「そして、もう一つ呼び出した理由は、っと」
ハハコモリに手を差し出せば、ハハコモリはアーティの手に何かを乗せた。アーティが望んでいる物を理解し渡す辺りがトレーナーとポケモンの絆というより、熟年夫婦のように見えた。
彼はハハコモリから渡された物をそのままハルの方へと差し出す。ハルは視線を絵からアーティの手にうつすと、ギョッと目を開けた
「あ、あの、こ、これって!」
「そう。ビートルバッジ」
虫の羽のようなデザインのバッジがキラリと輝く。そのバッジをアーティは、はいどうぞとまるで飴ちゃんあげると言わんばかりにハルに差し出すが、ハルは困惑していた。
ジムバッジとはジムリーダーに勝つことによって得るもの。今回、バトルはしたが…勝敗については分からずじまいだ。むしろハルの負けに近い。なのにこれを受け取るのはいかがなものなのだろうか…
「ジムバッジは本来、バトルに勝って得るもの…だと思うでしょ?」
「…え、違うんですか?」
「少し違うんだよね。なんでジムリーダーとバトルしなきゃいけないか分かる?」
「えーと…実力をはかる、ため?」
「そう、実力を知るため。そのトレーナーがこの先を進んでも平気なのか調べるために僕たちはバトルをする。言い換えれば、どんな形であれトレーナーの実力を知れればいいんだよ」
僕は君の実力をあのイワパレスたちとのバトルで知り、問題ないと判断したからこのバッジを捧げるんだ。
だから、はい。と再度出された。ハルは困ったような顔をして花火と恋を見る。花火はニッコリ笑って、恋は微笑みながら頷く。そして、確認のため、もう一度アーティを見る。彼もまた頷いた
ハルは恐る恐るアーティの手に乗っているバッジに手を伸ばす。人差し指と親指でそれを持ち上げる。小さいけれど、ズシリと重みがある。キラリと光るジムバッジを見て、ハルは自然と頬が緩んだ。そして、アーティに元気いっぱいに礼を述べた
「さて僕からの用事はこれでおしまい。ハルちゃんたちから何かある?」
「いえ、特にありません!」
「そ。じゃあ、出口まで送るよ」
アーティはハハコモリに支えてもらいながらハルたちを出口まで案内する
作品を見ていくうちに結構奥まで来ていたことにハルは今気づいた。無理をさせているこではと思い、送るのはいいと伝えるが彼はこれもリハビリだからと言ってハハコモリを見る。ハルもつられてそちらを見るとハハコモリは、そうだと言わんばかりに頷いていた
どうやらアーティはハハコモリには敵わないようだ
「じゃあ、こっち」
少しふらつきながらも先頭を歩くアーティの後ろをついていこうとした時、ハルの目にある絵が飛び込んできた
その絵はどの作品よりも縦長で大きく、額縁も金色に輝いていた。ハルは心が惹かれたかのように、その絵を見入っていた
『?ハルさん?』その絵を見た瞬間にハルが微動だにしなくなったことに疑問を浮かべた夢は声をかけるが、なんの反応も無かった。ついてこないハルに気づいたアーティが、近くに寄ってきて、共にその絵を見た
「…これ、って」
「ああ、これね。これは今から2年前に起きた事件を題材に描いた絵なんだ。大変な騒ぎだったけど、その騒動を止めたのが」
「…トウヤとトウコ」
「あれ、知ってたのか。じゃあ話は早いね。その事件があったことを忘れないようにトウヤくんとトウコちゃん、そして騒動の中心人物であるNって青年を描いたんだ」
絵の中心あたりにはトウヤとトウコの横顔、その上にはNの後ろ姿。そしてそれらの周りにはイッシュ地方の伝説のポケモン…レシラムとゼクロムが描かれていた
トウヤとトウコの顔からは強い意志、Nからは哀愁を漂わせるものを感じとれた。
本当にあったんだと実感すると同時にハルには感動と悲しみと懐かしさを感じた
「…ハル…ちゃん?」
アーティがやけに驚いてハルを見ていた。それに続き花火と夢もハルの顔を見る。花火もアーティ同様に目を大きく開かして驚いていた。夢の場合はお面でよくわからなかったが、たぶん驚いている
「ど、どないしたんや、ハルちゃん…」「?え、な、なにが?何か顔についてる?」
『ついてるとかそうじゃなくて…ハルさん、きみ…』泣いてるよ?
「……え」
そっと自分の頬を触れる。そこには確かに泣いたであろう一筋の涙の跡が残っていた。自分が知らず知らずの内に泣いてた?
否、泣いている。涙を一回拭ってもさらに溢れ出てくる。自分でも分からないのだ。何故こんなに泣いてるのか。何に泣いているのか、全くわからない
「あ、れ?なんでだろ?なんで泣いてるんだろうね?ハハ、おかしい。ごめんね、いま、いま、止めるから、ちょっとまってね…」
みんなに心配かけまいと急いで涙を拭うが、何度拭っても溢れ出てくる。分からない。分からない。何故こんなに泣く。痛いところなんてない。悲しい話を聞いたわけでもない。なのに何故。なぜ、あの絵を見ると
こんなに悲しくて、申し訳ないんだろう
「…〜〜っ」
ついにはしゃがみ込んで泣くハル。そんな彼女になんて声をかけて良いのか分からない花火たちは、言葉をかけるわけでもなく、静かに、優しく、ハルの背を撫でた
ハルの嗚咽する声が響く中、恋は苦虫を噛み潰したような顔で目の前にある、大きな絵を見つめていた
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