朝食を食べ終わった後は旅の支度をする。
事件が起きてから、3〜4日はここ、ヒウンシティに滞在している。なので、準備をするのは久しぶりに感じてしまう。
リュックにタオルや傷薬、モンスターボールなどを仕舞う。ふっと目に入ったのは横に長い箱…ジムバッジのケース。それを手にとり、中を開く。クッション素材の上に乗っかっているのは、キラリと輝く三つのジムバッジたち。
頬がにやけそうになるが、調子に乗ってはいけないと分かっているので両頬を少し強めに叩き、気を引き締めた。
「準備はできたか?」「バッチシー!!」
「次は…ライモンシティを目指すん?」「その通り!でも、その前に行きたいとこあんだよね」
「行きたい…とこ?」「そっ」
荷物を全て詰め込んだリュックは少しパンパンになっていた。それなりに重量のあるリュックを「よっ」という掛け声とともに背負う。ズシッとくる重みを感じながら、少しめくれたスカートを直す。
頭にハテナを浮かべているみんなに、ニッと笑い、ボールの中に戻す。隣にいる恋をちらりと見れば、ハルが何をしたいのか、どこに行きたいのかが分かっているらしく、「ハルの好きなように行動すればいい」と微笑んでくれた。
***
ピッピッ…と機械音がハルの耳にはいる。ハルがいる場所はポケモンセンターの治療室。ガラスの向こうにいるのは、数日前に事件を起こしたイワパレス達。
イワパレス達はあの時のように暴れたりはせず、ただおとなしくジョーイさんを見つめていた。
「イワパレスたちの数値は正常で、どこもおかしなところは無いの…。一体何が原因であんなに暴れてたのかしら…」
困ったと言いたげにひとつ溜め息をこぼすジョーイさん。その隣でハルはガラス越しにイワパレスたちを見る。
何が原因で暴れたのかは不明…。これでは対策も予防も出来ない。人間とポケモン、ともに円満に生きていくためにも、今回の事件の原因を知らなくてはならない。
ジョーイさんがどうしたものかと困り果ててる時に、タブンネがジョーイさんの服の裾を引っ張ってきた
「あら?どうしたの?」
「タブンネ〜」
「急患?わかったわ。ごめんなさい、少しこの場から離れるわね」
そう言い残して、ハルを残し、治療室からタブンネとともに出て行った。
まだ機械音が鳴るなか、ハルは少し辺りを見渡してから、イワパレスたちがいる部屋へ入ろうとドアノブに手をかけた。
『え?ハルちゃん、入るん?』「いえーす」
『関係者以外立ち入り禁止ちゃうん?』「立ち入り禁止デース」
『わあお。分かっていて入るんだね。これはタチ悪い』「へへ!なんとでもいいな!」
鼻の下を指でこすり、胸を張って答える。そんな子供じみた顔から、真剣な表情になってイワパレスたちをみる。
「ジョーイさんでも分からないなら、直接本人に聞けばいいんだよ。なんで、あんなに苦しんでたのかを、さ」
「…そうだな。本人に聞いた方が確かだろう」「でっしょ〜?私ってばあったまい〜!」
『もー、すぐ調子に乗るんだから』軽く会話をしてから中へ入る。イワパレスたちは特に反応もせず、ただ入ってきたハルたちを見ていた。
仕方なかったとはいえ、イワパレスにとって背負っている大事な岩を少し崩したことから、気まずく感じて、頬を人差し指でかいた。
「えっと…わたしのこと…覚えてる……かな?」
へへっ、と軽く笑ってみせる。
イワパレスたちはハルをジッと見てから、静かに顔を横に振った。どうやら、事件当時のことは覚えてないらしい。
それでもハルはイワパレスたちに話を聞くため近寄った。
「んー…と、その、暴れてた時のことは、覚えてない…んだよね?」
『……』
「じゃあ、あのー…記憶が無くなる前のこととか、覚えてない……かな?」
そう問かければ、イワパレスたちは記憶を辿るようにニョッキリと出ている目を泳がせた。しかし、まだ頭の整理がついていないのかそう簡単には思い出せず、目を閉じて頭を左右に振るばかりであった。
そっか…と少し困ったような声を出せば、イワパレスたちは申し訳ないと言いたげな表情になり、ハルは焦った
「き、君たちのせいじゃないから!ごめんね、いきなりこんなこと聞いて…」
謝罪を述べると、イワパレスたちはまた頭を左右に振った。ハルは思い出せないならしょうがないと気持ちを切り替えて、彼らに微笑んだ。そしえ、ありがとう、と礼を述べて、部屋から出ようとした時、
『あっ…ひとつ、ひとつだけ…』
「!えっなになに?!何か思い出した?!」
一匹のイワパレスが何かを思い出し、声を上げた。ハルは光の速さで振り向き、言葉を発したイワパレスに食い気味に問い出した。すごい剣幕でこられたため、イワパレスは若干…いや、かなり引いていた。
ふんすと鼻息を荒くするハルに恋は笑いそうになるが、笑いをこらえてハルの襟を引っ張り、落ち着けと頭に軽くチョップする。
「うっ…ご、ごめん…」
「ったく…ふー…。んで、何か思い出したのか?」息を吐き、なんとかやり過ごせた恋はイワパレスに問いかける。しかし、イワパレスは言葉を発することはなく、目をキョロキョロと泳がせはじめた。二人とも頭にクエスチョンマークを浮かべるが、恋は「あっ」と何かに気がついた
「あー…大丈夫だ。ハルは、お前たち…ポケモンの声がわかるから」「あっ、なーる!そういうことね!そうそう、あたしは君たちの声が聞こえるよ!だから、話してくれるかな?」
ね?と優しく微笑めば、イワパレスは目元を緩めてコクリと頷いた。
『あのね、ぼくね、ちょっと思い出したんだ。みんなとお昼寝してたら、誰かがきて、なにか話してたんだけど、ぼく眠かったし…興味もなかったからお話は聞いてないんだけど、その人達の声が止んだ瞬間に、なんか、ビビッ!ってきたの』
「ビビッ?」
「電撃か?」『うーん…わからない……でも、一瞬だったから…。でもね、そのあとなんか眠気なくなったの!そしたら「これが私の発明です!」みたいな声がきこえたの』
「は、はつめい…?」
「その発明のせいで、凶暴化したの、か?」「そう、なのかな〜?」
イワパレスの話を聞いて、ハルと恋は二人で推測していく。話の流れだと、恋が言ったようにその発明で凶暴化した可能性もあると言うのは分かった。だが、それはただの推測にすぎず、真実はわからないままである。
『おれも、おれも今のですこーし思い出したぜ!』
「えっ、本当?!」
二人でうんうん唸っていれば、もう一匹のイワパレスが元気に名乗り出してくれた。
『おう!おれもビビッ!と身体中に電気が走ったような衝撃で起きたんだけどよ〜、その時に見たんだわ!その喋ってたやつ!』
「うっそお!?まじか?!どんな人?!」
『あー…なんかモヤモヤしててしっかりと思い出せねーんだけど…なんか、白衣きた男だったな…』
白衣をきた…男……ダメだ…私の頭の中での検索はヒットしない……唯一ヒットしたのがオーキド博士とかだよ……絶対ありえないもん……。
再び、うーんと目を閉じて唸っていると腰からポンッと音が聞こえた。目を開けて横を見れば夢がふよふよと浮いていた。
『それって、メガネかけた人だったりする?』『あ〜〜…どうだったかな…かけていたかもしんねえ…けど、ダメだ思い出せねえ…ワリィ』
『…ううん。気にしないでおくれ』少し落ち込んでいるのか、夢は弱々しくふよふよと浮上し、ハルの頭にポスンと可愛い音を出して乗っかった。
いきなりそんなこと聞いたりして、ハルは少し驚きつつも、頭の上に乗っている夢を軽く撫でる。
「知り合い…だったりするの?」
『……知ってる人物に少し、似てるだけだよ』それだけを言って彼は黙り込んだ。
よく分からないが、あまり触れない方がいいのだろうとハルは解釈し、それ以上何も聞かなかった。
さて、これ以上はイワパレスたちも思い出せそうもないし、有力な情報も一応手に入れられたのだから、あとはこれをジョーイさんやジュンサーさんに誤魔化しながら伝えよう。
自分がポケモンと話せるなんて、あまり言いふらさない方がいいと思ったので、実は目撃者がいて〜などと嘘をついて報告するつもりである。
うう、心が痛むが仕方ないことだね……
「話してくれてありがとうね!あたしたちはこれで失礼するよ」
『こちらこそ、ありがとう』
『気をつけてな!』
元気に手を振り、この部屋から出るため、ドアノブに手をかける。ギィ…と扉を開けて、廊下を見渡し、誰もいないことを確認してから、一歩踏み出そうした時
『あっ、もう一丁!』
「え?」
『もうひとつ思い出したわ!男の他に、もう一人いた!たしかー…えーと、頭のサイドに団子してる女の子!んー…あんたくらいの…歳の子だと思うわ!』
それだけ!と言ってイワパレスは目を閉じ、眠りはじめた。一瞬で眠ったイワパレスに思わず、お前はのび太かとツッコミを入れたくなったが、そのツッコミはつばとともに飲み込んだ。
しっかし、あたしくらいの歳で、頭のサイドに団子してる女の子って………。
んー……今度会ったら聞いてみようかな……まさかとは思うけど!
ある人物を思い出しながら、病室のドアを静かに閉めた。
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