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仕事がひと段落つき、ふうと息を吐きながら楽屋の椅子にぎしりと体重を掛けて伸びをした。次の収録までまだ時間があるけれど、とくにすることもなくて、どうしよっかな〜と何か面白いことはないかと考え始めた時、遠慮がちなノックの音が聞こえ来客者を知る。誰だろう、と思いながら返事をすると、がちゃりと開いたドアから顔を出したのは後輩であるナマエちゃんの姿だった。


「お疲れ様です、寿先輩」

「あれっナマエちゃんじゃ〜ん!お疲れちゃん。僕の楽屋に一人で来るなんて、いったいどうしたの?」


このナマエちゃんという女の子は、同じ事務所の後輩で、おとやん達の同期。恥ずかしがり屋なのか、慣れない人と一緒にいるのが得意ではないようで、僕と会う時はいっつもおとやんやトッキーと一緒だった。性格上メディア系は得意じゃなくて、普段はモデルとかそういう仕事をしているらしい。


「あ、あのですね寿先輩!お忙しいところ申し訳ないのですが、少々お時間をいただけないでしょうか…」

「もっちろん!丁度いまね、ぼくちん暇してたんだ〜。ナマエちゃんのお願いなんて珍しいからね、何でも聞いてあげる」

「ご指導していただきたいことがあるんです」


僕の言葉にほっと緊張を解いたのか、笑みを浮かべてナマエちゃんは一冊の台本を取り出した。差し出されたそれをぱらぱらとめくりながら、ナマエちゃんの言葉に耳を傾ける。


「先日いただいたお仕事なんです。社長がこういったことに挑戦するのもいい成長につながる、と…。でも私、ドラマなんて始めてだし、しかもこんな役、自信がなくて…」

「確かに君のキャラじゃないよね」


台本に記された彼女の台詞には、星とか音符が語尾につくのが似合いそうな明るい台詞の数々が並べられていた。どうやら天真爛漫なキャラだけど、実は憂いのある美少女という設定らしい。真面目な彼女にいきなりこれは、相当難しい話だろうと思いながらある程度台本を読み終えると、「寿先輩ならいいアドバイスをくださるんじゃないかと思って」なんて懇願するような声が聞こえた。うん、まぁどちらかというとキャラが近い気もする。


「よーっし!ならば練習練習!じゃあまずは…明るく楽しく台詞を言う練習ね!さんはい!よろしくマッチョッチョ☆」

「よ…よろしく…マッチョッ、チョ…」

「だめだめ〜声が小さいよ!それに、楽しそうにするにはまず笑顔だよね!ほらピースピース!はい、よろしくマッチョッチョ☆」

「よ、よろしくマッチョッチョ!」


小さく尻すぼみで俯きがちで言うナマエちゃんにダメ出しをすると、両手でピースをしながらウインクまで決めて更なるお手本を見せてあげた。呆気にとられながらも一生懸命同じセリフを繰り返すナマエちゃんは、大きな声になったけれど寧ろそれはヤケクソみたいな感じで、両目も瞑っちゃっていっぱいいっぱいな感じがすごく伝わってくる。


「そうそういい感じ!れいちゃんも負けてられないな〜」


抑揚の付け方だとか、語尾のちょっとした工夫、さらには表情の変化の付け方まで自分なりにアドバイスできそうな事を伝えていくと、ナマエちゃんはまるで一言も聞き逃さないとでもいうように熱心に耳を傾けていた。さすがにこういった仕事をしているだけあって顔の造作は凄くかわいいし、何より一生懸命さが伝わって自然と好感が持てたし、かわいいなと思ってしまう。一通り講習を終えた後に、教えたことの集大成としてひとつの台詞をウインク付きでお手本として見せてあげた。ナマエちゃんは心底感動した様にほうと溜息を吐くと、キラキラとした瞳で嬉しそうに言う。


「すごいです寿先輩!こんな風にすれば役柄の魅力が伝わるんですね…私、頑張ってみます。本当に寿先輩にご指導いただけてよかったです…」


ほっとした表情で言って、それから屈託のない笑顔で笑う。おとやん達の背に隠れながら小さな声で話したり、オドオドした様子のナマエちゃんしか知らなかった僕にとってこれは驚きだった。自分では気付いてないのかもしれないけれど、くるくると表情が変わって目が離せない。社長が彼女にステップアップして欲しいと、難しいながらもこの仕事を言い渡した意味がなんとなく分かった気がした。彼女は魅力で溢れている。


「じゃあ復習ね!今の台詞を言ってごらん」

「は、はい!」


すう、と瞳を閉じて息を吸ったナマエちゃんは、一拍置くと台詞の一つを演じてみせる。まだぎこちないけれど十分成長の見込みはあるし、聞けばロケまではまだそれなりに日にちもあるようなのでこれならきっと大丈夫だろう。でもひとつだけ気になることがあって聞いてみる。


「ナマエちゃん、その…最後に目をぎゅっと瞑るのは…どうしたのかな?」

「へ?」

「もしかして、まだ緊張が抜けてない?いっぱいいっぱいだったりするのかな?」


不思議そうに首を傾げた後、火が付いたように赤くなったナマエちゃんは、顔を隠すように俯くと「ウインクのつもりでした」なんて言う。笑っちゃいけないんだろうけどかわいくて、思わず息を漏らしたらバッと顔を上げたナマエちゃんが恥ずかしそうに悔しそうに、唇を結んでいた。


「一生懸命ウインクしようと頑張ってたんだね。メンゴメンゴ」

「あの…どうやったら寿先輩みたいに上手くウインクができるのでしょうか…」

「う〜ん…こればっかりは…練習かなぁ」


練習、と言われた彼女がまたぎゅっと両目を瞑ったのを見て、熱心だなぁと思いながらも何度もぎゅっと瞳を閉じる様子に思わず笑みがこぼれる。きっとできるようになったなら、またあの綺麗に花開いたような笑みが見れるんだろうなと思って、なにか手伝ってあげたいと無意識に手を伸ばした。一瞬びくついた彼女の目元に優しく触れて、そっと瞳の上に指先を被せる。ふるふると震える睫毛が少しだけくすぐったい。


「あ、あの…」

「こんな感じ。どう?雰囲気掴めたかな?」

「はい…!」


そっと指を離すと、全体的に顔の筋肉はこわばっているものの、なんとか反対の目は開けられていて、笑っちゃうくらいぎこちない表情だけど形にはなっていた。飲み込みが早いなと感心してしまうくらいだ。何度か練習して、見れるようになってきた頃、そろそろ時間もいい具合になってきて、それに気付いたナマエちゃんが申し訳なさそうに退室しようとする。


「あっもうすぐお時間ですよね、すみませんお忙しい時に…」

「いやいや、僕もナマエちゃんの役に立てて嬉しかったよん」

「ありがとうございました!」

「どういたしまして。…あっそうだ!」


いいこと思いついちゃった、と笑った僕を見上げるようにして首を傾げた彼女に、今度は僕の台本の読み合わせに付き合って、と言うと心底不思議そうに「寿さん程の方の読み合わせの相手が、私なんかでいいんでしょうか?」なんて問う。


「そりゃあ僕だってたくさん練習はしたいしね!それに、次のドラマは恋愛ものだから…」


言って、ドアの前で立ち止まっていた彼女との距離を詰める。頬に触れるか触れないかの位置に手を添えるようにして、ぐっと顔を近づけた。真剣な表情の僕に気圧されたように彼女が言葉に詰まって、瞳が揺れる。


「こうやって、互いの距離感を感じながら練習した方がいいでしょ?」


距離を戻して、ね?と笑えば、どこかほっとしたような、驚き慌てた表情がそこにあって、彼女の表情の変化を面白いなと思ってしまう自分は酷く狡い大人だと自覚しながら「じゃあまた今度ね」なんて笑って彼女が楽屋の外に出るのを見送った。少しずつ、意識をずらしてあげたいと思うのは果たして自分の意識か、彼女の意識か。そう想いを巡らせているうちに呼び声がかかって、仕事へと戻ることにした。



130630

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