ss | ナノ
「そういえば今日はナマエちゃんの特別デーだねっ!アイアイは何かプレゼントを買ったのかなぁ〜」
収録でたまたま一緒になったレイジに脇を小突かれながら言われ、やめてよね、と小言を返しながら「特別デー」という言葉に首を傾げる。明日は特に何か重要な予定が入っているわけでもなし、あるのは積み重なった仕事のオファーのみだ。
「もう!アイアイってば!ニクイね!明日はどんなスペシャルデーを演出するつもりなのかな?ここはお兄さんが一肌脱いで知恵を貸してあげても」
「レイジうるさい」
満面の笑みで得意気に話すレイジに、眉間に皺を寄せながら言うと「アイアイひどい!」という毎回これしか返す言葉はないのかと思ってしまうくらいお決まりの言葉が帰って来る。ひどいと言いながらも表情は笑みをたたえていて、実をいうとこの表情の意味は脳内を検索してもよく分からない。
「ああ、そういえば明日はコンペの締切だね。でも別にそこまて特別視してないと思うけど」
「え〜…あの、アイアイ?それ本気で言ってる?」
「本気もなにも、どんなに検索したところで彼女にそれ以外の仕事の予定は入っていないと思うよ」
苦笑いを浮かべたレイジが、くうぅ、と何か堪えるような声を上げて俯いて、それからバッと顔をあげた。やることの動作がいちいち大げさで、呆れてしまう。
「ちがうよアイアイ!ぜんっぜんちがーう!明日はほら!ナマエちゃんの誕生日でしょ!」
「誕生日…?」
脳内で彼女のプロフィールを呼び起こして、明日の日付とそれが一致していることを確認する。けれどだからといって、何をそんなに必死に訴えられなければいけないのかを図り兼ねて、怪訝な目を向ければ同じような視線を返された。
「誕生日といえば!プレゼントあげて、美味しいもの食べて!祝ってあげるのがお決まりだよ!」
「どうして祝う必要があるの?」
「どうしてって、そりゃあ…」
純粋な疑問をぶつけると、想像していなかった問いだったようで珍しくレイジが口ごもった。だって、誕生日なんて毎年同じ日になれば来るんでしょう?生まれ落ちた日にそれを喜ぶならいざ知らず、あとはある程度決まった自分の寿命がただ縮まっただけの話ではないのか。
「とにかく!生まれてきてくれてありがとうってことを伝える日だと思うよ、誕生日って」
その日生まれ落ちたからこそ、その人物がいる。その素晴らしい瞬間と、それに携わった人たち、全てに感謝してもいいくらい、その瞬間がなければその人物と会うこともなかったのだから。それが愛だと静かに教えられて、うまく租借できないままとりあえずその情報をメモリーに追加していく。少しの間考えるボクを見て笑ったレイジは、「ナマエちゃんとなかよくね」なんて言ってから去っていった。
***
「ねえ、明日締切の曲はもうできたの?」
「えっと、もう少し」
聞いたところで彼女の作業工程がどれほど進んでいてどれだけ残っているかなんてことにはたいして興味がわかなくて、適当な言葉で会話を終了させれば訝しむように視線を向けられた。
「藍、その紙袋なに?」
「…レイジに言われて買った」
「藍が買い物してくるなんて珍しいね。しかも、食べ物」
紙袋に印刷された文字で、彼女もよく行くケーキ屋というのが分かったらしい。実際レイジに言われて買ったわけではなく、ただ彼の言葉がなんとなく脳裏に残り、自身のスタジオに帰って来る途中でなんとなく目についたものだった。元来食品というものに興味はない、そもそも口にすることはできても消化に無駄なエネルギーがかかるので特に摂取しようとも思わない自分が、こういったものを買ってくることは初めてに近く、ナマエもそれを分かっているからこそ訝しんでいるのだとわかる。
「誕生日なんでしょう?レイジが祝えってうるさかったからね。ナマエにはそれをあげるよ」
「お祝いの気持ちが全く汲みとれないんですが」
「いらないの?」
「…いる」
大人しく袋を受け取ったナマエが、がさごそと中身を確認する。時計の針は0時少し前を差していた。もう少しで、彼女の『誕生日』というものが来る。中身を見たナマエがふっと笑って、「藍ってゼリーすきだよね」とおかしそうに言った。いつからだろうか、彼女がパートナーとなり隣にいることが当たり前になって、それを心地よいを感じるようになった。その笑みが今自分に向けられているのは、彼女との出会いがあったのは、十数年前のその日、その瞬間があったからこそなのだと昼間の会話を思い出す。
「あ、12時。…また藍と年が離れちゃったね」
いつの間にか時計の針は12を差していて、正確な時間は知らないものの、彼女が生まれ落ちた日がやってきたことを知る。こういう時になんて言えばいいのかなんてだいたいわかっていたけれど、思考よりさきに口から出た言葉に自分でも驚いた。ありがとう、と。その言葉に彼女が目を見開いて動かなくなる。
「なに、藍、どうしたの」
「キミが十数年前の今日生まれたからこそ、今ボクの目の前に居るんでしょう?そうじゃなかったらボクとキミは会う事なんてなかったかもしれないから。だからそれに対しての感謝だよ。わからないの?」
「ねえ、藍」
「…何?」
「わたし今、『おめでとう』って言われるよりも嬉しかったかも」
俯き加減で言った彼女の表情はわからない。けれどすぐ後に顔を上げた彼女が泣きそうな笑みをたたえていたので少し戸惑った。嬉しいといっておきながら瞳を潤ませるのは何故だろう。人の涙には沢山の意味があるということはまだよく理解できていなかった。それでも彼女が嬉しそうに目を細めると、たまにはレイジの言葉に耳を傾けるのも悪くないと思えた。
130610
遅くなってしまったけれど、大好きな友人に愛(藍)をこめて。
ごめんね藍ちゃんはやっぱり難しい