かない。
木々の間から覗かせた熱い太陽の日差しが私をジリジリと照らす

「あっ、あか〜っ!」

あぁ、もう。だから、私は赤色じゃない。茶褐色よ!
また地を力強く蹴る。今度は前にでは無い。いま、自分が通ってきた道を全力で走っていく。さっきよりも早く。ヒュンッと風をきる音が耳に入る。まるで己が風のようだった。
先ほどまでナナシと一緒にいた場所が見えた。やはりというべきか、スピアーの大群がいた。目を必死に動かし、ナナシの姿を探す。スピアー達の体の向きを頼りに探せば、いた。
木に背をつけて、えぐえぐと泣いている。スピアー達はホバリングしていた。ところどころからカチカチと言う音が聞こえる。威嚇していることを示している。いつナナシに襲いかかってもおかしくない状況だった

そして一匹のスピアーが槍と思わせる巨大な針の腕をナナシに目掛けて下降した。それに続くよう周りのスピアーがナナシに襲いかかった


『まッち…な、さいっよォッ!』

地を思いっきり蹴って、スピアーたちに突っ込むかたちで大きくジャンプをした。
体内で溜めた炎を口から吐き出す。スピアーたちには向けずに己にその炎を纏うように。

「あかっ!」

それはナナシが先ほどから私に向けて言っていた、熱く綺麗な赤色をした炎だった



***


わんわん泣き続けるナナシの声を聞きながら私は自分の体を舐める。
あのあとタイプの関係もあるのか無事スピアー達を追い払うことは出来た。…いや、ちょっと誇張した。正しく言うのであればナナシは怪我もなく無事である。私はあの攻撃的なスピアー達と立ち向かったのだから怪我もしている。本当は怪我とかしたくないのでバトルとか好まないけど、今回は自分の中では別らしい。

怪我したところをペロペロと舐めているとナナシがギャンギャン泣き喚きながら私に抱きついてきた

「あか〜…ひっぐ、あかあか〜……!」

もうスピアーは去ったから大丈夫よ、と言う意味合いでナナシの顔を優しく舐める。すると子どもは安心したのか少しずつ泣き止んだ。しかし、泣いていた理由が考えてたのと違うらしかった
この子…ナナシは私の怪我したところを壊れ物を触れるかのように撫でてきた。きっと、私が怪我したことに泣いていたのだろう。そう思うと、おもわず笑みが溢れた
私はスクリと立ち上がり、コンと一つ鳴いた

「こんこん?」

はて?と頭を傾げる。私は焦ったさを感じ、ナナシの襟足を咥え、強制的に立たせる。まだ理解していないナナシの腹に自分の頭を擦り寄せる。そして、行くよと言わんばかりに服の裾を口で引っ張る。そこでようやく理解したナナシは笑顔で頷いた

「あか、いこっ!」

だから…赤じゃないわよ…。ふふ、もういいわ。とりあえず今はあなたの親を探しましょう。話はそのあとよ




****



さらりと風で毛が揺れる。日差しを浴びている毛並みはとても美しく輝いている。ポカポカの温かい日差しにひとつ、大きなあくびをする。このまま昼寝をしてしまおうか。

「ああーーっ!」

突然大きな声が聞こえて思わず起き上がる。先ほどまでの眠気が嘘かのように吹っ飛んでしまった。階段からドタドタと慌てて降りてくる騒がしい音が聞こえ、私はまたかという目をそちらに向ける
視線の先には寝癖がバッチリついており、ワイシャツのボタンは掛け間違えている青年がいた。完全に寝坊しましたと言うのが丸分かりだ

私は全く世話がかかると思い、重い腰を上げる。歩く姿も綺麗に整えられている毛並みが揺れ、また美麗である。私はボールホルダーを咥えて彼の元へと行く。ドタバタと慌てて準備をしている姿はこっちから見ればなんとも滑稽である。
ボールホルダーを床に置き、コンッと高い鳴き声をひとつすれば彼はピタリと動きを止めてこちらを見る。そして、にっこりと笑い


「おはよう、あか」

もっといい名前つけなさいよ。進化した私は、金色よナナシ。



(ロコン→キュウコン視点)





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