ペラリと創特製のヒオウギシティ観光ブックを眺めていた。見晴台から見る光景はとても絶景らしいので、やはり一度は見に行くべきだな。ハルは今後やりたいこと行きたいところをメモしている。メイちゃんに言われたから。後悔しないように、と。
シャーペンを走らせていると視界の端に黄色ぽいものが見えた。顔を横に向けると、そこには山吹色の髪をした赤目の男の子がいた。彼は、何をしてるの?と問いかけるように、こてんと首を傾げた


「今ね自分がやりたい事とかを書いてるんだよ、希色」

そう、この少年は希色なのだ。
昨日の夜、お風呂から出た希色をタオルで拭いてると、いきなり光り出し、この少年の姿になっていた。ハルは思わず、なんじゃこりゃー!と叫んだ。その叫び声に反応した創が大慌てで脱衣所にやってきた。そして、その状況を見て、舌をだして自身の頭をコツンと叩く。所謂、てへぺろだ

「いっけね!擬人化についての説明忘れてた」

語尾に星がつきそうな軽い感じで言ってくるのでハルは風呂場にあった桶を創の顔面に向けて投げた。流石にこれに当たったら痛いと察したのか、ヒョイと顔を避けた。創の背後の壁にいい音をたてて当たった桶を見て、ハルはひとつ舌打ちをする


「いや、舌打ちじゃねえからな?あれは投げちゃだめでしょ?」

「擬人化って、あの擬人化?」

「アッ…スルーしちゃうのね。うん、もう分かってた。パパ全て分かってたよ」


グスングスンと泣き真似をする創にもう一個の桶を投げつけようとすると、彼は泣き真似をやめて真面目な顔つきになった

彼曰く、擬人化するには条件がある
条件と言ってもいろんなのがあるが、1番多いのはトレーナーとの信頼関係。
ポケモンがそのトレーナーを深く信頼していれば、又、ポケモンとトレーナーが信頼し合っていれば、ポケモンは擬人化可能となる。これは世間で知らされているらしいから街中でいきなり擬人化しても大丈夫らしい
ちなみに伝説などは例外で、自分でなりたいと思えばいつでも擬人化することができるとのこと


「へぇ〜…そうなんだ」

「その小僧も擬人化したってことはハルのこと信頼してるんだろう」

『小僧、じゃな、い!希色っ!』

「あー…はいはい。希色ね、希色」


そんなやり取りを見て、ハルの頬が緩む。やり取り自体に和んだでは無い。いや、希色は最高に可愛いが、違うんだ。創が言ったこと…希色がハルのことを信頼している…。まだ会って間もないのに、彼は信頼してくれてるってことでハルはあまりの嬉しさにニマニマと笑ってしまう。周りにはお花が飛んでいる

『顔緩いぞ…ふふっ』

そう恋に指摘されてハルは自分の頬を揉む。しかし、いくら揉んでも頬は緩むばかり。嬉しさと、見られた恥ずかしさでう〜と唸っていると、本格的に恋が笑い始めた。ハルはムッときて宝石をベチッと叩くと、イテッと聞こえた。痛覚あるの…

それが昨日の夜のこと。今思い出しても嬉しさで頬が緩みそうになる。昨日のことを思い出してるとヒョイと顔を覗かせてきた


「ハル?」

「えへへ、なーんでもないよーん!」


ぎゅーと抱き締めると希色は少し驚いた。しかし、すぐに笑顔になり抱き返してくれた。可愛さと嬉しさでまた強く抱き締める。本当に可愛い
その後、希色を膝に乗せて観光ブックの続きを読む。さて、見晴台行ったあとはどうしようかなー…と見ていると、ある箇所に目を大きく開かした


「えっ!ええ!ジムここにあるの?!しかも、トレーナーズスクールと合併してるの!?」


ハルの家から出て約5分程度の場所にトレーナーズスクール兼ポケモンジムがあった。ハルはまじか〜まじか〜と呟いていると希色が可愛らしく首を傾げて、ハルを見た


「?ジム?」

「うん、簡単に言うとバトルをして実力を測る場所かな〜。いいな〜行ってみたいな〜」

「…行か、ない?」

「そうね〜…今戦えるポケモンがいないからね…」


この世界に来て、しかも旅をするのだからポケモンジムには是非とも挑みたい。簡単なことでは無いと思うが、画面越しで見てきた憧れの場所。挑むたびにすごく燃え、勝った時に思わずガッツポーズをしてしまった。そんな場所だからこそ、一度は行ってみたい。
しかし、今はポケモンがいない。恋は当然の如く無理だし、希色は人間恐怖症。バトルなんて出来る状態では無い

ここはひとつ、草むらに入ってポケモンをゲットすべきかな〜と空のモンスターボールを見つめていると、希色がムッとなって立ち上がる。その様子をハルは驚いて、希色を見上げる


「おれ、たたか、う!」

「…はへ?」


ムンッと胸を張り、鼻から息を大きく吐く。やる気と自信に満ちたその姿を見て、ハルはただポカーンとしていた。


「い、いやいやいや、希色…無理でしょ?人間たくさんいるし、バトルするってことは痛いんだよ?しかも病み上がりだし…」

「おれ、だいじょ、ぶだもん…や、れる……だめ…?」

「うっ」

『……まぁ、いいんじゃないか?いい経験になると思うぞ。希色にとってもハルにとっても』


目を潤ませてこちらを見る希色に言葉を詰まらせる。しかし…ここは駄目と言った方がと考えていると、恋からの許しが出た。恋の言葉を聞いた希色は、ほらと興奮気味にハルを見た
暫く考えてから、意を決する。胡座かいてた腿をパンと叩く。よし、やろうか。闘志に燃えた目で希色を見ると、彼も同じように燃えていた。二人のやる気は満々だった
あとはパパに許しを得るだけだ!



「あ〜…いーんじゃね?」

呆気なく許しをいただき、ハルは再度口をあけて唖然としていた。思っていたより軽かった。親バカの彼なら、まだハルには早い!と許可が下りないと思っていたので、これは予想外だった

「…えっ、ま、マジでいいの?」

「マジマジ」

「マジで?」

「でじま?」

「「マジでじま」」

『…何を言ってるんだお前らは……』


はぁ…溜め息をつくが、カタカタと宝石が揺れていることをハルは知っている。もうちょっと頑張って抑えなよ…。呆れつつも笑うのに忙しい恋に対してそう思った
しかし、こうもあっさりだと逆に怪しく思えてしまうのが人間の性である。ジト目で創を見ていると、ジム戦は午後の2時までしか受け付けてないぞ〜と言う。チラリと時計を見ると1時半。やばいと思い、急いで準備をして玄関まで猛ダッシュする。

出る前にもう一度創を見るため後ろを振り向く。彼はハルを見送るためか、すぐ後ろにいた


「……本当にいいの?」

「何度でも言う。本当にいいから。早く行きなさい」

「…うん!ありがとうパパ!」


元気よく返事をして家を出て行く。パタンとドアの閉まる音が玄関に響く。創は、ふぅーと息を吐き、リビングへ向かう。そして、テレビをつけてニュースを見る。ニュースキャスターがプラズマ団が再度動き出した模様と言うことを語っていた


「さぁて…どうなることやら」



***



ハルは今、トレーナーズスクールの目の前に立っている。本当に家から徒歩5分程度の場所に建っていた。建物は写真で見るよりも綺麗で豪華だった。入り口前にはモンスターボールの銅像が飾っており、少し身が引けた


「意外にも豪華で入りたくなくなった…」

『気持ちは分からんでもないが…入らないとジム戦出来なくなるぞ』


恋の言う通り、時間は一刻一刻と過ぎていく。緊張のため多少震える手と動悸を抑えるため深呼吸をする。数回してから、覚悟を決めてドアノブを握りしめる。そこではたと気がつく
希色が入ってるボールが微かに揺れていた


「…希色?」


優しく撫でる。しかし、震えは止まらない。ドアノブを握ってた手を離し、両手でボールを自分と同じ視線になるように持ち上げる。
大丈夫?と聞いても、返事は無かった

緊張か恐怖か、またはそのどちらもか。だが、希色のこの反応は当たり前だろう。初めて共に挑むバトルがジム戦で彼は人間恐怖症。先ほどやると言っても実際に目の前にすると決心が揺らぐものだろう。


「やっぱりやめようか…」

ハルは希色のことを思い、そう言えばボールの揺れが和らぐ。そして彼は息を深く吐く。ハルがやったのと同じように深呼吸を数回繰り返す。決意したのか迷いのない声で自分の意思をハッキリと言う


『…へい、き。いける!』


「でも…」

『も…へい、き!』

「……わかった。でも無理はしないでね」

『…ん。わか、た!』


「よしよし。じゃあ、一丁頑張りますか!恋、希色頑張るぞー!おー!」

『おー!』


『ああ』


みんなで気合いを入れてドアを開ける。見た目に反してドアは力を入れずとも簡単に開く。ここは学校兼ジムなのだから入ったら受付があるのだろうか。いや、ゲーム上受付とか無かったし、下駄箱があるのかな?と思い、ドアを全開まで開けた。そして、驚く。
目の前には受付も下駄箱などなかった。開けた先は子ども達がギャイギャイ騒いでいる教室だった

……え。教室?いや、学校だから教室があるのは分かる。うん。分かるよ。でも開けてすぐ教室って…大胆すぎない?トレーナーズスクール大胆すぎじゃない?この子どもだらけの中でジム戦するの?ハードル高くない?てか、この子たち一瞬こっち見て、すぐ騒ぎ始めたんだけど何?驚かないの?精神強くない?

ドアを開けたままこの状況に困惑しているとメガネをかけた小さい少年がこちらに近づいて来て、ハルの目の前に立ち止まった


「お姉さん。開けたドアはしっかりと閉めて下さい。これは一般常識ですよ?」

「あ、はい。すみません」


いかにも優等生ぽい子に注意されて、ハルは頭を下げてからドアを閉める。少年は満足したのか、メガネをくいっと上げてキラリと光らせてから自分の席へ戻っていく。そして、誰かに言うわけでもなく本を読み始める。ギャイギャイ騒ぐ子どもたちの後ろでポツンと残されたハル
なんだ、放置プレイか


「さっきの子…子どもぽくなかったね…」


『そうだな…ハルもあれくらい大人ぽかったら良かったのにな』


「な、なにぃ〜?!わ、私のどこが大人ぽくないのさ!」


『くく…悪かったって。ちょっとした冗談…ぶふ』


笑うってことは本音ってことじゃんか
なんて奴だ。もう許さんと言わんばかりに宝石を上下に振ってみせた。すると、恋がすごく焦った声で謝ってきた。ハルは手を止めると、恋が気持ち悪がっていたので復讐成功だとニヤリと笑った。

それより…あたしはいつまで放置プレイを受けてなければいけないのだろうか……もう泣きたくなる。
はぁ…と溜め息を零せば前方にあるドアが、ガラリと開く。それと同時に子どもたちが一斉に席に着く。先ほどまで騒いでたのが嘘のように教室内は静かになった。ハルはその豹変ぶりに目を白黒させていると、教室に一人の男性が入ってくる

その男性を見て、ハルはまた驚くことになった
教壇に立っていたのは酷く見覚えのある人物……そうだ、彼は…


「みんな、おはよう」


チェレンだ……


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