時々出来上がった料理を運んでいる途中でつまみ食いすると、夢に頭を鷲掴みにされた。あの時の夢のオーラはとてもどす黒く、ハルは汗を滝のようにかき、必死に謝った。すると彼は、もうやらないこと。と言って、手を離してくれた。
それからはハルは跪き、両手を組み合わせて、もう二度とつまみ食いしないと天に誓ったのだった

テーブルの上に料理とフォークやスプーン、コップがどんどん並べられていく。ハルは部屋を少し飾り付けをしてみた。飾り付けと言っても、希色退院おめでとうという言葉の一文字を色紙一枚に書いて、壁に貼り付けただけである。だが、ハルにとってはいい仕事したと満足気だった。


「ハルさん、ちょっといい?」

「んー?なーにー?」

「ちょっと味見いいかな?」


「どれどれ…」

差し出された小皿を受け取り、まず匂いを堪能してからスープの味を確かめる。口の中に入れた瞬間に魚介系と野菜の旨味が広がる。さらりとした舌触りに濃くも薄くもない味にハルは思わず頬を緩ませた。
その様子を見てた夢は、大丈夫だねと言って火を弱火にした


「ちなみにこれ、ハルさんと希色くんの嫌いなピーマン入りでーす」

「え?!うそ?!ぜ、全然気づかなかった…」


ピーマンが2個ほど入った袋をハルに見せつつ、そう暴露した。ハルは驚きながら、まじまじとスープを見てからもう一度口にふくむ。やはり、ピーマンの味はしない。夢のやり手さにハルは感心した。
すると、玄関の方からガチャリと音がした。ハルと夢は、お、と思い、そちらに顔を向けた


「ただいま帰ったで〜!」

「おかえりー!」

「おかえり。花火さんちゃんと買えた?」

「もちもち!ほれ、シャンメリー!」

「おお!久々のシャンメリー!」


花火からシャンメリー二本受け取る。クリスマス以来飲んでなかったなと思い出す。久々のシャンメリーに少しばかりテンションが上がった。そして、あれ?とハルは気がつく


「恋は?」

「ん?もう帰ってくると思うで」

「一緒じゃなかったの?」

「退院手続きがちぃーと長引いてるんや。シャンメリー冷やさなあかんってことで先に帰ってきたちゅーことや」

「ああ、なるほど」


納得してから二本のシャンメリーを一般家庭の冷蔵庫より小さめの冷蔵庫に入れる。それと共にグラスも冷やした方がいいよね、という事になり、グラスも冷蔵庫に入れた
その間に花火が料理を見て、うまそー!と言い、手を伸ばした。すると、夢は手を叩くだけでよいところを流石と言うべきか、釘バットでケツを思いっきり叩いた


「んぎゃあああああッッ!!け、ケツがああああッッ!!」


「食べちゃ…ダ〜メっ、でしょ?」


部屋に断末魔の叫びが響き渡り、ハルは肩を跳ねらす。後ろを見れば、花火が床に突っ伏しながらケツを抑えていた。そして、そのケツに片足を乗せて、黒いオーラを放ちながら釘バットを持っている夢の姿があった。
あれは当分起き上がれないなと悟り、ご愁傷様と言わんばかりに花火に合掌した


「……なんの騒ぎだコレ…」

「あ、おかえりー」


いつの間にか帰ってきていた恋がその可笑しな光景を見て、口角をひくりと動かす。これは呆れたわけではなく、笑いそうになったがために動いただけである。
夢は弁解などする事もなく、そのまま平然と恋におかえりと述べた。花火も片手を弱々しく挙げてからパタリと手を下げた。あれもおかえりと言いたかったのだろう


「ふー…何が起こったのか分からないが…ぷっ…ふー…とりあえず、やめてやれ…くくっ」

「まずはちゃんと笑いを堪えようね〜」


最初に息を吐き、平常心を保とうとしたがやはりツボったのか途中途中で笑い声が聞こえた。ハルはそんな恋に少し呆れた視線を送っていると、モコモココートの後ろで黄色い何かが見えた。ハルはなんだろうと疑問を抱かなかった。その黄色い何かの正体がハルは知っているから


「…希色?」


名前を呼べば、黄色いモノ…希色はささっとモコモココートのさらに後ろに隠れる
恋はハルが呼んだことによって後ろにいる事を思い出して、もう一二歩前へ進む


「ほら、前に出たらどうだ?」


そう促すと後ろに隠れていた希色はおずおずと前へ出てくる。黒髪と毛先が山吹色のグラデーションで横が跳ねている髪、やや薄い黄色のフード付きトレーナー、黒のハーフパンツ姿の少年になった希色がいた
視線を床に向けて泳がせていたが、意を決したのかゆるりと顔を上げて、少しばかり緊張でか強張った顔でハルを見た


「…ハル」



ソプラノ寄りだった声が少し低くなり随分男の子らしい声になっていた。様子を伺うようにチラリと上目遣いでハルを見る。姿や声は変わっても、その仕草は相変わらずのようでハルはくしゃりと笑った。
そして、前よりも身長が伸びた希色をぎゅっと抱きしめた


「退院おめでとう、希色!」

「うん…!ただ、いま!」


二人してえへへへと笑い合いながら抱きしめ合う。たった2日。されど2日。希色とこうして抱きしめ合うのなんだか久しぶりに感じた。その様子を夢と恋は微笑ましく見ているが、花火は未だにケツの痛みに悶えていた


「さて、ご飯にしようかね」


パンッと手を叩く音が響いたのと同時に夢はそう告げる。惜しいが希色から離れて、元気よく返事をしてから料理が並ぶ席に座る。花火はようやくケツの痛みが少し引いたのか立ち上がり、席に座る


「希色、おいで」


椅子に座ってから己の太ももを叩き希色を呼ぶ恋。ご飯を食べる時、希色は恋の太ももの上に座って食べていた。それが当たり前のことだったので今回も呼んだのだが


「大丈夫、おれ、一人で座る、から!」


そう告げて、一人で椅子に座った。前までは椅子の高さが足りなかったが、今では椅子の高さもそこそこ合っており、少し遠くの料理もとれるようになっていた。
むんっと鼻をでかくして座る希色に少し寂しそうに笑って、大きくなったなと希色の頭を撫でてから恋も椅子に座る

みんなが席に座り、グラスにシャンメリーが注がれたことを確認してから、ハルは立ち上がり、ゴホンッと咳払いをする


「えーと、希色の退院と進化を祝って…」

カンパーイ!!
みんなでそう言ってグラスをくっつけあう。花火と希色が一気飲みをし、その他の者は少し飲んでテーブルにグラスをおいた。飲み終えた希色は目の前に広がる料理たちに目を輝かせて、手をつける。肉がうまく切れなくて悪戦苦闘していたが、それを隣にいた夢が切り分けた。


「はい、どうぞ」

「…ありが、とう。でも、おれでも、できるもん!」

「あららそうだった?ごめんね?あ、ハルさんはいる?」

「あ、ちょうだーい!」


鼻息をフンッと吐き出してから夢が切り分けてくれたお肉にかぶりつく。あまり急いで食べるとつっかえるぞと言う恋に対して、希色は元気よく頷いた。でも食べるスピードは落とさなかった。入院中はたらふく食べることが出来なかったのだろう。そう思い、みんなそれ以上は言わなかった


「んんん!このお肉美味しいよ〜!肉汁がぶわわ〜ってなって、味付けもさいこー!」

「ハルは喋りながら食べない。ん、このポテトサラダ美味しいな。」

「このスープ、さいこーやん!!」

「おいし、い!」

「ふふ、ありがとう」


夢が作った料理はどれも絶品でみんな口から出る感想はどれも賛美の言葉だった。
少し作りすぎたかなと彼は思っていたが、料理が全て美味しいため、みんな普段より多く食べ、しかもここには胃にブラックホールを飼う者がいるためその考えは杞憂で終わった。

全てのお皿が空になり、みんなでお皿を運んだり皿洗いをしたり、洗った皿を拭いたりと夢の手伝いをしていた。
もちろん希色もお手伝いをしており、彼の成長ぶりにハルは静かに感動をした。
しかし、彼の成長はこれだけではない


「…あ、希色くん。口について…」

「自分で、ふく!」

「きいくん、背中流したるでー…」

「自分で、あらえる、もん!」

「おいで希色、頭ふいて…」

「できる、よ!恋にい!」

「希色ー、一緒に寝よ…」

「もう一人で、寝れるもん!」


せっせとパジャマに着替えてから、ハルたちにおやすみと挨拶をして、一人で寝室に入っていった。
パタン…と扉が静かに閉まる音が部屋に響き渡った。一同、ポカンと呆然と寝室の扉を凝視している


「……なんか…あれだね」

「…せやな…あれやな…」

「なんと言うか…」

「自立し始めた子どもに嬉しいような寂しいような…複雑な感情を抱いてる親の気持ち…ってところかな」


うん…とみんなで頷く。今では希色のやる事なす事、ほとんどみんなで手助けをしていた。希色はまだ小さいから…でも大きくなって自分で出来るようになったら手助けするのやめよう。そう思ってやってきた。
しかし、いざこうも自立していく姿を見ると寂しさを覚えてしまった。それはみんなも同じようで、口を揃えて寂しいなと呟いた

四人で顔を見合わせて、ふはっと笑い合う。


「じゃあ…あたしたちも希色から自立しますか〜」

「ふふ、そうだね。」

「俺らがきいくん離れせなあかんもんな〜!」

「揃いも揃って過保護だよな」

「本当ねー!あー…パパのこと言えなくなるー…」

「おん?ハルちゃんのお父さんは過保護なん?」

「まあね…」

「この親にしてこの子あり…かな」

「ぶはっ、まさにその通りだな…くくっ」


うるさいと言う思いをこめて恋を睨むが、笑っている彼には効かないようだった。花火が一度はハルちゃんのお父さんに会ってみたいなーと言ったが、花火を創に合わせたら真っ先に消去されそうだなと思ったのでハルは一言、やめておけと言って花火の肩を叩いた


「ほら、みんな、僕たちも寝るよ」

「はーい」


元気よく返事をして、みんなで希色が寝ている寝室へ向かう。中へ入るとベッドの上でピカチュウドールを抱いて寝ている希色の姿があった。なんだかんだ言ってもまだ子どもなんだなと思い、ハルは希色の隣に入る
二段ベッドになっているためハルたちの上には夢。隣の二段ベッドには下は恋で上に花火が寝ている


「おやすみ」

電気を消して、希色と向かい合うようにして眠る。彼の髪をさらりとすくってから、ハルも目を閉じた



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