「ふ、わぁ……」
大きなあくびを一つして、上半身を起こす。眠い目をこすり、カーテンをあけて窓から外を見る。空は雲一つない快晴だった。
「…ん……」隣でもぞりと動く気配を感じた。まだ夢の中なのか希色は、うーんと唸って口をもごもごと動かしていた。
ハルは静かに笑ってから、カーテンを閉め、はいであった掛け布団をかけ直してあげる。すると、希色は幸せな顔になり、静かに眠りについた
時計を見ると7時くらい。自分にしたらとても早起きだなと思う。この世界に来てから早起きをするようになった。旅をするということは、時間配分を考えなくてはならない。
眠い目を擦りながら、そっとベッドから降りる。
ほのかにひんやりしたフローリングに少し驚き、目がさめる。
「…んお?」
いい匂いがハルの鼻をかすめた。
クンクンと鼻を嗅ぎながらリビングに出ると、キッチンには夢が立っていた。ピンクのフリフリエプロンを着て、手際よく料理をする彼の後姿に、ハルは創の姿を重ねていた
とってもうざかったが、パパの手料理も美味しかった。そう言えば、旅立ってから一度も会っていないなあ。パパも忙しいと言うのは知っているが、その、少しだけ寂しいな…と思う。次はいつ会えるのかな…
そんなことを考えつつ、ボーと夢を見ていたら、彼はハルのことに気がつき、優しい声色で、おはようと朝の挨拶をしてきた
「あ、おはよう!」
「どうしたの?考え事?」「う?うーん、まぁ、パパのことを少しだけ…へへ」
「…寂しいのかい?」「…まあ、少しだけね。でも、みんながいるから大丈夫!」
元気元気ー!と笑って見せれば、夢もふふっと優しく微笑んでくれた。
焼いていた卵焼きをお皿に盛りつけ、トマトを添えてテーブルへ運ぶ。ふわっと香る匂いにハルはゴクリと唾を飲み込む。
「さあーて、と。朝ごはんの準備も出来たから、寝坊助さんたちを起こしに行こうかね?」「あいあいさー!!」
2人してニヤリと笑いあい、まだまだ眠っている奴らを起こしに寝室へ突撃した。
寝室に入れば、中は当然暗闇のままだった。太陽の光が差し込んでいるので完全なる暗闇では無いが、寝るのに支障の無い暗さだ。
ベッドに近づけば、まだ気持ちよさそうに眠っている恋、希色、花火の姿がうかがえる。
そんな彼らを起こすべく、声をかけつつ体を揺さぶる。
事前にどちらが誰を起こすかは打ち合わせ済みである。この日は恋と希色を夢が、花火をハルが起こすことになった。
「花火〜〜ごはんですよ〜〜ごはんにつけて食べる方じゃなくて白米の方ですよ〜」
あれ?ごはんですよって、こっちの世界でも通じるかな?あ、やばい。久々に食べたくなったわ…
ごはんですよが恋しくなっていた時、花火は薄く目を開けて、むにゃむにゃと口を動かした。これは起きるなと思ったハルは、花火から離れようとすると、思いっきり腕を引っ張られた。
「ぐえっ」
カエルが潰れたかのような声を出し、花火の布団へとダイブする。最初は何が起きたのか理解出来なかったが、隣から聞こえる呼吸と首にやんわりとかかる腕を見て、花火に抱き枕にされていると理解した。
「おらっ、はーなーせー!」
腕を外そうとしたり、体を押し退けようとするがピクリとも動かない。無駄にいい身体している花火に腹が立ち、ふんっと言って腹に向かって肘打ちをする。ングフッと苦しそうな声が聞こえたがそれでも花火は離さなかった。
こいつ…できる…!!なんてハルが思っていると、隣で眠っている花火がモゾッと動いた。
「…おはよーのチューしてくれたら、起きるで」「は?」
何言ってんだこいつ…とおかしな人を見る目で花火をみる。花火はタハー!キビシー!とカラカラ笑うものの、離してはくれない。なんとなく、嫌な予感したハルは花火の顔を押し退ける。
「あーつーい!離してー!」
「あだだだ、んな、拒んでもえーやないか〜。ほれ、ハルちゃん、ちゅ〜」「は?しないってば!」
「固いこと言わんといて〜、一回でええねん!な?ほれほれ〜ちゅ〜」なんだこの酔っ払ってダル絡みしてくる非常に面倒臭い親戚のおじさん的なノリは!
顔を近づけさせようとする花火の顔を、これ以上ないってくらいの力で押し退ける。しかし、悲しいかな。男女の力差は明らかで徐々にハルがおされてきた。このままでは花火のちゅーが待ち受けている。それだけは阻止したいハルは、男性の急所…つまり、股間を蹴り上げようとしたその時。2人に影がさす。
「ん?」
「ん?」なんだろうと上を見上げると、ジャンプをしてこちらに飛び込もうとしている夢がいた。いや、訂正しよう。拳を作っているので、あれはたぶん、殴ろうとしているのだろう。
2人はサッと顔を青くさせた。これは、夢を怒らせたパターンだと気づく。
「花火さん、悪ふざけしないで、さっさと起き、るっ!!」るのタイミングで花火にボディーブローが綺麗に決まった。重力やらを利用してのボディーブローの威力は半端なかった。拳のめり込み具合からベッドと花火が真っ二つに折れるんじゃないかと思った。
その隣にいたハルは、菩薩顔で合掌し、ベッドから落ちていった。
これが朝の出来事。
なんともインパクトのある朝だった。ハルは菩薩顔のまま、リビングへ向かった。その歩く姿勢は素晴らしいものだった。恋と希色もむにゃむにゃと言いつつ起き上がる。夢はスッキリといった風に起き上がり、みんなの後を追う。花火はベッドの上で死んでいた。
「……あ、朝イチの、ボディーブローは……あかんやつや……ほんまに……」「こんな言葉知ってる?自業自得」
「ようわからんが、自業自得だな」「…むにゃ…はなくん…めっ」這いつくばりながらリビングに来た花火をみんなは心配するわけでもなく、むしろ冷たく接した。こう見ると花火がいじめられているように思えるが、原因は全て花火にあるため、仕方が無いことだった。
「ううっ、ハルちゃんからのちゅーが欲しかったんや…」「諦めな。私のキッスは百億円よ。坊やにそのお金が払えるとでも?」
「ひゃ…?!くっ……そ、それでも、俺は、諦めない…!ハルちゃんからの…き…キッスが欲しいから!」「ふっ、根性だけは認めてあげるわ。ただし!これからの幾つかの試練を乗り越えなさい!」
「……なんだこれ」茶番が始まり、いつの間にか二人の世界になったハルと花火を置いて、他のメンバーは今日も夢が作ってくれた美味しいご飯を食べていた。
それを見ていた恋は笑いを堪えながら、静かに突っ込む。
「希色くん、そこ口じゃなくて鼻だよ。」「う〜〜……ん?」「ブハッ」まだ寝ぼけている希色は白米を鼻に押し付けていた。さすがに堪えるのが無理になった恋は肩を震わせて笑い始めた。
あっちでは茶番、こっちでは寝ぼけて鼻でご飯を食べようとする、そっちではそれらを見て笑い始める……まったく、賑やかな朝食だよ。と零して、夢は微笑む。
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